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[リア]
ワンちゃん
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「……ん?」
首をかしげた。
目の前の太い木の根元で、ムクムクと毛のかたまりが動いている。
毛玉は丸い顔を上げた。深い青色の、まん丸のつぶらな瞳で、キュルンとこちらを見ている。
生後数か月と思しきかわいらしい子犬だった。
一瞬「まさか、このワンちゃんが助けてって言ったの?」と、ありえないことを考えてしまった。さすがにそんなはずはない。今はまず、助けを求めている子を探すのが先決だ。かわいい子犬の保護を考えるのはその後にしよう。
そう思って目をそらそうとした瞬間、子犬が「来てくれたの?」としゃべった。
どっ……
ど……
ど、どおおぉーっしょやぁーーッッッ?!
(※訳:どうして犬がしゃべっているのでしょうか?)
軽くパニックに陥った。
驚いたことに、彼の声はさっき聞いた男の子の声とまったく同じだった。ただ、もう反響はしていない。
ワンちゃんは小さなお口を動かしてしゃべっていた。凍りつくわたしに「ありがとねぇ」と、躊躇なく、ゆるーく、そして随分とフレンドリーに話しかけてくる。
強引に自分を納得させることにした。
犬はしゃべる生き物だ。この世界の犬はしゃべるのだ。
思い起こせば、実家の柴犬まめ太郎さんもときどきしゃべっていた。寝言も多かった。
ネコが「うまい」と言いながらご飯を食べる動画も見たことがあった。その気になれば犬もネコもしゃべれるはずだ。会話ができたらいいのにと思っていたぐらいなのだから、これは歓迎すべきことだ。
そもそも助けにきたのだし!
羽織っていたケープを外しながら近寄り、子犬さんを包んだ。
弱っているのか、体にあまり力がない。自分からわたしに寄りかかるようにくっついてきた。
治癒魔法って、動物にも効くのだろうか。あとでアレンさんに聞いてみよう。
「もう大丈夫よ。一人で怖かったね。よくがんばったね」
ワンちゃんを抱き上げると、背後でガサガサと木々が揺れる音がした。
「ヴィルさんたちが来てくれたのかな?」と期待して振り返り「見てください、かわいいワンちゃんが」と言いかけたけれど、最後まで言い切ることはできなかった。
そこにいたのは、毛むくじゃらのヴィルさん……ではなく、仁王立ちしている巨大なクマだった。
☟
体が小刻みに震えた。
一瞬にして、ワンちゃんがしゃべった事件がどうでも良くなった。それどころではない。出会ったばかりなのに、ふたりそろって命の危険にさらされている。
どうしよう。
ぬいぐるみではないクマさんだ。
くまんつ様でもない。リアルなやつだ。
動物園でなら見たことがあったけれど、野生のは初めて見た。こう言っては悪いのだけど、破滅的にかわいくない。
しかも、臭い。とんでもないケモノ臭で鼻が曲がって吐いちゃいそう……。
前にもこんなことがあった。コワイとクサイのセット販売は嫌だと言ったのに、どうしてこうなるのだろう。お願いだからどちらか一つにしてほしい。
クマさん、クサイだけなら我慢するので、あっちへ行っていただけませんか? どうかわたしたちを食べないで!
動いたら殺られる。このまま動かずに木と同化していたら、あきらめて帰ってくれるかしら。
でも、わんちゃんがしゃべったら終わるわ……。
どうする? どうする? ああぁ、ダメです、何も思いつかないっ。
アレンさん、助けてーー!!
絶体絶命かと思いきや、またガサガサと音がした。
生い茂る葉の間から、ポコッとヴィルさんが顔を出したのだ。今度こそ本物だ。
「リア! 見つけたぞ!」
ヴィ、ヴィルさんっ! 来てくれてすごくうれしいけれど、でも来ちゃダメですわッ!
クマがいるのです!! わたしの視線の先を見てください! そこ! そこにいるでしょう? 黒いおっきいやつですわっ!
ヴィルさんはうれしそうにニコニコしながら葉っぱをかき分け、こちらへ来ようとしている。
彼は空気を読むのが破滅的に苦手な人だ。わたしが切羽詰まった顔で、視線を使ってクマの存在を知らせようと必死になっていても、まるで気づいてくれない。
クマは音に反応し、彼に向かって走り出した。
速い……! クマって、こんなに走るのが速い生き物だったの?
やめて! やめて、クマ氏!
どうか、そこらへんの木の実で満足してください。わたしの婚約者は食べないで!
ヴィルさん、逃げてぇぇーッッッ!!
次の瞬間、バコーンとクマが吹っ飛んだ。
「……ッ!?」
まるで透明の超特大バランスボールにでも激突してはじき飛ばされたかのようだった。
ドサリと音がして、そのままクマ氏は仰向けに倒れて動かなくなった。
ク、クマ氏ぃーーッ?
え? 今、彼に何をされたの? 何メートル飛んだ? ウソでしょう?! なんてことするの、ヴィルさぁぁん!
「おーい。皆、こっちだ。リアがいたぞぉー」
彼と出会って一年にも満たないわたしは、まだ彼のことがよくわかっていなかった。
わたしは心配するほうを完全に間違えていたのだ。
「心配したぞぉ。良かった良かった」と言いながら、こちらへ駆け寄ってくる。彼の後を追って、ワァワァと団員が集まってきた。
彼はまるでクマなんかいなかったかのようにニコニコとしていた……。
首をかしげた。
目の前の太い木の根元で、ムクムクと毛のかたまりが動いている。
毛玉は丸い顔を上げた。深い青色の、まん丸のつぶらな瞳で、キュルンとこちらを見ている。
生後数か月と思しきかわいらしい子犬だった。
一瞬「まさか、このワンちゃんが助けてって言ったの?」と、ありえないことを考えてしまった。さすがにそんなはずはない。今はまず、助けを求めている子を探すのが先決だ。かわいい子犬の保護を考えるのはその後にしよう。
そう思って目をそらそうとした瞬間、子犬が「来てくれたの?」としゃべった。
どっ……
ど……
ど、どおおぉーっしょやぁーーッッッ?!
(※訳:どうして犬がしゃべっているのでしょうか?)
軽くパニックに陥った。
驚いたことに、彼の声はさっき聞いた男の子の声とまったく同じだった。ただ、もう反響はしていない。
ワンちゃんは小さなお口を動かしてしゃべっていた。凍りつくわたしに「ありがとねぇ」と、躊躇なく、ゆるーく、そして随分とフレンドリーに話しかけてくる。
強引に自分を納得させることにした。
犬はしゃべる生き物だ。この世界の犬はしゃべるのだ。
思い起こせば、実家の柴犬まめ太郎さんもときどきしゃべっていた。寝言も多かった。
ネコが「うまい」と言いながらご飯を食べる動画も見たことがあった。その気になれば犬もネコもしゃべれるはずだ。会話ができたらいいのにと思っていたぐらいなのだから、これは歓迎すべきことだ。
そもそも助けにきたのだし!
羽織っていたケープを外しながら近寄り、子犬さんを包んだ。
弱っているのか、体にあまり力がない。自分からわたしに寄りかかるようにくっついてきた。
治癒魔法って、動物にも効くのだろうか。あとでアレンさんに聞いてみよう。
「もう大丈夫よ。一人で怖かったね。よくがんばったね」
ワンちゃんを抱き上げると、背後でガサガサと木々が揺れる音がした。
「ヴィルさんたちが来てくれたのかな?」と期待して振り返り「見てください、かわいいワンちゃんが」と言いかけたけれど、最後まで言い切ることはできなかった。
そこにいたのは、毛むくじゃらのヴィルさん……ではなく、仁王立ちしている巨大なクマだった。
☟
体が小刻みに震えた。
一瞬にして、ワンちゃんがしゃべった事件がどうでも良くなった。それどころではない。出会ったばかりなのに、ふたりそろって命の危険にさらされている。
どうしよう。
ぬいぐるみではないクマさんだ。
くまんつ様でもない。リアルなやつだ。
動物園でなら見たことがあったけれど、野生のは初めて見た。こう言っては悪いのだけど、破滅的にかわいくない。
しかも、臭い。とんでもないケモノ臭で鼻が曲がって吐いちゃいそう……。
前にもこんなことがあった。コワイとクサイのセット販売は嫌だと言ったのに、どうしてこうなるのだろう。お願いだからどちらか一つにしてほしい。
クマさん、クサイだけなら我慢するので、あっちへ行っていただけませんか? どうかわたしたちを食べないで!
動いたら殺られる。このまま動かずに木と同化していたら、あきらめて帰ってくれるかしら。
でも、わんちゃんがしゃべったら終わるわ……。
どうする? どうする? ああぁ、ダメです、何も思いつかないっ。
アレンさん、助けてーー!!
絶体絶命かと思いきや、またガサガサと音がした。
生い茂る葉の間から、ポコッとヴィルさんが顔を出したのだ。今度こそ本物だ。
「リア! 見つけたぞ!」
ヴィ、ヴィルさんっ! 来てくれてすごくうれしいけれど、でも来ちゃダメですわッ!
クマがいるのです!! わたしの視線の先を見てください! そこ! そこにいるでしょう? 黒いおっきいやつですわっ!
ヴィルさんはうれしそうにニコニコしながら葉っぱをかき分け、こちらへ来ようとしている。
彼は空気を読むのが破滅的に苦手な人だ。わたしが切羽詰まった顔で、視線を使ってクマの存在を知らせようと必死になっていても、まるで気づいてくれない。
クマは音に反応し、彼に向かって走り出した。
速い……! クマって、こんなに走るのが速い生き物だったの?
やめて! やめて、クマ氏!
どうか、そこらへんの木の実で満足してください。わたしの婚約者は食べないで!
ヴィルさん、逃げてぇぇーッッッ!!
次の瞬間、バコーンとクマが吹っ飛んだ。
「……ッ!?」
まるで透明の超特大バランスボールにでも激突してはじき飛ばされたかのようだった。
ドサリと音がして、そのままクマ氏は仰向けに倒れて動かなくなった。
ク、クマ氏ぃーーッ?
え? 今、彼に何をされたの? 何メートル飛んだ? ウソでしょう?! なんてことするの、ヴィルさぁぁん!
「おーい。皆、こっちだ。リアがいたぞぉー」
彼と出会って一年にも満たないわたしは、まだ彼のことがよくわかっていなかった。
わたしは心配するほうを完全に間違えていたのだ。
「心配したぞぉ。良かった良かった」と言いながら、こちらへ駆け寄ってくる。彼の後を追って、ワァワァと団員が集まってきた。
彼はまるでクマなんかいなかったかのようにニコニコとしていた……。
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