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第十五話
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結局、私はこれと言っていい手を思いつかないまま、数日が過ぎた。
お義母様やメイドに家事を教わりながら、私は洗い立ての洗濯物を青空の下に干している。
他の家のように、家事は使用人がやるもの、というルールはシェプハー家にはない。お義母様が進んで家事をしたがるということもあるし、メイドたちはおしゃべりだからお義母様もその中に混ざっていたいようだ。
ついでだから、私もその輪に混ざり、オールヴァン公爵家ではやらなかったことにも挑戦しようと決めた。洗濯はその一つだ。
働いた額の汗を拭い、三列にはためく洗濯物を見ていると、達成感が湧いてくる。私は、毎日交換していたベッドシーツ一枚を洗うのがこんなに大変だったことさえ知らなかった。
顔色のよくなってきたお義母様も、一仕事終えた達成感で上機嫌だ。
「郊外は空気がいいのかしら。すっかり体調もよくなっていく感じがするわ」
「それはよかった」
初対面のあの日に比べ、隣に並ぶお義母様の肌つやは見違えるほどに潤って、元から化粧なしでも美しい顔立ちがさらに際立つようになった。
とはいえ、お義母様本人は自分の顔立ちに無頓着で、メイドたちが化粧をしてお屋敷の奥様らしくしてみてはどうか、と提案していたが、やんわりと断っていた。
「私はいいのよ。化粧は若い子がすればいいの」
どうも、私へと年相応におしゃれや化粧をしろと圧をかけてきている気がするが、私だって大した顔でもないのにお義母様を差し置いて化粧はしたくない。
そんなわけで、お屋敷の奥様お嬢様らしくするより働いたほうが性に合うと分かった私は、毎日が楽しい。忙しくても、何かを押し付けられてやれと言われるよりはずっとマシな生活だ。
ただ、復讐をしなくてもよくなった、というわけでは決してない。
私は暇さえあれば、王都地下配水塔の攻略方法を考えていた。
(あの地下配水塔に、周辺のマナを吸い上げる働きのある何かが仕掛けられていることは確かね。マナが減ればその分生き物にとっては悪い環境になるし、病気にもなりやすくなる。かといって短期間の急激なマナの増減も体に悪いから、お義母様も少しずつ変化に慣れていかないと)
結局のところ、私のやりたい復讐と、人々の利益は相反するものではないと分かっている。
この国において、王侯貴族や魔法によって既得権益を享受していた上流階級は、魔法をさほど使わない、使えない人々からマナを奪い、自分たちのところに集めていた。
その事実は、明るみになったところで証明しづらい。
なぜなら、地下配水塔に大量のマナが流れ込んでいる、と知っているのは私だけだ。
もし王城騎士団や警察が地下配水塔を調べても、魔法や魔法道具に詳しいのは上流階級の人間であり、儲けさせてもらっている彼らが王侯貴族の利益に反することを言うはずがないのだ。
そして、もし私が覚悟を決めてマナの流れについて何か言おうものなら、魔力のない『灰色女』である私が嫉妬からか嘘を吐いて世間を騒がせた——という騒ぎの着地点まで目に見えるようだ。
つまり、この件で私の味方は一人もいないと思ったほうがいい。
アイメル様はもとより、シェプハー家に迷惑をかけるわけにはいかない。
だからこそ悩みは深くて困っているのだが、屋敷の中から走ってきたメイドの叫ぶ声で、私の思考は中断された。
「奥様、お嬢様!」
「どうしたの? そんなに慌てて」
「お客様がお見えに……聖女様です! 聖女アリシア様が!」
聖女アリシア。その名を聞いて、私もお義母様も驚く。
すっかり縁遠くなったはずの妹が、なぜ私の元にやってきたのか。ともかく、この国一番の魔法の権威である聖女——今もそうかは知らないが——の訪問に、出迎えないわけにはいかなかった。
お義母様やメイドに家事を教わりながら、私は洗い立ての洗濯物を青空の下に干している。
他の家のように、家事は使用人がやるもの、というルールはシェプハー家にはない。お義母様が進んで家事をしたがるということもあるし、メイドたちはおしゃべりだからお義母様もその中に混ざっていたいようだ。
ついでだから、私もその輪に混ざり、オールヴァン公爵家ではやらなかったことにも挑戦しようと決めた。洗濯はその一つだ。
働いた額の汗を拭い、三列にはためく洗濯物を見ていると、達成感が湧いてくる。私は、毎日交換していたベッドシーツ一枚を洗うのがこんなに大変だったことさえ知らなかった。
顔色のよくなってきたお義母様も、一仕事終えた達成感で上機嫌だ。
「郊外は空気がいいのかしら。すっかり体調もよくなっていく感じがするわ」
「それはよかった」
初対面のあの日に比べ、隣に並ぶお義母様の肌つやは見違えるほどに潤って、元から化粧なしでも美しい顔立ちがさらに際立つようになった。
とはいえ、お義母様本人は自分の顔立ちに無頓着で、メイドたちが化粧をしてお屋敷の奥様らしくしてみてはどうか、と提案していたが、やんわりと断っていた。
「私はいいのよ。化粧は若い子がすればいいの」
どうも、私へと年相応におしゃれや化粧をしろと圧をかけてきている気がするが、私だって大した顔でもないのにお義母様を差し置いて化粧はしたくない。
そんなわけで、お屋敷の奥様お嬢様らしくするより働いたほうが性に合うと分かった私は、毎日が楽しい。忙しくても、何かを押し付けられてやれと言われるよりはずっとマシな生活だ。
ただ、復讐をしなくてもよくなった、というわけでは決してない。
私は暇さえあれば、王都地下配水塔の攻略方法を考えていた。
(あの地下配水塔に、周辺のマナを吸い上げる働きのある何かが仕掛けられていることは確かね。マナが減ればその分生き物にとっては悪い環境になるし、病気にもなりやすくなる。かといって短期間の急激なマナの増減も体に悪いから、お義母様も少しずつ変化に慣れていかないと)
結局のところ、私のやりたい復讐と、人々の利益は相反するものではないと分かっている。
この国において、王侯貴族や魔法によって既得権益を享受していた上流階級は、魔法をさほど使わない、使えない人々からマナを奪い、自分たちのところに集めていた。
その事実は、明るみになったところで証明しづらい。
なぜなら、地下配水塔に大量のマナが流れ込んでいる、と知っているのは私だけだ。
もし王城騎士団や警察が地下配水塔を調べても、魔法や魔法道具に詳しいのは上流階級の人間であり、儲けさせてもらっている彼らが王侯貴族の利益に反することを言うはずがないのだ。
そして、もし私が覚悟を決めてマナの流れについて何か言おうものなら、魔力のない『灰色女』である私が嫉妬からか嘘を吐いて世間を騒がせた——という騒ぎの着地点まで目に見えるようだ。
つまり、この件で私の味方は一人もいないと思ったほうがいい。
アイメル様はもとより、シェプハー家に迷惑をかけるわけにはいかない。
だからこそ悩みは深くて困っているのだが、屋敷の中から走ってきたメイドの叫ぶ声で、私の思考は中断された。
「奥様、お嬢様!」
「どうしたの? そんなに慌てて」
「お客様がお見えに……聖女様です! 聖女アリシア様が!」
聖女アリシア。その名を聞いて、私もお義母様も驚く。
すっかり縁遠くなったはずの妹が、なぜ私の元にやってきたのか。ともかく、この国一番の魔法の権威である聖女——今もそうかは知らないが——の訪問に、出迎えないわけにはいかなかった。
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