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第十六話
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いつの間にか、シェプハー家の屋敷の門前には溢れかえるほどの人や馬、馬車が整然と並んでいた。
その中には王城騎士団の紋章を掲げた旗もあり、あろうことかアイメル様も愛馬ドンケル夫人に乗って帰ってきていたのだ。部下たちに命じて周囲を見回らせ、聖女アリシアの警護に駆り出されているらしいことはすぐに見て取れたため、私は声をかけることもできない。
屋敷の玄関に向かって、聖女の歩く道を守るように両側に騎士たちの壁ができていた。その中央を、輝くような金の髪の聖女が、古代風の豊かなドレープドレスを身にまとって堂々と歩いてくる。
(アリシアはあのころと何も変わらない。自信たっぷりね)
物心ついたころから、オールヴァン公爵家令嬢アリシアは未来の聖女として崇められ、年齢不相応な皆の敬意を一身に受けてきたせいか、自信や自己肯定感というものは恐ろしく強い。
もっとも、そのおかげで私はチクチクと嫌味を言われるくらいで済んでいた。
何でもできる何でも手に入る妹からすれば、不出来で『灰色女』の姉を見ていると苛立ってしょうがなかっただろう。
だからと言って、両親や使用人たちと同じように私を蔑んできたことが許されるわけではないが。
扉が開かれ、私はエントランスで一礼をして聖女アリシアを出迎えた。お義母様やメイドたちはまさかの聖女の来訪にすっかり動揺してしまっていたため、私は「ここは私が対応します」と言って遠ざけておいたのだ。
これで、醜い姉妹のやり取りを聞かせずに済む。
聖女アリシアは、優雅に髪をかき上げ、口を開く。
「お久しぶりね、お姉様。ご結婚おめでとう」
「ありがとう、アリシア。今日はどうしたの? 聖女のお役目が忙しいのではないの?」
「それ、嫌味?」
私はしれっと、首を横に振った。
「まさか。私は世事に疎いから、あなたの近況もあまり知らなくて」
「そうなのね。まあいいわ、お姉様にお祝い事があったとお父様から聞いて、妹としてぜひともお義兄様にお会いしたくって。王城騎士団に話して、連れてきていただいたわ」
そう言うと、聖女アリシアは騎士に言いつけて、アイメル様を外から呼び出した。
いつもの威厳はどこへやら、私の前にやってきたアイメル様はバツが悪そうだ。
「ただいま。聖女様のおっしゃったとおり、護衛として一時帰宅を命じられたのです」
「そう、だったのですね。お疲れ様です」
「お姉様ったら、どうしてそんなに他人行儀なの? 帰ってきたら妻は夫にキスをするものでしょう?」
「なっ!?」
からかわれ、本気にするアイメル様はさておき、私はさっさと話を戻す。
「アリシア。あなたの婚約はどうなったの?」
「……それを聞く? 今、王都は私の力も含めて、あちこちで魔法が使えなくなっているのに?」
「それは……ごめんなさい、私はそういうことを感じ取れなくて」
「あら、そうだったわね。ごめんなさい、お姉様。気遣いが足りなかったわ」
心無い言葉のやり取りは、オールヴァン公爵家ではいつものことだった。ただ、そばで聞いている騎士の中には眉根をひそめる者もいたことを、私はしっかり憶えておく。
私の最初の復讐によって、聖女アリシアは大聖堂と王城で『癒しの魔法』が使えなくなった。
聖女は基本的にその二ヶ所を往復する生活であり、その二つはほぼ隣接しているため、その範囲から出なかった聖女アリシアは自分は聖女の根拠たる『癒しの魔法』を失ったと相当ショックだっただろうことは想像に難くない。
実際、漏れ聞こえてくる噂はどれも聖女アリシアの癇癪だったり、王子との結婚延期は魔法云々ではなく聖女アリシア自身の問題なのではないか、というスキャンダルじみた話ばかりだった。
この国一番の権威になるということは、すなわち、この国で一番人々の好奇の耳目に晒されるということを、聖女アリシアは考えもしなかったに違いない。
実家オールヴァン公爵家から出てしまえば、「私は聖女で偉いのよ、だから言うことを聞きなさい」という理屈は通らない。
聖女は『癒しの魔法』を用いて人々を治療する仕事に就くからこそ、一目置かれるのだ。
その仕事ができなくなった聖女アリシアは人々の尊敬を集められなくなっており、本人も周囲から漏れ聞こえてくる口さがない言葉の数々に心を痛め——苛立っているのだろう。
だから、聖女アリシアはこんなことを言い出した。
「でも、ここなら使えそうよ。ご病気の方がいらっしゃると聞いたし、よければ『癒しの魔法』を施したいのだけれど、どうかしら」
聖女の施しをくれてやろう、とばかりの聖女アリシアの得意満面の顔は、私にとって侮辱に等しかった。
凪いだ湖面のように静かな怒りが、私を動かす。
「アリシア」
「何?」
「あなたは今、魔法が使えるの?」
「何を言って——」
「使えるかどうか、聞いているの。答えて」
普段の聖女アリシアならば、自信たっぷりに答えられるはずだった。
しかし、聖女アリシアから返ってきたのは「はい」でも「いいえ」でもなく、ただの姉への反発だった。
「お姉様、どうして怒るの? 私のことがそんなにお嫌い? 私だって、聖女として誰かの役に立ちたいと思う心はあるのよ」
「知っているわ。あなたは聖女としてずっと期待されていた」
「なら、役目を果たさせてちょうだい」
「いいえ。あなたは、まずは王都の中でその役目を果たすべきよ。皆が心配しているのだから」
「もう、だから王都ではあちこちで魔法が使えなくなっているの!」
「なぜそうなったか、考えたの? 原因を突き止めようとした?」
おそらく、聖女アリシアは王都でダメなら他の場所で自分の権威を取り戻そうとしたのだろう。あるいは、惨めな『灰色女』の姉を平伏させて恩を売り、優越感に浸ろうとしたのかもしれない。
しかし、『癒しの魔法』が使えなくなっている聖女アリシアを自覚させられたばかりか、見下していた姉には施しを断られ、お前は今聖女として何をしているのかと軽く詰問されたことによって、聖女アリシアは——元々ギリギリだったのだろう——私やアイメル様、騎士たちの目の前で怒りを爆発させた。
「仕方ないじゃない! 殿下はその対策で追われているし、私はどうすることもできないし、結婚も延期になって、私に何をしろと言うの!?」
それは私も初めて聞いた、妹の金切り声だった。
その中には王城騎士団の紋章を掲げた旗もあり、あろうことかアイメル様も愛馬ドンケル夫人に乗って帰ってきていたのだ。部下たちに命じて周囲を見回らせ、聖女アリシアの警護に駆り出されているらしいことはすぐに見て取れたため、私は声をかけることもできない。
屋敷の玄関に向かって、聖女の歩く道を守るように両側に騎士たちの壁ができていた。その中央を、輝くような金の髪の聖女が、古代風の豊かなドレープドレスを身にまとって堂々と歩いてくる。
(アリシアはあのころと何も変わらない。自信たっぷりね)
物心ついたころから、オールヴァン公爵家令嬢アリシアは未来の聖女として崇められ、年齢不相応な皆の敬意を一身に受けてきたせいか、自信や自己肯定感というものは恐ろしく強い。
もっとも、そのおかげで私はチクチクと嫌味を言われるくらいで済んでいた。
何でもできる何でも手に入る妹からすれば、不出来で『灰色女』の姉を見ていると苛立ってしょうがなかっただろう。
だからと言って、両親や使用人たちと同じように私を蔑んできたことが許されるわけではないが。
扉が開かれ、私はエントランスで一礼をして聖女アリシアを出迎えた。お義母様やメイドたちはまさかの聖女の来訪にすっかり動揺してしまっていたため、私は「ここは私が対応します」と言って遠ざけておいたのだ。
これで、醜い姉妹のやり取りを聞かせずに済む。
聖女アリシアは、優雅に髪をかき上げ、口を開く。
「お久しぶりね、お姉様。ご結婚おめでとう」
「ありがとう、アリシア。今日はどうしたの? 聖女のお役目が忙しいのではないの?」
「それ、嫌味?」
私はしれっと、首を横に振った。
「まさか。私は世事に疎いから、あなたの近況もあまり知らなくて」
「そうなのね。まあいいわ、お姉様にお祝い事があったとお父様から聞いて、妹としてぜひともお義兄様にお会いしたくって。王城騎士団に話して、連れてきていただいたわ」
そう言うと、聖女アリシアは騎士に言いつけて、アイメル様を外から呼び出した。
いつもの威厳はどこへやら、私の前にやってきたアイメル様はバツが悪そうだ。
「ただいま。聖女様のおっしゃったとおり、護衛として一時帰宅を命じられたのです」
「そう、だったのですね。お疲れ様です」
「お姉様ったら、どうしてそんなに他人行儀なの? 帰ってきたら妻は夫にキスをするものでしょう?」
「なっ!?」
からかわれ、本気にするアイメル様はさておき、私はさっさと話を戻す。
「アリシア。あなたの婚約はどうなったの?」
「……それを聞く? 今、王都は私の力も含めて、あちこちで魔法が使えなくなっているのに?」
「それは……ごめんなさい、私はそういうことを感じ取れなくて」
「あら、そうだったわね。ごめんなさい、お姉様。気遣いが足りなかったわ」
心無い言葉のやり取りは、オールヴァン公爵家ではいつものことだった。ただ、そばで聞いている騎士の中には眉根をひそめる者もいたことを、私はしっかり憶えておく。
私の最初の復讐によって、聖女アリシアは大聖堂と王城で『癒しの魔法』が使えなくなった。
聖女は基本的にその二ヶ所を往復する生活であり、その二つはほぼ隣接しているため、その範囲から出なかった聖女アリシアは自分は聖女の根拠たる『癒しの魔法』を失ったと相当ショックだっただろうことは想像に難くない。
実際、漏れ聞こえてくる噂はどれも聖女アリシアの癇癪だったり、王子との結婚延期は魔法云々ではなく聖女アリシア自身の問題なのではないか、というスキャンダルじみた話ばかりだった。
この国一番の権威になるということは、すなわち、この国で一番人々の好奇の耳目に晒されるということを、聖女アリシアは考えもしなかったに違いない。
実家オールヴァン公爵家から出てしまえば、「私は聖女で偉いのよ、だから言うことを聞きなさい」という理屈は通らない。
聖女は『癒しの魔法』を用いて人々を治療する仕事に就くからこそ、一目置かれるのだ。
その仕事ができなくなった聖女アリシアは人々の尊敬を集められなくなっており、本人も周囲から漏れ聞こえてくる口さがない言葉の数々に心を痛め——苛立っているのだろう。
だから、聖女アリシアはこんなことを言い出した。
「でも、ここなら使えそうよ。ご病気の方がいらっしゃると聞いたし、よければ『癒しの魔法』を施したいのだけれど、どうかしら」
聖女の施しをくれてやろう、とばかりの聖女アリシアの得意満面の顔は、私にとって侮辱に等しかった。
凪いだ湖面のように静かな怒りが、私を動かす。
「アリシア」
「何?」
「あなたは今、魔法が使えるの?」
「何を言って——」
「使えるかどうか、聞いているの。答えて」
普段の聖女アリシアならば、自信たっぷりに答えられるはずだった。
しかし、聖女アリシアから返ってきたのは「はい」でも「いいえ」でもなく、ただの姉への反発だった。
「お姉様、どうして怒るの? 私のことがそんなにお嫌い? 私だって、聖女として誰かの役に立ちたいと思う心はあるのよ」
「知っているわ。あなたは聖女としてずっと期待されていた」
「なら、役目を果たさせてちょうだい」
「いいえ。あなたは、まずは王都の中でその役目を果たすべきよ。皆が心配しているのだから」
「もう、だから王都ではあちこちで魔法が使えなくなっているの!」
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おそらく、聖女アリシアは王都でダメなら他の場所で自分の権威を取り戻そうとしたのだろう。あるいは、惨めな『灰色女』の姉を平伏させて恩を売り、優越感に浸ろうとしたのかもしれない。
しかし、『癒しの魔法』が使えなくなっている聖女アリシアを自覚させられたばかりか、見下していた姉には施しを断られ、お前は今聖女として何をしているのかと軽く詰問されたことによって、聖女アリシアは——元々ギリギリだったのだろう——私やアイメル様、騎士たちの目の前で怒りを爆発させた。
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