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第一章
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しおりを挟む柴田という人の良さそうなベータの男は、俺の顔を見るなり掴み掛かる勢いで怒りを顕にした。
「あ、あんたがっ!葵ちゃんを捨てたアルファだなっ!」
「はぁ!? い、いや、俺はっ、」
「申し訳無いっ! このクズがとんでもないバカで、貴方には大変、ご迷惑をお掛けした」
玲一がすかさず俺の後頭部を鷲掴み、グイッと押し込み頭を下げ、自分も並んで柴田に向かい深く腰を折った。
流石というか、もう神業だ。こういう所が玲一らしい。
お陰で柴田は気勢を削がれすっかり意気消沈し、パイプ椅子にドカリと腰を降ろしてしまった。
重いため息を吐き項垂れながら「…良かった」と一言漏らす。
「……柴田さん。 葵は今、何処に居るんですか?」
「……S市の、市営病院ですよ。 あんた、」
「宝条です」
「宝条さん…。 あの子は、葵ちゃんはずっと、貴方に合わせる顔が無いって言ってた」
「それは、どういう?」
「自分のせいで、貴方の未来に傷を付けたって思っているんです。 その、貴方には…」
柴田はチラッと玲一を見た。それから言い難そうに口を開く。
「想いを寄せる相手がいるのに、自分のヒートに巻き込んだんだ、って…」
想いを寄せる相手? 誰だそれは? そんな相手いたか?
「柴田さん……。それは、もしかしてオレの事だと思っています?」
「だってそうでしょう? あんた達、夫婦か番なんでしょう?」
「「いいえっ! 違いますっ!!」」
激しく否定するっ!誰がこんなおっかないオメガに想いを寄せるもんかっ!
だいたい何だって葵は、俺が玲一に惚れてるなんて思ったんだ? そんな事、一言だって……。
「……息ぴったりじゃねぇか」
「「そんな事、ありませんっ!」」
くそっ!また玲一と被った。
子供達が「すごーい」と拍手する。
いや、だからやめなさい。見てごらん? 殺し屋みたいな目で睨んでるでしょ? このおっかないオジちゃん!
「この大城は俺の秘書ですよ。ちなみに俺の兄の番です」
「なっ!、宗次っ、」
はぁー、もう。俺にバレてないとでも思ってたのかね。案外この男も馬鹿なのかもしれないな。
「隠してるつもりだったのか? ったく。とっくに知ってたわ」
「なんっ! なっ…」
「その話は後だ、玲一。 それで、柴田さん。葵は、今どんな状態なんでしょう」
「あ? ……ああ。 その……。あんまり…、良くは、無いですよ」
子供達の方を気にながら話す柴田の様子に、これは相当良くないのだと感じる。
背中に冷水をかけられたようだ。
「直ぐに迎えに行きます。 玲一。お前は転院先の手配と迎えのヘリを用意しろ」
「分かった」
玲一は一つ返事で頷くと、踵を返し颯爽と部屋から出て行った。
後を追うように歩き出すと、クンッとジャケットの裾を引っ張られる。見ると、小さな手がそこを掴んでいた。
「………。 一緒に行くか?」
「うん!」
紫の瞳が連れて行けと強請っていた。そうだよな。葵に会いたいのは、俺だけじゃないよな。
千津を片腕に抱き上げ、改めて柴田親子に向き合った。
「柴田さん。後日改めてお詫びとお礼に伺います。色々と、世話を掛けてすみません」
「いや。詫びも礼もいりません。それより、どうかあの子を助けてやって下さい。この通りだ!」
立ち上がり深々と頭を下げる柴田を、何とも複雑な気持ちで見返した。
この人はもしかすると、葵の事を憎からず想っていたのかもしれない。
「やっぱり親子なんですね。 千津ちゃんがそんなに懐くのを、初めて見ました」
淋しげにそう言われ、少しだけ申し訳無い気持ちになる。けれど、だからといって譲ってやれるものでもない。
何も言わず頷きだけでそれに応え、付き添っていた刑事に柴田を直ぐに解放するよう言付けると、葵の待つS市の病院へと急いだ。
腕に抱えた小さな千津が、真っ直ぐ前だけを向いてくれていた事に、ほっと胸を撫で下ろす。
この子が一瞬でも後ろを振り返りでもしたら、おそらく心中穏やかではいられなかった。
───『親子なんですね』
そう柴田に言われた言葉を反芻し、何だか誇らしい気持ちが湧き上がっていた。
「なぁ、千津。ママはどんな人だ?」
道中、父親が娘にする質問じゃないと、玲一に怒られそうな事を聞いた。
「んとねぇ、やさしい! あとねぇ、かわいいの!」
「そっかぁ。 可愛いかぁ」
4歳の娘に可愛いと言われる葵は、俺の記憶の中の姿そのままだ。きっと然程変わらないのだろう。
あのチビだった葵がお母さんねぇ…。全然想像つかないな。母娘というより、何だか兄妹みたいな姿が思い浮かぶ。
「千津は、ママのどこが好きだ?」
「ん~、とねぇ。ん~、とぉ。 ぜぇ~んぶ!」
んー、んー、とくりくり瞳を動かしながら導き出した答えが『ぜぇ~んぶ!』か。
葵、お前いいお母さんしてるんだな。
「早くママに会いたいな」
「うん!」
千津に向かって言ったが、間違いなく俺の本心だ。
───会いたい
これまでどれだけ苦労したんだろう。どんなに心細い思いをさせたんだろう。
知らぬ内に傷付けて、逃げ出したくなるほど追い詰めた。その事を謝りたい。そして何よりも……。
この子を産んで育ててくれた事を、労い褒めて感謝しよう。
「あのね。 ままね、」
「ん? なぁに?」
急にモジモジと照れたように話し掛けてきた千津は、口元に手を添えて内緒話をするように、こっそりと“まま”の秘密を教えてくれた。
「ときどきね、おふとんでね、そーじさんあいたいよって、ないちゃうのよ」
千津はその度に、ママの頭を“いいこいいこ”するんだ、と。そうするとママは、“いいこにねんね”するんだ、と。
「そうか……。千津は、ママに似て優しいんだな。 ありがとう。ママの頭を撫でてくれて」
寝言でしか本音を言えない葵が切ない。
俺の代わりに葵を撫でてくれた、小さな協力者の頭を感謝を込めて撫でながら、胸に湧き上がる愛しさを噛み締める。
馬鹿だな、葵。
オメガのヒートに巻き込んだだって? 知ってるか? 俺をそんな事に巻き込めるのは世界中どこを探したって、お前以外居ないんだぞ。
まったく。あんなに可愛がってやってたのに。ちっとも分かってないんだな。俺がお前を愛せない訳がないじゃないか。
待ってろよ。お前が寝言で泣きながら会いたがってた“そーじさん”が、今すぐ会いに行くからな。
だからもう、逃げたりするな。
俺も仲間に入れてくれよ。
そしてたくさん話しをしよう。
この小さなお姫様と、3人でさ。
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