夢の中の雪

東赤月

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 え、と思わず顔を上げてしまう。
 上げて、見てしまう。
 先程、窓越しに見た時とは比べ物にならないくらいの、喜悦の表情を。
 室温が急激に下がっていく。冷や汗が頬を伝って、乾き、体温を奪っていく。心臓の鼓動が早まった。
 来ない? 誰が? どういう意味だ?
 混乱する頭で彼女の言葉の意味を理解しようとするが、分からない。
「どういう、こと」
 解答を渇望する意思が、声になって漏れた。
 彼女は笑っている。僕を見て、可笑しそうに笑っている。それは何を意味しているんだ。僕の何がそんなに可笑しいんだ。答えてくれ、お願いだから、嘘だと言ってくれ。
 頭は解答を出している。出していて、それが信じられない。その事実から遠ざかりたいと、自らが生み出したものから逃げようとする。叶わないとも自覚しながら、それでも、どんなに無様でも、それと向き合うことを避けようとしている。
「部長は来ないよ。だって――」
 その先の言葉を、聞きたくない。
 けれど、ああ、現実に捕まる。
 彼女の口は、止まらなかった。
「部長は、私の味方だから」
 気が付けばもう、そこは深谷さんの作り出した夢現の世界の中だった。部屋の形が自由に変わっていく。
 現実ではないような、悪夢の世界。
 しかしどうしようもなく、現実だった。
 夢現の世界の、中だった。
 体は動かない。動かない? 動けよ。今すぐ立ち上がって、ここから――
「逃げられないよ」
 逃げられない。彼女の言葉が、すうっと僕の中に入っていく。逃げようとする意志が、消え去る。
 でも、一昨日は、どうしてか分からないけど、助かったじゃないか。今度もきっと、助か――
「助かりも、しない」
 深谷さんは笑う。
 面白そうに、楽しそうに、笑い、笑い、笑う。
 戸惑う僕を弄んで、笑う。
 心臓が、早い。
「どうして。一昨日は」
 口から上手く言葉が出てこない。一昨日と殆ど同じ状態だ。時間と場所だけが違う。
 ここは、深谷さんの、家。
 捕食者の、巣。
「一昨日はねえ、部長が助けたんだってさ」
 部長が、助けた? けどあの時部長は、買い出しに行っていて。
「私たちが二人っきりになったときどういう会話をするのか聞きたかったらしくって、スーパーマーケットじゃなくて近くの自動販売機で買ってきたんだって。それで、私が君を襲う瞬間に出くわして、つい助けちゃったらしいよ。驚きだよね、部長もこんなことができるなんて」
 ぐにゃぐにゃと歪む空間を示すように両手を広げる深谷さん。
「それで君が帰っちゃったあの後、部長と話したんだ。私は部長と同じ、悪霊を退治する側で、君に憑りついている悪い霊を退治しようとしたんだって。そしたら部長、信じてくれたよ。協力するって言ってもくれたし、優しいよね」
 本当に、優しい。
 そう言って深谷さんは、嘲るように笑った。
 僕の目の前が暗くなっていく。息は乱れ、心臓の早鐘は収まらない。
 そんな馬鹿な。部長のあの言葉は、全て僕を騙すためのものだったのか? 深谷さんの霊力を知ることができたのは、そういうことだったから? けれど、除霊に協力したいと言ったのは僕だし。
 ああ、と悟る。
 そうか。何も今日僕を襲わせなくてもよかったのか。たまたま僕が言い出しただけで今日という日になっただけで、そうじゃなくても除霊は成功したとか言って油断させて、後日襲わせても違いないじゃないか。
 餌になってくれぬかのう?
 部長の言葉を思い出す。あれは僕の中にいると勘違いしていた悪い霊を、餌に例えたのか。
 そういう、ことか。
 部長は、僕の味方じゃなかったのか。
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