聖女の妹、『灰色女』の私

ルーシャオ

文字の大きさ
17 / 22

第十七話

しおりを挟む
 とても聖女とは思えない、憐憫の情さえ浮かんでくるほどの子どもじみた様子に、騎士の誰もが目を逸らし、不敬からかその姿を見ないよう努める。

 そんな中、空気を読まないアイメル様は違った。

 怒りに我を忘れた聖女アリシアへ、諫言かんげんしてしまったのだ。

「僭越ながら、聖女様は王都外への慰問を拒否されたと耳にしました。殿下は確かに多忙を極めておられますが、それとは別に聖女様は慰問に関しては一向に首を縦に振らないと嘆いておられました」

 アイメル様は別に私の援護をしたわけではなく、ただ単に「そういえばこんなこともあったな、今言おう」くらいの気持ちだったと思われる。

 そういうところも私は可愛らしいと思うが、他人からすれば「なぜ火に油を注ぐのか」ということになる。

 実際、聖女アリシアはさらに怒りを爆発させた。

「うるさいわね、魔法も使えないくせに! どうして私がそんな連中の大勢いるところに行かなくちゃいけないの? 貧困から抜け出す努力もしない、苦しみから逃れようともしない先祖代々の無能のくせして、魔法の恩恵にあずかれると本気で思っているの!?」

 聖女アリシアの思いの丈はぶちまけられ、きっと屋敷の内外に響いたことだろう。

 それは、魔法を使える人々の本音だ。

 私のような突然変異的な『灰色女グレイッシュ』への侮蔑とは違い、長い年月をかけて積もりに積もった根深い社会的差別と偏見にまみれたものだ。

 少なくとも王侯貴族、ましてや聖女が口にしてはいけない本音だった。

 人間がマナから魔力を精製できる量は生来の要素が大きいが、後天的に血のにじむような努力をして魔力量を増やせなくもない。

 しかしそれは、日々の生活に忙しい人々にはとてもできることではなく、有閑階級の選択肢に過ぎない。

 魔法が使える者こそ偉いという価値観は、王侯貴族たちが自分たちの権威をさらに高めていくために使われ、魔法が使えない人々は怠惰だ、無能だ、などと蔑む考えが生まれてしまった。

 平民が成り上がるには突然変異的に魔力を精製できる量が多く生まれるしかない、という奇妙な出世の道筋を作ったのも、彼らだ。

 違う国ではそんなことは言われないのに、この国では魔法至上主義ともいうべき価値観が幅を利かせているせいで日の目を見られず、劣った人間と見られてしまうなんて、あんまりではないか。

 私は、その偏見に真に向き合ったことはなかった。だって、私もオールヴァン公爵家の人間だったから。

 けれど、今は真正面から向き合って、正さなくてはならないという気持ちでいっぱいだった。

「昔、あなたは、私が針で刺してしまった傷を治してくれなかったわね。それはきっと、今言ったような気持ちから生まれた行動だったのでしょうね」

 ある意味では、妹を助ける気持ちもあって、傲慢な発言を取り消させるよう促す意図もあった。

 だが、聖女アリシアはその意図を汲めなかったようだ。

 不出来な姉に諭されてなるものかと、妹は反発をやめない。

「何よ。お姉様は一度だって私に魔法を使ってほしいって言わなかったじゃない。それとも、黙っていても私が治すべきだったとでも?」
「そんなことはないわ。私も、あなたにどこか遠慮して、魔法のことは何も言わなかったもの」
 不出来な姉は、聖女の妹に『癒しの魔法』を使ってほしいなどと言えはしなかった。

 もし妹が嫌だと言ったら、私は聖女にも見放された人間という烙印を押されてしまうから。そんな身勝手な恐怖から、言えなかったのだ。

 私と聖女アリシアは、お互いにもっときちんと接するべきだったかもしれない。

 しかし、もう遅い。

 聖女アリシアは踵を返し、大股で玄関から出ていく。

「聖女様」
「もう帰る! 出してちょうだい!」

 聖女アリシアの命令に従い、王城騎士団の騎士たちは王城への帰途の準備を速やかに済ませていく。

 そんな中、アイメル様だけは別の命令を出されていた。

「アイメル・シェプハー副団長、あなたは来なくていいわ! 追って沙汰を待ちなさい!」

 そう命じられてしまっては、アイメル様もどうしようもない。あとのことを部下たちに引き継いで、聖女アリシアの王城への帰還を門前で私とともに見送るしかなかった。

 間違いなく私の夫だから、という理由で色々と嫌味を言われたりしていただろうが——それでも、決定的だったのは今日の一連の出来事だろう。

 すっかり聖女アリシアに嫌われてしまったアイメル様は、どこか晴れやかな顔をしていた。

「嫌われてしまいましたね。申し訳ない」
「いいえ。妹が無礼な振る舞いしてしまい、こちらこそ」

 お互いに謝って、それからおかしくなって笑ってしまった。笑っていられるような状況ではないのに、未だに私たちはお互いを気遣っていると思うと、おかしかったのだ。

「さて、王城騎士団の職を追われる羽目になっていなければよいのですが」
「……聖女の発言力は、それほどまでに大きいのでしょうか」
「分かりません。しかし、職探しをしておいたほうがいいかもしれませんね」

 それは困る。その思いが私の顔に出ていたのだろう。

 アイメル様は私を慰めるように、私の背中に大きくて温かい手を当てて家の中へ入るよう促す。

「そんな顔をしないでください。私は、大叔父たちのように自由に生きたことがありません。ですから、どんな状況でも楽しめるような器の男になりたいと思うくらいですよ」
「それでも……副団長という役職は、あなたの努力の結果でしょう。それを、こんなことで失わせるわけにはまいりません」

 アイメル様は答えなかった。話題を変え、今日やることがなくなったから何かやることは、などと機嫌よく鼻歌まで歌っていた。

 それが将来への不安を表に出すまいと取り繕った姿だとすれば、私は夫のために何ができるだろう。

(聖女が何だというの。魔法が使えなければ、ただの人間と同じでしょうに)

 『灰色女グレイッシュ』で非力な私にできることは、あまり多くない。

 でも、私は復讐をすると決めていた。

(最後の復讐を始めましょう)

 私は、ついに最後の一手を思いついたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

『婚約破棄されたので北の港を発展させたら

ふわふわ
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令嬢アリアベルは、王太子カルディオンから突然の婚約破棄を告げられる。 「真実の愛を見つけた」 そう言って王太子が選んだのは、涙を流す義妹ヴィオレッタだった。 王都から追い出され、すべてを失った―― はずだった。 アリアベルが向かったのは、王国の北にある小さな港町。 しかし彼女の手腕によって港は急速に発展し、やがて王国最大の交易港へと変わっていく。 一方その頃、王太子と義妹は王都で好き勝手に振る舞っていたが―― やがてすべてが崩れ始める。 王太子は国外追放。 義妹は社交界から追放され修道院送り。 そして気づいた頃には、北の港こそが王国の中心になっていた。 「私はもう誰のものでもありません」 これは、婚約破棄された令嬢が自分の人生を取り戻し、 王国の未来を変えていく物語。 そして―― 彼女の隣には、いつしか新しい王太子の姿があった。 婚約破棄から始まる、逆転ざまぁロマンス。✨

婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を告げられた聖女リヴォルタ・レーレ。 理由は、「彼女より優秀な“真の聖女”が見つかったから」。 ……正直、めんどくさい。 政略、責任、義務、期待。 それらすべてから解放された彼女は、 聖女を辞めて、ただ温泉地でのんびり暮らすことを選ぶ。 毎日、湯に浸かって、ご飯を食べて、散歩して。 何もしない、何も背負わない、静かな日常。 ところが―― 彼女が去った王都では、なぜか事故や災害が相次ぎ、 一方で、彼女の滞在する温泉地とその周辺だけが 異様なほど平和になっていく。 祈らない。 詠唱しない。 癒やさない。 それでも世界が守られてしまうのは、なぜなのか。 「何もしない」ことを選んだ元聖女と、 彼女に“何もさせない”ことを選び始めた世界。 これは、 誰かを働かせなくても平和が成り立ってしまった、 いちばん静かで、いちばん皮肉な“ざまぁ”の物語。

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。 「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」 王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、 干渉しない・依存しない・無理をしない ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。 一方、王となったアルベルトもまた、 彼女に頼らないことを選び、 「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。 復縁もしない。 恋にすがらない。 それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。 これは、 交わらないことを選んだ二人が、 それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。 派手なざまぁも、甘い溺愛もない。 けれど、静かに積み重なる判断と選択が、 やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

二度目の人生は離脱を目指します

橋本彩里(Ayari)
恋愛
エレナは一度死に戻り、二度目の人生を生きることになった。 一度目は親友のマリアンヌにあらゆるものを奪われ、はめられた人生。 今回は関わらずにいこうと、マリアンヌとの初めての顔合わせで倒れたのを機に病弱と偽り王都から身を遠ざけることにする。 人生二度目だから自身が快適に過ごすために、マリアンヌと距離を取りながらあちこちに顔を出していたら、なぜかマリアンヌの取り巻き男性、死に戻り前は髪色で呼んでいた五人、特に黒いのがしつこっ、……男たちが懐いてきて。 一度目の人生は何が起っていたのか。 今度こそ平穏にいきたいエレナだがいつの間にか渦中に巻き込まれ――。

処理中です...