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提案
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「……深谷さんは、ここから出たい?」
抑えた声で尋ねると、深谷さんは小さく頷いた。
「言ったでしょ。好き好んでこんな場所にいるわけじゃないって。でも……」
「一人じゃできない、だったね。けれど深谷さんは、一人じゃない」
「えっ?」
「僕がいる」
深谷さんから、ここから出るつもりがあると言ってもらえたということは、ある程度僕のことを信頼してくれているんだろう。この機を逃す手はない。僕は胸に手を当てて手伝いを申し出た。
「僕もここから出ようとしていることは、今更言うまでもないでしょ?目的が同じなら協力できると思うんだけど、どうかな?」
「一人じゃ、ない……」
深谷さんはその言葉を飲み込むように呟く。けれど何かに気付いたのか、ハッとしたような表情になる。
「駄目よ。貴方だって、ここから抜け出した途端に冷たくなるに決まってるわ。私を利用して、自分だけ外に出ようなんて、そんなの許さない」
深谷さんの言葉には重みがあった。もしかしたら、既に一度裏切りを経験しているのかもしれない。五人のうちの誰かから、仲を取り持つと言われて――いや、勝手な想像は止めよう。
「ならそうだな、深谷さんがここを出るまでの間、僕は君に従うよ。何でも言うことを聞くってわけじゃないけど、できる限り深谷さんの意向に沿う。これなら、一緒に行動できる?」
「う、嘘よ。そんなこと、信じられないわ!」
「その判断は、僕が深谷さんの命令に背いた時にすればいい。それまで僕は言いなりで、深谷さんが損することは何もない。悪くない提案だと思うけど」
「……何を企んでいるの?」
流石に話がうますぎると思ったようで、訝しげな視線が向けられる。さて、どう説明したものか。
深谷さんがここから出られれば僕も出られるはずなので、僕にとってもこの提案には旨味がある。しかしそれを正直に話したところで、深谷さんが信じてくれるとは思えない。ここが夢の中の世界だと匂わせた時も一蹴されてしまったし、下手なことを言えば今度こそ何も話してくれなくなるかもしれない。
かといって心にもないことを言うのは気が引けるし、リスクも高い。深掘りされて言葉に詰まったら終わりだ。深谷さんは二度と心を開いてくれなくなるだろう。
深谷さんを納得させるには、どう答えたらいい?
「どうしたの? 答えられないの?」
「……いや」
答えはとっくに出ていた。ただ、それを口にするのが憚られただけで。
けれど、そうだな。相手の事情を知っておいて、自分は何も明かさないまま協力しようなんて、虫が良すぎるか。
「正直に言うと、深谷さんに同情したんだ」
「……同情? はっ。貴方に何が分かるって言うの?」
深谷さんが歪んだ笑みを浮かべる。その反応は予想していた。僕だってできることなら、こんなこと言いたくなかった。
でも、ここで嘘をつくわけにはいかなかった。
「そんなことだろうと思ったわ。もういい。私の言うことを聞くって言うなら、二度と口を開かないで」
「僕は幼い頃両親を亡くした」
「っ……!」
深谷さんが息を呑む。僕は首に提げられた人形を取り出した。理由は分からないけど、夢の中の世界にも持ってこれたのは僥倖だった。これがあったおかげで、ふと諦めの気持ちが湧いても、進むことができたのだった。
「これが両親の形見。当時はまだ二人の死を理解できなくてさ、これを持ってればいつか迎えに来てくれるなんて信じてた」
「……そ、それが何だっていうのよ。それより、私の言うことを」
「葬式が終わってからかな。もう二度と両親に会えないんだって実感が湧いてきて、それから何日も泣いてたよ。目の前が真っ暗になって、そこから僕を救い出してくれる人はいないんだって絶望してた」
「…………」
深谷さんは僕の話を聞く気になったようだ。僕は淡々と続ける。
「けどね、僕を引き取ってくれた叔父さんと叔母さん、今の父さんと母さんが、それと妹が僕を救い出してくれたんだ。僕は一人なんかじゃないって教えてくれて」
「……ふん。良かったわね。貴方の周りには、暖かい家庭があって」
「そうだね。僕は周りに助けられた。だから僕も、以前の僕みたいに自分は一人だって思っている人が手の届く範囲にいるのなら、できる限り力になれたらって思うんだ」
それが僕の本心。深谷さんを手助けする理由。
現実世界に戻りたいって気持ちも勿論あるけれど、深谷さんの過去を知ってしまった今、それと同じくらい、深谷さんの力になりたいって気持ちがあった。深谷さんが求めていないようなら余計な事をするつもりはないけれど、もし力を貸して欲しいと頼まれれば、協力は惜しまない。
抑えた声で尋ねると、深谷さんは小さく頷いた。
「言ったでしょ。好き好んでこんな場所にいるわけじゃないって。でも……」
「一人じゃできない、だったね。けれど深谷さんは、一人じゃない」
「えっ?」
「僕がいる」
深谷さんから、ここから出るつもりがあると言ってもらえたということは、ある程度僕のことを信頼してくれているんだろう。この機を逃す手はない。僕は胸に手を当てて手伝いを申し出た。
「僕もここから出ようとしていることは、今更言うまでもないでしょ?目的が同じなら協力できると思うんだけど、どうかな?」
「一人じゃ、ない……」
深谷さんはその言葉を飲み込むように呟く。けれど何かに気付いたのか、ハッとしたような表情になる。
「駄目よ。貴方だって、ここから抜け出した途端に冷たくなるに決まってるわ。私を利用して、自分だけ外に出ようなんて、そんなの許さない」
深谷さんの言葉には重みがあった。もしかしたら、既に一度裏切りを経験しているのかもしれない。五人のうちの誰かから、仲を取り持つと言われて――いや、勝手な想像は止めよう。
「ならそうだな、深谷さんがここを出るまでの間、僕は君に従うよ。何でも言うことを聞くってわけじゃないけど、できる限り深谷さんの意向に沿う。これなら、一緒に行動できる?」
「う、嘘よ。そんなこと、信じられないわ!」
「その判断は、僕が深谷さんの命令に背いた時にすればいい。それまで僕は言いなりで、深谷さんが損することは何もない。悪くない提案だと思うけど」
「……何を企んでいるの?」
流石に話がうますぎると思ったようで、訝しげな視線が向けられる。さて、どう説明したものか。
深谷さんがここから出られれば僕も出られるはずなので、僕にとってもこの提案には旨味がある。しかしそれを正直に話したところで、深谷さんが信じてくれるとは思えない。ここが夢の中の世界だと匂わせた時も一蹴されてしまったし、下手なことを言えば今度こそ何も話してくれなくなるかもしれない。
かといって心にもないことを言うのは気が引けるし、リスクも高い。深掘りされて言葉に詰まったら終わりだ。深谷さんは二度と心を開いてくれなくなるだろう。
深谷さんを納得させるには、どう答えたらいい?
「どうしたの? 答えられないの?」
「……いや」
答えはとっくに出ていた。ただ、それを口にするのが憚られただけで。
けれど、そうだな。相手の事情を知っておいて、自分は何も明かさないまま協力しようなんて、虫が良すぎるか。
「正直に言うと、深谷さんに同情したんだ」
「……同情? はっ。貴方に何が分かるって言うの?」
深谷さんが歪んだ笑みを浮かべる。その反応は予想していた。僕だってできることなら、こんなこと言いたくなかった。
でも、ここで嘘をつくわけにはいかなかった。
「そんなことだろうと思ったわ。もういい。私の言うことを聞くって言うなら、二度と口を開かないで」
「僕は幼い頃両親を亡くした」
「っ……!」
深谷さんが息を呑む。僕は首に提げられた人形を取り出した。理由は分からないけど、夢の中の世界にも持ってこれたのは僥倖だった。これがあったおかげで、ふと諦めの気持ちが湧いても、進むことができたのだった。
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「……そ、それが何だっていうのよ。それより、私の言うことを」
「葬式が終わってからかな。もう二度と両親に会えないんだって実感が湧いてきて、それから何日も泣いてたよ。目の前が真っ暗になって、そこから僕を救い出してくれる人はいないんだって絶望してた」
「…………」
深谷さんは僕の話を聞く気になったようだ。僕は淡々と続ける。
「けどね、僕を引き取ってくれた叔父さんと叔母さん、今の父さんと母さんが、それと妹が僕を救い出してくれたんだ。僕は一人なんかじゃないって教えてくれて」
「……ふん。良かったわね。貴方の周りには、暖かい家庭があって」
「そうだね。僕は周りに助けられた。だから僕も、以前の僕みたいに自分は一人だって思っている人が手の届く範囲にいるのなら、できる限り力になれたらって思うんだ」
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