310 / 392
[リア]
ワンちゃん
しおりを挟む
「……ん?」
首をかしげた。
目の前の太い木の根元で、ムクムクと毛のかたまりが動いている。
毛玉は丸い顔を上げた。深い青色の、まん丸のつぶらな瞳で、キュルンとこちらを見ている。
生後数か月と思しきかわいらしい子犬だった。
一瞬「まさか、このワンちゃんが助けてって言ったの?」と、ありえないことを考えてしまった。さすがにそんなはずはない。今はまず、助けを求めている子を探すのが先決だ。かわいい子犬の保護を考えるのはその後にしよう。
そう思って目をそらそうとした瞬間、子犬が「来てくれたの?」としゃべった。
どっ……
ど……
ど、どおおぉーっしょやぁーーッッッ?!
(※訳:どうして犬がしゃべっているのでしょうか?)
軽くパニックに陥った。
驚いたことに、彼の声はさっき聞いた男の子の声とまったく同じだった。ただ、もう反響はしていない。
ワンちゃんは小さなお口を動かしてしゃべっていた。凍りつくわたしに「ありがとねぇ」と、躊躇なく、ゆるーく、そして随分とフレンドリーに話しかけてくる。
強引に自分を納得させることにした。
犬はしゃべる生き物だ。この世界の犬はしゃべるのだ。
思い起こせば、実家の柴犬まめ太郎さんもときどきしゃべっていた。寝言も多かった。
ネコが「うまい」と言いながらご飯を食べる動画も見たことがあった。その気になれば犬もネコもしゃべれるはずだ。会話ができたらいいのにと思っていたぐらいなのだから、これは歓迎すべきことだ。
そもそも助けにきたのだし!
羽織っていたケープを外しながら近寄り、子犬さんを包んだ。
弱っているのか、体にあまり力がない。自分からわたしに寄りかかるようにくっついてきた。
治癒魔法って、動物にも効くのだろうか。あとでアレンさんに聞いてみよう。
「もう大丈夫よ。一人で怖かったね。よくがんばったね」
ワンちゃんを抱き上げると、背後でガサガサと木々が揺れる音がした。
「ヴィルさんたちが来てくれたのかな?」と期待して振り返り「見てください、かわいいワンちゃんが」と言いかけたけれど、最後まで言い切ることはできなかった。
そこにいたのは、毛むくじゃらのヴィルさん……ではなく、仁王立ちしている巨大なクマだった。
☟
体が小刻みに震えた。
一瞬にして、ワンちゃんがしゃべった事件がどうでも良くなった。それどころではない。出会ったばかりなのに、ふたりそろって命の危険にさらされている。
どうしよう。
ぬいぐるみではないクマさんだ。
くまんつ様でもない。リアルなやつだ。
動物園でなら見たことがあったけれど、野生のは初めて見た。こう言っては悪いのだけど、破滅的にかわいくない。
しかも、臭い。とんでもないケモノ臭で鼻が曲がって吐いちゃいそう……。
前にもこんなことがあった。コワイとクサイのセット販売は嫌だと言ったのに、どうしてこうなるのだろう。お願いだからどちらか一つにしてほしい。
クマさん、クサイだけなら我慢するので、あっちへ行っていただけませんか? どうかわたしたちを食べないで!
動いたら殺られる。このまま動かずに木と同化していたら、あきらめて帰ってくれるかしら。
でも、わんちゃんがしゃべったら終わるわ……。
どうする? どうする? ああぁ、ダメです、何も思いつかないっ。
アレンさん、助けてーー!!
絶体絶命かと思いきや、またガサガサと音がした。
生い茂る葉の間から、ポコッとヴィルさんが顔を出したのだ。今度こそ本物だ。
「リア! 見つけたぞ!」
ヴィ、ヴィルさんっ! 来てくれてすごくうれしいけれど、でも来ちゃダメですわッ!
クマがいるのです!! わたしの視線の先を見てください! そこ! そこにいるでしょう? 黒いおっきいやつですわっ!
ヴィルさんはうれしそうにニコニコしながら葉っぱをかき分け、こちらへ来ようとしている。
彼は空気を読むのが破滅的に苦手な人だ。わたしが切羽詰まった顔で、視線を使ってクマの存在を知らせようと必死になっていても、まるで気づいてくれない。
クマは音に反応し、彼に向かって走り出した。
速い……! クマって、こんなに走るのが速い生き物だったの?
やめて! やめて、クマ氏!
どうか、そこらへんの木の実で満足してください。わたしの婚約者は食べないで!
ヴィルさん、逃げてぇぇーッッッ!!
次の瞬間、バコーンとクマが吹っ飛んだ。
「……ッ!?」
まるで透明の超特大バランスボールにでも激突してはじき飛ばされたかのようだった。
ドサリと音がして、そのままクマ氏は仰向けに倒れて動かなくなった。
ク、クマ氏ぃーーッ?
え? 今、彼に何をされたの? 何メートル飛んだ? ウソでしょう?! なんてことするの、ヴィルさぁぁん!
「おーい。皆、こっちだ。リアがいたぞぉー」
彼と出会って一年にも満たないわたしは、まだ彼のことがよくわかっていなかった。
わたしは心配するほうを完全に間違えていたのだ。
「心配したぞぉ。良かった良かった」と言いながら、こちらへ駆け寄ってくる。彼の後を追って、ワァワァと団員が集まってきた。
彼はまるでクマなんかいなかったかのようにニコニコとしていた……。
首をかしげた。
目の前の太い木の根元で、ムクムクと毛のかたまりが動いている。
毛玉は丸い顔を上げた。深い青色の、まん丸のつぶらな瞳で、キュルンとこちらを見ている。
生後数か月と思しきかわいらしい子犬だった。
一瞬「まさか、このワンちゃんが助けてって言ったの?」と、ありえないことを考えてしまった。さすがにそんなはずはない。今はまず、助けを求めている子を探すのが先決だ。かわいい子犬の保護を考えるのはその後にしよう。
そう思って目をそらそうとした瞬間、子犬が「来てくれたの?」としゃべった。
どっ……
ど……
ど、どおおぉーっしょやぁーーッッッ?!
(※訳:どうして犬がしゃべっているのでしょうか?)
軽くパニックに陥った。
驚いたことに、彼の声はさっき聞いた男の子の声とまったく同じだった。ただ、もう反響はしていない。
ワンちゃんは小さなお口を動かしてしゃべっていた。凍りつくわたしに「ありがとねぇ」と、躊躇なく、ゆるーく、そして随分とフレンドリーに話しかけてくる。
強引に自分を納得させることにした。
犬はしゃべる生き物だ。この世界の犬はしゃべるのだ。
思い起こせば、実家の柴犬まめ太郎さんもときどきしゃべっていた。寝言も多かった。
ネコが「うまい」と言いながらご飯を食べる動画も見たことがあった。その気になれば犬もネコもしゃべれるはずだ。会話ができたらいいのにと思っていたぐらいなのだから、これは歓迎すべきことだ。
そもそも助けにきたのだし!
羽織っていたケープを外しながら近寄り、子犬さんを包んだ。
弱っているのか、体にあまり力がない。自分からわたしに寄りかかるようにくっついてきた。
治癒魔法って、動物にも効くのだろうか。あとでアレンさんに聞いてみよう。
「もう大丈夫よ。一人で怖かったね。よくがんばったね」
ワンちゃんを抱き上げると、背後でガサガサと木々が揺れる音がした。
「ヴィルさんたちが来てくれたのかな?」と期待して振り返り「見てください、かわいいワンちゃんが」と言いかけたけれど、最後まで言い切ることはできなかった。
そこにいたのは、毛むくじゃらのヴィルさん……ではなく、仁王立ちしている巨大なクマだった。
☟
体が小刻みに震えた。
一瞬にして、ワンちゃんがしゃべった事件がどうでも良くなった。それどころではない。出会ったばかりなのに、ふたりそろって命の危険にさらされている。
どうしよう。
ぬいぐるみではないクマさんだ。
くまんつ様でもない。リアルなやつだ。
動物園でなら見たことがあったけれど、野生のは初めて見た。こう言っては悪いのだけど、破滅的にかわいくない。
しかも、臭い。とんでもないケモノ臭で鼻が曲がって吐いちゃいそう……。
前にもこんなことがあった。コワイとクサイのセット販売は嫌だと言ったのに、どうしてこうなるのだろう。お願いだからどちらか一つにしてほしい。
クマさん、クサイだけなら我慢するので、あっちへ行っていただけませんか? どうかわたしたちを食べないで!
動いたら殺られる。このまま動かずに木と同化していたら、あきらめて帰ってくれるかしら。
でも、わんちゃんがしゃべったら終わるわ……。
どうする? どうする? ああぁ、ダメです、何も思いつかないっ。
アレンさん、助けてーー!!
絶体絶命かと思いきや、またガサガサと音がした。
生い茂る葉の間から、ポコッとヴィルさんが顔を出したのだ。今度こそ本物だ。
「リア! 見つけたぞ!」
ヴィ、ヴィルさんっ! 来てくれてすごくうれしいけれど、でも来ちゃダメですわッ!
クマがいるのです!! わたしの視線の先を見てください! そこ! そこにいるでしょう? 黒いおっきいやつですわっ!
ヴィルさんはうれしそうにニコニコしながら葉っぱをかき分け、こちらへ来ようとしている。
彼は空気を読むのが破滅的に苦手な人だ。わたしが切羽詰まった顔で、視線を使ってクマの存在を知らせようと必死になっていても、まるで気づいてくれない。
クマは音に反応し、彼に向かって走り出した。
速い……! クマって、こんなに走るのが速い生き物だったの?
やめて! やめて、クマ氏!
どうか、そこらへんの木の実で満足してください。わたしの婚約者は食べないで!
ヴィルさん、逃げてぇぇーッッッ!!
次の瞬間、バコーンとクマが吹っ飛んだ。
「……ッ!?」
まるで透明の超特大バランスボールにでも激突してはじき飛ばされたかのようだった。
ドサリと音がして、そのままクマ氏は仰向けに倒れて動かなくなった。
ク、クマ氏ぃーーッ?
え? 今、彼に何をされたの? 何メートル飛んだ? ウソでしょう?! なんてことするの、ヴィルさぁぁん!
「おーい。皆、こっちだ。リアがいたぞぉー」
彼と出会って一年にも満たないわたしは、まだ彼のことがよくわかっていなかった。
わたしは心配するほうを完全に間違えていたのだ。
「心配したぞぉ。良かった良かった」と言いながら、こちらへ駆け寄ってくる。彼の後を追って、ワァワァと団員が集まってきた。
彼はまるでクマなんかいなかったかのようにニコニコとしていた……。
44
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる