都市街下奇譚

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八十七夜目『名残』

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これは、私の特別な友人から聞いた話なんですけどね、そうマスターの久保田はグラスを磨きながら口を開く。芳しい珈琲と紅茶の香りのする店内には、その時間になると客足は奇妙なほど途絶えてしまっている。美しい白磁のポットが棚から見守る中で、その言葉を耳にしたのは自分ただ一人だった。



※※※



別段それを毎日することに何か特別な意味があるわけではない。勿論知り合いとか友人のSNS何かも日々チェックしてるし、一応経営者でもあるからFacebookもLINEもインスタもチェックは欠かさないでしている。それでも何故か、ついこの古めかしい作りのページを眺めてしまう。起動音は軽やかだし、昔に比べればページの開く速度も格段に早い。それでも開くと古めかしいと感じてしまうのは、基本的なこの作りにあるのかもしれないと思う。
よくあるブログ、大したことのないフリーアドレスで契約が出来るもの。
勿論今では沢山種類もあるし様々な会社がフリーで使えるブログをサービスとして提供しているわけだけど、最近ではスマホやiPhoneなんかのお陰でSNSの方が主流。携帯電話のカメラで撮影した画像をブログにアップできるようにしたのは、日本独自の形態でアフィリエイトなんてものと合間って二千万人もの人間がブロガーになったのだ。

お陰で色々問題も起きたけどね。

そんなことを考えながら呑気に眺めるが勿論今ではスマホからでも見れるし書き込めるけれど、ここのブログは開店休業状態も多くて最後の更新が数年前なんてブログも多い。元々はこの会社のブログが一番手で爆発的にブログを書く人が増えた場所だけれど、もっと簡単でもっと華々しく活躍するアイドルが使ったりとかで別な会社の方が耳馴染みがあることだろう。それに昔は連日のように更新していても次第に若かった人達が歳を重ねて仕事や家庭で忙しくなって、自分のブログの更新なんてことにかまけていられなくなったということかもしれない。

それに最近のインスタとかはもって手軽で手早いしねぇ。

ここみたいにホームでパスワードをいれてログインして、ホームからブログページに移動して、しかもブログのマイページから自分のブログや友人のブログを探すなんて手間。それでも自分のブログに記事を打つにも、昔は今のように字を大きくしたり色をつけたりするのは、手作業でその為のプログラムを一つ一つ打ち込んだものだ。古めかしくても幾つも新しく機能が追加され、簡単に文字を変えたり写真を取り込んで画像としてアップロードできるようになっていったのだし。それでも古いやり方が身に付いている奴等はそのままの方法を続けるし、新しいものに順応するものは新しいものに移り変わっていく。家電やポケベルなんて様々なものが、流行りであっという間に移り変わっていくのと何も変わりがない。それに少しだけ寂しさを感じることもあるし、同時に自分だってそれを楽しむこともある。まるで脳髄の神経のような細かな電脳世界の結び付きは強固ではないから、古くて不要なものは排除され適応できるものだけが残されるのは仕方のないことだ。そんなことを考えると、自分がログインしているのに気がついたらしい友人が文字で声をかけてくる。

《やぁ、ライコウ、久しぶりだな。》
《どうやらここはソロソロ、サービスを終了するらしいね、フウシ。》
《らしいね、使いやすかったけどな。》

互いに本名ではない通称で呼ぶ。それでも実際にはフウシとは随分長い付き合いで、相手が作ったチャットルームで沢山の友人も出来たのだ。勿論匿名性が個人特定の難しさと相まって、プライバシーや今までの世の中では有り得ないような様々な問題も起こしてきたのが電脳世界だ。出会い系に始まって今じゃストーカーもネット上にも存在するし、誰もが知識が豊富になるから手口も巧妙。知らない内に騙されて知らない内に全てが終わっていた何てことだって多い。勿論そんな中でもちゃんと弁えて交流できるものもいるし、気がつけば結ばれる縁もあるのだ。

《そういえばフウシ、君のウチにまだフィの弟子は来るかな?》
《片方はね、コウの方は来てるけど?なんかあったかい?》

こんな風に実に簡単に個人情報が裏では飛び交っているのを、大概の人間は知らない。知らないままの方がいいことだって沢山世の中にはあるのだけれど



※※※



ふっと何気なくクリックした先の他人のブログで、久々に見覚えのある名前に出会った。
恐らくはと思う相手はいるのだが自分からは正式に聞いたことがないし、相手も言わないから聞くつもりもない。その宝石を意味する漢字を冠した名前は、『碧希』と書くが正式に何と読むかも実は知らなかったりする。碧希が好むのとは全く趣味も系統も違う。それでもそのブログの記事のコメント欄にあった懐かしい名前は、モニターの向こうにあった過去を思い起こさせて微かに気持ちが揺らぐ。

《とても心が落ち着く。こんな空の下》

インドア派の碧希がアウトドアのキャンプのブログの風景写真にそんな反応をするのは珍しい。というのも自分の作っていたブログは基本的には紅茶の茶葉の話や、蓄音機の話、そんなインドアな話題ばかりで碧希と出会ったし、碧希は実は田舎の住人で自然のど真ん中に住んでいる筈だ。
自分が作ったブログに碧希はよくコメントを残していった。
紅茶の茶葉に詳しくて、アナログのレコードにも蓄音機にも詳しい碧希。
自分のブログに残したコメントは散文的で何処か詩的にも感じる一言だけのコメントなもので、最初はなんて無愛想な人だろうと思ったものだ。だけど次第に当時の碧希のブログに行ったり、コメントが毎回キチンと返ってくることに気がついた辺りから自分の碧希への考えは急速に変化した。あえていうなれば仮想世界での友情というか、親近感とうか奇妙な感情がそこにはあって碧希と自分の交流は大分長い間続いていたのだ。恐らくはブログというものが普及した時からだから、今から十五年やそこらは交流があった。

《茶葉、缶に保存した方がいい。》
《そうなの?ガラス瓶に保管してた。》
《光に弱い。蛍光灯も駄目。》

そんなことをぶっきらぼうにだけど丁寧に教えてくれる碧希のブログの記事は、大概が画像で空の写真ばかりだ。

《一面空だね、同じ場所から撮ってるの?》
《大概ね。》

そんな碧希がふっとブログの記事を更新しなくなって、自分の記事にもコメントが残らなくなった日から
碧希は何故空ばかりアップしていたのだろうと考える。題名も何も空とは関係ないのに、まるでそこでピタリと時が止まってしまったように碧希は消えてしまったのだ。
その寂しさに自分の気持ちは宙に凍りついたまま、ネットの世界の真ん中で漂い続けていた気がする。
名前が偶然同じという事も十分に考えられる事だ。だけどそのコメントは何故か碧希本人のものとしか思えなかった。空の写真を幾つも幾つも記事にして、ずっとそれを見つめていた碧希の無造作にも思える散文的なコメント。

碧希は……あれからどうしてたんだろう…………

もう自分には向けられないそのコメントが残ったその記事が、少し羨ましいなと自分は心の何処かで思っていた。

もう一度僕の記事に君はコメントを書き込んではくれないだろうか?

そんな奇妙な一縷の望みすら抱いて、自分は碧希のブログを久しぶりに覗いてみようとした。

《そのブログはありません。》

無機質なその一文に思わず目を見張る。
碧希は何処か別な場所でブログを開いたのだろうか?それとも、あのブログにだけコメントしているのだろうか。様々な思いをめぐらせながら、自分は再び碧希のコメントがあったブログを探す。
同じ文章に、碧希のコメントは同じように漂って、詩的な響きを残していた。

よく見ればこの記事自体も、碧希のコメントも随分と前のだ。

ランダムに回っていたのにこんな何年も前の古い記事に当たるなんてありえない事だと今更ながら気がついて、自分は微かに眉を寄せた。それは、まるでこの頭に入ってこないその記事を読むというよりも碧希のコメントを読ませようとでもするかのような気すらした。自分はふっとそんな思いに囚われながら、そのコメントをそっとなぞるように読み返す。

とても心が落ち着く。こんな空の下

もしかしたら碧希は、あの写真の何時もの空の下にはいないのかもしれない。だからそれに似た空を見つけて、思わずコメントを残したのかもとボンヤリと考えに耽る。



※※※


《それで、フウシはあそこのブログはどうするの?》
《更新もしてないからなぁ、今はブログよりインスタとかLINEだし。》
《そうだねぇ》

愛着が沸いてしまうと、新たな場所で最初からは確かに難しいかもしれない。サービスの終了が終わると決まってブログを続けたい人間は既に新しい場所に移動しているし、自分もフウシはあまりその意欲がないかもしれない。

《大体にして、サイトもリニューアルしないとなんないし。》
《あれ?そうなの?SMやめる?》

それにフウシは文字で草を生やしながら、SMを表に出しても流行りにはならないという。そう、フウシの趣味は流行りに乗ることで、それにはブログでは遅すぎるわけだし、既にSMは流行には遅すぎる。

《最近の流行り病はインスタ。映えればなんでもあり。何がいいかなぁ。》
《身元がバレないようにな?》

勿論と返ってきた文字に、碧希ともっと親しくなっておけばよかったと心のなかで考える。フウシや他の友人のように接していたら、あの空の場所と同時に碧希を何と読むのか聞くことができた。先にネットからフウシが姿をけして、自分はボンヤリとまた碧希のことを考えてしまうが碧希はもうネットの中にはきっと居ないのだ。

運命なら・何処かで、また

背後で響く妻が自分を呼ぶ声に返事をする。一瞬何故か名残惜しいという気持ちは心に浮かんだが、自分はそれを振り払うようにして碧希の言葉の漂うモニターの電源を落とし席を立った。



※※※


珍しく恐怖も何も漂わせずに話を終えた久保田の言葉に、自分はふと考え込んだ。

碧に希…………ですか?

何気なく問い返した言葉に久保田はええと微笑む。碧一字なら簡単に想像がつくが、これにもう一文字つくだけで名前とすると一気に難しい。しかも男性か女性かも分からないと尚更難しいのは、元々碧自体が男女構わずにつけられる漢字なのだ。

………………たまき、ですかね?じゃなきゃ、男ならあおきとかあおやすとは、流石に読まないか

そう自分が呟くと久保田は珍しく目を丸くした。

たまき、たまきと読めますか…………

確かに珍しい読み方なのだが、自分の祖母は『碧子』と書いてたまこと呼ぶのだ。そう教えると久保田は酷く感心したように、由来はあるんですかと問いかけてきたのだった。
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