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虎穴
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「さて、今から中に入るぞ。お主は今日、嫌々ながら儂に連れてこられたという設定じゃからな。儂と一緒なら襲われまいと安心しつつも、やはり怖いと思っていることになっておる」
「はい。似たような心境なので、多分演技に問題はないはずです」
「よし。彩花の話じゃと今日は家の中にはあやつ一人のはずじゃから、儂らは同室で過ごすこととなる。儂は折りを見て退席すると見せかけて隠れておるから、お主はびくびくとしておれば良い」
「わかりました。しかし部長、恐ろしく周到ですね」
怖いほどに用意が良い。けれどそれは、僕の安心材料でもあった。
「褒めるでない。当然の準備じゃ」
部長はそう言って、インターホンを押した。軽快な音が響いて暫くすると、玄関の向こうに人の気配が現れた。鍵を開ける音がして、扉がこちら側に開く。
「こんにちは、真君、部長。真君も来るなら、先に言ってくれれば良かったのに」
深谷さんが、そこにいた。私服の彼女は普段と変わらぬ口調で話す。
あの口で、僕は喰われそうになったんだ。思い出して、夏だというのに寒気を感じた。長袖にしてくるんだったと今更ながら後悔する。
「予定が無いそうじゃから連れてきたのじゃ。迷惑だったかの?」
「ううん、全然です。どうぞ、中に入って」
「お邪魔するぞ」
「お邪魔します」
部長に続いて深谷さんの家に上がる。深谷さんと僕の間には部長がいるから、今襲われるということはないだろう。
「ここでいいかしら」
外と比べて多少涼しい室内を通って、深谷さんが案内してくれたのは八畳間の和室だった。部屋の中央に木でできた茶色い机があり、それを囲むように四つの座布団が敷かれている。部屋の入口は襖で、入って左にも隣の部屋へと続いているであろう襖がある。正面は障子張りの戸で、陽光に照らされた紙の白が眩しい。右手には床脇と床の間があった。かなりしっかりとした和室である。
「さ、座って」
深谷さんの示した席へと座る。僕は入ってすぐの、正面に障子のある席に座った。部長は僕の左、深谷さんは僕の正面に位置している。
四方が閉じているのに、不思議と暑さを感じなかった。
「部長、今日は何をしますか?」
「そうじゃのう。大富豪でもしながらお主の書いた作品の話でもするかの」
「ええー、恥ずかしいなー。真君もいるのに」
そう言って、ふふっと僕に笑いかける。僕は曖昧に笑って返した。
「良いではないか。ほれ、早速始めるぞ」
「はーい」
部長が制服のポケットからトランプを取り出し配り始めた。僕は無言で部長の手元を眺める。深谷さんとはとてもじゃないが目を合わせられなかった。
「むう、また儂が負けたか」
部長が手元に残ったカードを机の上にばらまく。あれから何回かトランプ遊びをやった後、部長が一昨日のように買い出しの罰ゲームつきのババ抜きを提案し、その勝負が終わった時だった。
「まあ、言い出したのは儂じゃしの。行ってくるとするか。一昨日と同じ飲み物で良いか?」
「はい」
僕は無言で頷く。
「では行ってくるぞ」
そう言って部長は振り向きもせずに部屋から出ていった。暫くして玄関の扉が開閉する音が響く。
これで今、この家の中には僕と深谷さんしかいない。この状況で深谷さんは、果たして。
「来て、くれたんだ」
深谷さんの声を、僕は顔を見ずに聞いた。とてもじゃないが、顔なんて見れない。俯きがちに顔を伏せ、机の木目をじっと見ていた。視界の上部に深谷さんの胸元が辛うじて映っている。
「部長がいるからって、安心してたの?」
深谷さんは動かない。僕は沈黙を貫く。
「来ないよ」
「はい。似たような心境なので、多分演技に問題はないはずです」
「よし。彩花の話じゃと今日は家の中にはあやつ一人のはずじゃから、儂らは同室で過ごすこととなる。儂は折りを見て退席すると見せかけて隠れておるから、お主はびくびくとしておれば良い」
「わかりました。しかし部長、恐ろしく周到ですね」
怖いほどに用意が良い。けれどそれは、僕の安心材料でもあった。
「褒めるでない。当然の準備じゃ」
部長はそう言って、インターホンを押した。軽快な音が響いて暫くすると、玄関の向こうに人の気配が現れた。鍵を開ける音がして、扉がこちら側に開く。
「こんにちは、真君、部長。真君も来るなら、先に言ってくれれば良かったのに」
深谷さんが、そこにいた。私服の彼女は普段と変わらぬ口調で話す。
あの口で、僕は喰われそうになったんだ。思い出して、夏だというのに寒気を感じた。長袖にしてくるんだったと今更ながら後悔する。
「予定が無いそうじゃから連れてきたのじゃ。迷惑だったかの?」
「ううん、全然です。どうぞ、中に入って」
「お邪魔するぞ」
「お邪魔します」
部長に続いて深谷さんの家に上がる。深谷さんと僕の間には部長がいるから、今襲われるということはないだろう。
「ここでいいかしら」
外と比べて多少涼しい室内を通って、深谷さんが案内してくれたのは八畳間の和室だった。部屋の中央に木でできた茶色い机があり、それを囲むように四つの座布団が敷かれている。部屋の入口は襖で、入って左にも隣の部屋へと続いているであろう襖がある。正面は障子張りの戸で、陽光に照らされた紙の白が眩しい。右手には床脇と床の間があった。かなりしっかりとした和室である。
「さ、座って」
深谷さんの示した席へと座る。僕は入ってすぐの、正面に障子のある席に座った。部長は僕の左、深谷さんは僕の正面に位置している。
四方が閉じているのに、不思議と暑さを感じなかった。
「部長、今日は何をしますか?」
「そうじゃのう。大富豪でもしながらお主の書いた作品の話でもするかの」
「ええー、恥ずかしいなー。真君もいるのに」
そう言って、ふふっと僕に笑いかける。僕は曖昧に笑って返した。
「良いではないか。ほれ、早速始めるぞ」
「はーい」
部長が制服のポケットからトランプを取り出し配り始めた。僕は無言で部長の手元を眺める。深谷さんとはとてもじゃないが目を合わせられなかった。
「むう、また儂が負けたか」
部長が手元に残ったカードを机の上にばらまく。あれから何回かトランプ遊びをやった後、部長が一昨日のように買い出しの罰ゲームつきのババ抜きを提案し、その勝負が終わった時だった。
「まあ、言い出したのは儂じゃしの。行ってくるとするか。一昨日と同じ飲み物で良いか?」
「はい」
僕は無言で頷く。
「では行ってくるぞ」
そう言って部長は振り向きもせずに部屋から出ていった。暫くして玄関の扉が開閉する音が響く。
これで今、この家の中には僕と深谷さんしかいない。この状況で深谷さんは、果たして。
「来て、くれたんだ」
深谷さんの声を、僕は顔を見ずに聞いた。とてもじゃないが、顔なんて見れない。俯きがちに顔を伏せ、机の木目をじっと見ていた。視界の上部に深谷さんの胸元が辛うじて映っている。
「部長がいるからって、安心してたの?」
深谷さんは動かない。僕は沈黙を貫く。
「来ないよ」
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