昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

大きな木を探して

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 わたしたちを乗せた馬車は、軽快なひづめの音を響かせながら一路王都へと向かっていた。
「ノルでも食べて帰るかぁー?」と、ヴィルさんは大きく伸びをした。
 無事にすべての予定をこなした解放感からか、気の抜けた声を出している。

 先日の舞踏会で食べた『ノル』は、王都近郊が発祥の郷土料理だ。モチモチ食感のショートパスタで、一度食べるとクセになる。
 その元祖の店が帰り道にあるそうだ。ホテルの豪華なノルも良いけれど、庶民的な元祖の味も是非味わっておきたい。

 目を輝かせていると、彼は窓を開けるように言った。そして、わたし越しに外へ声をかける。
「おおーい、アレン。ノル食べに行かないかー?」
「元祖の店ですか?」
「そう。リアも行きたいってー」
「いいですね。あそこ美味いですよねぇ」
 アレンさんと約束を取りつけると、今度は反対側の窓を開けて顔を出した。
「おおい、フィデル。ノル食いに行こう。好きだよな? 元祖の店」
「おう、行こう行こう!」
「マークも行くだろー? 行く? 行くな? よし、決まりー」

 放課後の高校生のようなノリで寄り道が確定した。
 計画ではもっと先のレストランで遅めのランチをすることになっていたけれど、予約をしていたわけでもなかったので、こういう予定変更は大歓迎だ。

 小さな丘を一つ越えた先で『元祖』の巨大看板が現れた。
 馬車の駐車スペースが広いのは人気店の証拠だ。係の人の指示に従って車と馬をそれぞれ預け、皆でぞろぞろとお店へ向かう。
 先行して到着していた団員がお店と交渉してくれたおかげで、別館を貸し切らせてもらうことになった。急な団体さんにも関わらず、お店の人たちは親切に対応してくれた。

 塩漬け豚肉を使った伝統的なノルを堪能し、牛モツの煮込み料理やクレープのようなお料理も少し分けてもらって味見した。何を食べても美味しくて、わたしは幸せ者だ。
 食後のお茶を頂きながら、大勢でワイワイとおしゃべりをするのも楽しい。とある団員が、実家が引っ越したのをすっかり忘れて、誰も住んでいない場所に帰省してしまったという話を披露し、皆の大爆笑をさらっていた。

 ふと窓の外を見ると、道を挟んだ向かいに林が見えていた。
 このあたりは山のすそ野に広がる木々の一番端っこのようだ。木の密度は奥へ行くほど高くなり、傾斜が現れて森になっている。
 ここから先は、林のフチをぐるりと沿うように通る馬車道を進んでいく。その先には領境の宿場町があり、越境の手続きをして門をくぐればもう王都だ。王都内は道が整っているため、移動速度はさらに上がるだろう。
 それほど遠くまで出かけていたわけではないのだけれども、家を空けていた期間が長かったせいか「家が近い」と思うだけで、なんだかホッとした。
 お会計を済ませて店の外に出ると、皆も口々に「あとは帰るだけ」と言った。

 しかし、馬車に乗り込もうとしているとき、何か耳をくすぐるような人の声が聞こえた。
 微かな、本当に微かな声。

「も……。……め」

 子どもの声だろうか。
 キョロキョロしてみたけれど、周りに子どもはいない。

 ハテ?
 聞き間違えか。

 改めて馬車に乗ろうとすると、やはり声がする。

「す……」

 気のせいではないと思う。
 音が反響していて、何を言っているのかまではわからない。けれども、やはり子どもの声が聞こえている。
 馬車に乗るのをやめ、振り返った。視線の先には、お店の窓から見えていた林があった。

「……て」

 反響のせいで声がどこから聞こえているのかがわからない。頭に直接響いているようでもあり、林のほうから聞こえているようでもある。
 ヴィルさんが心配そうに「リア、どうした?」と話しかけてきたので「しーっ」と彼を制止した。

 しばらく待ってみた。
 何も聞こえない。

 背中にアレンさんの手が触れた。
「どうしました?」と、彼は小声で言った。
「子どもの声が聞こえて」と、わたしも小声で答えた。
「私には何も聞こえませんでしたが……」と、彼が言いかけたとき、また声が聞こえた。

「……た、すけて」

 背すじがゾッとした。
 林の中で子どもが「助けて」と言っている!

「助けてって……! 林の中です!」

 考えるよりも先に体が動いてしまった。後ろから皆が呼んでいる声は聞こえていたけれど、気づいたときにはすでに駆け出していた。お叱りはあとで受けよう。
 林の中に道らしきものはあるけれども、単に人が踏みならしただけのような、細い歩道だった。外から見るよりも狭く感じる。注意しなければ飛び出した枝に服が引っかかり、地面から突き出た根っこに足を取られる。
 肩と腕に枝葉が当たる感覚はあったけれども、夢中で進んでいたせいか、それほど気にならなかった。ただ、しっかり地面を踏ん張って走れる旅行用ブーツで良かったとだけ思った。

「どこにいるの! 返事をして!」
 こんな時、貧弱な喉が恨めしい。もっと大きな声が出せればいいのに……。
 でも、足には自信がある。方向さえわかれば向かうことができる。悪い奴がいたって、アレンさんから護身術を習っているし、いざとなったらミストさん秘伝の超えげつない大技だって繰り出せる。

「おっきな木。助けて……」

 か細い声が聞こえた。やはり反響していて方向がわからない。
 どうして小さな声なのに反響するのだろう。わたしの声は響かないのに、相手の声だけが方向も判別できないほどひどく反響している。

「大きな木、大きな木……」
 辺りを見回した。
 右斜め前方に、ほかと比べて幹が太い木がある。
「あれね!」

 また駆けだした。ところが、低木や落ちた枝に足を取られ、すぐにペースダウンした。長いドレスのスカートが邪魔だ。左手でつかんで思い切り引き上げ、右手で枝などをけながら進んだ。

「どこ?」
 太い木のそばまで来て、近づきながら辺りを見回した。
 子どもの姿は見当たらない。

 ここではない? 別の木? でも、ほかに大きな木って……。

 あたりを見回すほど判断に迷った。
 子どもが言う「大きな木」だ。太くて立派な木を指しているのだろうと思っていた。でも、もしかすると「背が高い木」という意味かもしれない。そう考えると、ヒョロリと細長い木が何本もある。
 声の主はどこにいるのだろう。
「大きな木」とは、どれを指しているのか。
 正解がわからない。何を目指せばいいのかが見えてこない。
 キョロキョロしていると、ふと視界の中で何かが動いた。
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