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恋人編(前編)
第35話(ある女の話③)
しおりを挟む───だから、目の前の男の言ったことにレオノーラは青ざめた。
「レオノーラ。お前、ああ言う男に興味があるのか?」
彼女が部屋で明日はどの区域で結婚相手を探そうか···と地図を広げて考えていた時、彼女の兄が彼女の部屋にノックもなしに入ってきた。
目を丸くして彼に何のことかと問えば、どうやら魔道具で彼女の相手探しの光景を兄はずっと見ていたらしい。
そして今日、ようやく初めてレオノーラから男に声をかけたと思ったらあまりにも醜い男で驚いたという。
「別に、興味などありませんっ!」
彼女は兄にそう言い放つ。
確かに、彼はレオノーラにとっての格好良い男ではあったが、あの小さな少女と彼の幸せを崩してまで恋仲にはなろうと思わなかったのだ。
いやむしろ、遠慮したいものだ。
だが、彼女の兄は彼女の動揺ぶりにそうは思わなかったらしい。
「性奴隷か愛玩道具にでもするつもりか?あんな醜い男はやめとけ。」
すっと細い目をもっと細めてそういう兄に彼女は腹が立ってきた。
コイツは、何様のつもりなのだろうか。
「ですから、私は彼に気など···!」
叫ぶようにしてそう言えば、兄は不気味な笑みを浮かべた。
「────そうか。ならいい。」
兄がこれ以上、追求しなくなったことに彼女はほっと安堵の息を漏らす。
しかし兄の次の言葉に、レオノーラは悲鳴をあげそうになった。
「───なら、あの醜い男にかけた呪いも意味がなかったな。」
ふうとため息をつく兄に彼女の目が極限にまで見開かれる。
目の前のブタは、何を言っている?
「あんな醜い男は存在していいわけがないのだ。」
彼は極度のシスコンであった。
父に厳しくされていた為、癒され所として彼女のぶりっ子の虜になっていたのだ。
レオノーラは俺のだ。
彼はそうずっと思っていた。
だが、彼女を恋人にしたいとは思っていなかった。
彼にとっては彼女は大切な妹であったからだ。
だから、彼女の為に良い結婚相手を彼は厳選していた。
しかし父親は、レオノーラに相手を見つけてこいという指令を出した。
それに彼は焦った。
────だが、彼女を信じて、もし相手探しが難しそうならば手助けしてやろうと思い直した。
少しの助言はしたが。
だから、彼女が初めてフェルディナントに声をかけた時、それを魔道具でこっそり見ていた彼は絶望した。
お見合い写真にはイケメンと評判の令息も数多くいた。
それなのに彼女はそれを頑なに嫌だと断っていたのだ。
変だと、何を企んでいるのかと思えば、レオノーラはなんと醜い男に声をかけるではないか。
駄目だと思った。
こんなにも美しい妹が醜い男の言いなりになるなんて。
もっと美しい男を選べとも思った。
そして彼はその憎悪から醜い者の除去という名目でフェルディナントに呪いをかけた。
S級冒険者だとは聞いていたが、呪いになんの耐性もないようであっさり呪いはかかった。
呪いは禁忌である。
だが、彼は日常のストレス、圧力に押しつぶされそうになっていた時、書物部屋である呪いの本を見つけた。
恋が叶う呪い。
何度も相手を転ばせる呪い。
おかしなものから強力なものまであった。
色々な重荷に耐えきれなくなっていた彼は、その不思議な本を書物部屋から持ち出し部屋で読み続けた。
そして、今では呪いという禁忌を使用するまでになっていた。
彼には体内に魔力が少なかったというのもその原因にある。
「ど、どのような呪いをかけたのですか?!」
レオノーラは兄の元に切羽詰まったように駆け寄り慌てて聞いた。
彼女の元に後悔の念が押し寄せてくる。
「ああ。聞きたいか?あれは醜いからな。近づくものに害を与える呪いにしたよ。」
ははっと愉快そうに笑う彼にとてつもない怒りが込上げてくる。
なんてことをしてくれたのだろう。
あんなにも微笑ましい彼らの幸せを、その呪いは一瞬で崩してしまうと彼は宣言した。
「の、呪いは解けないのですか?」
少しの期待を寄せてそう言えば、彼は怪訝な顔をし即答した。
「あるわけが無いだろう。呪いなんだ。」
冷たくそう言い放つ彼に、彼女は崩れるように座り込む。
ギリッと胸が痛くなる。
この際、もう結婚相手などどうでもよかった。
相手がハゲオヤジでもブタでもいいとまで思った。
そして、過去の自分を恨んだ。
なぜフェルディナントに声をかけてしまったのだろう、と。
何故兄の狂気に気づけずにいたのだろう、と。
自己嫌悪に陥り、後悔がまたも押寄せてくる。
レオノーラは、彼女達を守らなくてはと思った。
兄が彼らに呪いをかけたきっかけは彼女自身であったからだ。
あの幸せな恋人たちを危険に晒した自分も許せなかった。
罪滅ぼしなのか、自分のまいた種だからその罪悪感から彼らを助けたいと思ったのかわからなかったが、彼女はそう決心をした。
彼女の兄には、魔法の才がない。
だから、呪いなどに手を出したのだろう。
レオノーラは部屋から上機嫌に出ていく兄の姿を憎悪の籠った瞳で見送った。
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