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恋人編(前編)
第36話(ある女の話④)
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甘く、見ていた。
所詮、兄はただの馬鹿野郎とばかりに思っていた。
彼女はフェルディナントを覆う禍々しいそれに目を見張った。
通常、呪いは見ることはできない。
しかし、彼女にはそれが見えた。
兄が呪いの本を見つけ出した屋敷の書物部屋。そこには未だ、その類の本が数多く埋まっている。
〈呪いに関する本がある〉
言い換えれば、ゴメス商会は昔から呪いと繋がりがあった。
それもあってか彼女の家族は皆、呪いに耐性があるのだ。
もちろんその耐性をつける為に、昔からキツイ対練を強制で受けさせられる。
レオノーラもその苦しさを過去に痛いほど体験した一人であった。
話を、戻そう。
そうなのである。
呪いに耐性のあるゴメス商会の娘だからなのか、その呪いが何故か彼女には目に見えたのだ。
恐らく、家族の中で唯一見えるのはレオノーラただ一人だろう。
過去に父親や兄にあれは何だと問えば、彼らは眉を顰めたのだから。
もしかすると彼女のように、母親は呪いが見えていたのかもしれない。
レオノーラが小さい頃に、何かにうなされていた親戚がぽっくり亡くなったことがあった。
その時に、禍々しい残留物が目についてはなれなかったのを覚えている。
駄目だと思った。
フェルディナントにかけられたそれはあまりにも強いものだと一目見て理解した。
〈彼に近づくものに害を与える呪い〉
兄とも言いたくない呪いをかけた張本人であるブタに聞いてみたところ、その呪いはフェルディナントに近づいた者全てに精神的にも身体的にも害を与えるらしい。
ましてや精神的な呪いの影響は酷いと幻覚まで見せるようになると言う。ネガティブな精神が絡み合い、自分が嫌だと思うことを幻覚として見せる。
なんて忌々しい呪いだろう。
それは果たして、話し合いだけで納得してもらえるのだろうか。
あの小さな少女。
あの子は恐らく、レオノーラをライバルだと認識しているだろう。
彼女はレオノーラの話を半信半疑で聞くに違いない。
いや、もはや疑うことしかしないかもしれない。
当たり前だ。信用する方がおかしい。
そして、レオノーラは考えた。
短期間で彼らを助ける方法を。
その中で、1番良いと思ったのが
"ぶりっ子"であった。
ぶりっ子は媚を売るようなもので、同性からは敬遠されるものだった。
だから、彼女はそれをした。
何としてでも、彼に唯一近づく小さな彼女を遠ざけるように。
自分は悪役になってもいい。
彼女の決意は固かった。
───だから、今日も彼女は猫撫で声で彼の名前を呼ぶ。
ギルドの入口。
そこからでもはっきりと見つけることができた彼ら。
「フェルディナント~」
彼女の声に、小さな少女が嫌そうにレオノーラを見る。
そんなに近づくと危ないのに。
呪いが発動してしまったらどうするの。
レオノーラの心の中は少女の命の心配でいっぱいだった。
呪いに魔法は効かない。
だから、彼女を魔法で守ることも出来ない。
それに呪いはかけることはできるが、解くことはできない。
呪いの解き方は未だ不明なのである。
だから、レオノーラは呪いが解ける時までこの役を演じきるのだろう。
ベタりと少女とは反対方向の彼の腕にしがみつく。
少女がもっと嫌そうな顔をする。
ごめんなさい。
レオノーラは心の中で罪悪感に包まれながら謝った。
*****
最初の内は、まだその呪いが完全に発動していなかったのか、彼に近づいても何も起こらなかった。
────────だが、それは突然訪れた。
呪い。
それは恐らく感知できるのはこの街でレオノーラぐらいだろう。
それはレオノーラとセレーナがフェルディナントの取り合いをしていた時にやって来た。
ひゅっとどこからか音がしたのだ。
それを聞いた途端、ゾッとレオノーラの体中に鳥肌が立ち、気分が悪くなった。
幼き頃から彼女はその気持ち悪さを知っていた。
日常生活や、呪いの耐性をつける為の特訓時に経験したことがあった。
その気持ち悪さによって、彼女は何か危険が迫っていると一瞬で理解する。
さっと静かに周りを見れば、視界にキラリと光るものが入ってきた。
小さな少女を狙って放たれたそれは驚くほど鋭かった。
あれを受ければ、一溜りもないだろう。
死に至るかもしれない。
危ない。
あの子を助けなければ。
彼女は瞬時に動いた────
─────が、レオノーラは躊躇した。
小さな少女になんと伝えればいいのだろう。そう思ったからだ。
呪いの影響で何かが迫ってきてるから避けて?
早くこの場から逃げて?
そんなことを言ってしまえば、
もっと怪しまれる。
もっと彼らを守れなくなってしまう。
そんなことを考えている間にも、刻々とそれは迫ってきていた。
レオノーラは罪悪感に否められながらも、彼女の足を思いっきり踏んだ。
小さな彼女を守るため。そう自分に言い聞かせて。
「ひぎっ」
少女が呻くようにしゃがみこむ。
今日は運の悪いことにレオノーラは高いヒールを履いていた。
小さな彼女にはとても痛い思いをさせてしまっただろう。
だが、そのくらいの傷は魔法で治る。
反対に、呪いによる傷は一般の回復魔法では治せない。治せる者もいるかもしれないが、そんな者をレオノーラは聞いたことも見たこともなかった。
それに、あれを受けていれば死んでいたかもしれない。
しかし、死と比べればヒールで踏まれたくらいは軽傷だ。
小さな彼女に向かって放たれたそれを、しゃがませることで無事回避できたことに、ほっと安堵の息を漏らす。
そしてレオノーラは彼らには虫がいたかと思ったと言い訳をした。
あながち間違いではない。
あの呪いのそれは虫のように不快なものであったからだ。
まあ彼らは嫌味ったらしく言ったレオノーラの言葉を違う意味で捉えられたようだが。
痛そうに蹲る彼女を見たフェルディナントは、レオノーラを睨みつけ彼女の腕を乱暴に振り払った。そして心配そうに小さな彼女に駆け寄る。
呪いが他人に影響をもたらす気配はもうなかった。
その呪いのその不規則な影響力に顔を顰めながらも、レオノーラはあっさりとそのギルドを後にした。
所詮、兄はただの馬鹿野郎とばかりに思っていた。
彼女はフェルディナントを覆う禍々しいそれに目を見張った。
通常、呪いは見ることはできない。
しかし、彼女にはそれが見えた。
兄が呪いの本を見つけ出した屋敷の書物部屋。そこには未だ、その類の本が数多く埋まっている。
〈呪いに関する本がある〉
言い換えれば、ゴメス商会は昔から呪いと繋がりがあった。
それもあってか彼女の家族は皆、呪いに耐性があるのだ。
もちろんその耐性をつける為に、昔からキツイ対練を強制で受けさせられる。
レオノーラもその苦しさを過去に痛いほど体験した一人であった。
話を、戻そう。
そうなのである。
呪いに耐性のあるゴメス商会の娘だからなのか、その呪いが何故か彼女には目に見えたのだ。
恐らく、家族の中で唯一見えるのはレオノーラただ一人だろう。
過去に父親や兄にあれは何だと問えば、彼らは眉を顰めたのだから。
もしかすると彼女のように、母親は呪いが見えていたのかもしれない。
レオノーラが小さい頃に、何かにうなされていた親戚がぽっくり亡くなったことがあった。
その時に、禍々しい残留物が目についてはなれなかったのを覚えている。
駄目だと思った。
フェルディナントにかけられたそれはあまりにも強いものだと一目見て理解した。
〈彼に近づくものに害を与える呪い〉
兄とも言いたくない呪いをかけた張本人であるブタに聞いてみたところ、その呪いはフェルディナントに近づいた者全てに精神的にも身体的にも害を与えるらしい。
ましてや精神的な呪いの影響は酷いと幻覚まで見せるようになると言う。ネガティブな精神が絡み合い、自分が嫌だと思うことを幻覚として見せる。
なんて忌々しい呪いだろう。
それは果たして、話し合いだけで納得してもらえるのだろうか。
あの小さな少女。
あの子は恐らく、レオノーラをライバルだと認識しているだろう。
彼女はレオノーラの話を半信半疑で聞くに違いない。
いや、もはや疑うことしかしないかもしれない。
当たり前だ。信用する方がおかしい。
そして、レオノーラは考えた。
短期間で彼らを助ける方法を。
その中で、1番良いと思ったのが
"ぶりっ子"であった。
ぶりっ子は媚を売るようなもので、同性からは敬遠されるものだった。
だから、彼女はそれをした。
何としてでも、彼に唯一近づく小さな彼女を遠ざけるように。
自分は悪役になってもいい。
彼女の決意は固かった。
───だから、今日も彼女は猫撫で声で彼の名前を呼ぶ。
ギルドの入口。
そこからでもはっきりと見つけることができた彼ら。
「フェルディナント~」
彼女の声に、小さな少女が嫌そうにレオノーラを見る。
そんなに近づくと危ないのに。
呪いが発動してしまったらどうするの。
レオノーラの心の中は少女の命の心配でいっぱいだった。
呪いに魔法は効かない。
だから、彼女を魔法で守ることも出来ない。
それに呪いはかけることはできるが、解くことはできない。
呪いの解き方は未だ不明なのである。
だから、レオノーラは呪いが解ける時までこの役を演じきるのだろう。
ベタりと少女とは反対方向の彼の腕にしがみつく。
少女がもっと嫌そうな顔をする。
ごめんなさい。
レオノーラは心の中で罪悪感に包まれながら謝った。
*****
最初の内は、まだその呪いが完全に発動していなかったのか、彼に近づいても何も起こらなかった。
────────だが、それは突然訪れた。
呪い。
それは恐らく感知できるのはこの街でレオノーラぐらいだろう。
それはレオノーラとセレーナがフェルディナントの取り合いをしていた時にやって来た。
ひゅっとどこからか音がしたのだ。
それを聞いた途端、ゾッとレオノーラの体中に鳥肌が立ち、気分が悪くなった。
幼き頃から彼女はその気持ち悪さを知っていた。
日常生活や、呪いの耐性をつける為の特訓時に経験したことがあった。
その気持ち悪さによって、彼女は何か危険が迫っていると一瞬で理解する。
さっと静かに周りを見れば、視界にキラリと光るものが入ってきた。
小さな少女を狙って放たれたそれは驚くほど鋭かった。
あれを受ければ、一溜りもないだろう。
死に至るかもしれない。
危ない。
あの子を助けなければ。
彼女は瞬時に動いた────
─────が、レオノーラは躊躇した。
小さな少女になんと伝えればいいのだろう。そう思ったからだ。
呪いの影響で何かが迫ってきてるから避けて?
早くこの場から逃げて?
そんなことを言ってしまえば、
もっと怪しまれる。
もっと彼らを守れなくなってしまう。
そんなことを考えている間にも、刻々とそれは迫ってきていた。
レオノーラは罪悪感に否められながらも、彼女の足を思いっきり踏んだ。
小さな彼女を守るため。そう自分に言い聞かせて。
「ひぎっ」
少女が呻くようにしゃがみこむ。
今日は運の悪いことにレオノーラは高いヒールを履いていた。
小さな彼女にはとても痛い思いをさせてしまっただろう。
だが、そのくらいの傷は魔法で治る。
反対に、呪いによる傷は一般の回復魔法では治せない。治せる者もいるかもしれないが、そんな者をレオノーラは聞いたことも見たこともなかった。
それに、あれを受けていれば死んでいたかもしれない。
しかし、死と比べればヒールで踏まれたくらいは軽傷だ。
小さな彼女に向かって放たれたそれを、しゃがませることで無事回避できたことに、ほっと安堵の息を漏らす。
そしてレオノーラは彼らには虫がいたかと思ったと言い訳をした。
あながち間違いではない。
あの呪いのそれは虫のように不快なものであったからだ。
まあ彼らは嫌味ったらしく言ったレオノーラの言葉を違う意味で捉えられたようだが。
痛そうに蹲る彼女を見たフェルディナントは、レオノーラを睨みつけ彼女の腕を乱暴に振り払った。そして心配そうに小さな彼女に駆け寄る。
呪いが他人に影響をもたらす気配はもうなかった。
その呪いのその不規則な影響力に顔を顰めながらも、レオノーラはあっさりとそのギルドを後にした。
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