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5.好きな人ができたから婚約破棄
しおりを挟む普段はおしゃべりなステフが、今日は妙に無口だった。時折手を止め、ココをちらちらと見つめる。
「何か言いたいことがあるのかしら?」
平静を装って、ココはステフに尋ねる。
「ココは・・・好きな人がいるか?」
茶色い大きなステフの瞳に、ココが映る。
―――好きな人なら、10年前からいるわ
心の中でそう呟いで、ココは言葉を濁した。ステフが続く言葉を伝えやすくなるように。
「どうかしら。ステフは?」
ココを見つめて黙り込むステフ。
「・・・。」
―――ああ、ついにこの時が来てしまったのね
何度も想像したこの瞬間。絶対に笑顔でステフの言葉を聞くと誓っていた。
「いいのよ。ステフ。隠さずに教えて?」
ステフは大きく息を吸い、それから言った。
「好きな人ができたんだ。だから・・・。」
「婚約破棄してほしい?」
婚約破棄の言葉を、ステフから聞きたくなくて、ココは言葉をかぶせた。
―――私、上手く笑えているかしら。
ぼんやりとココは考える。頭が上手く回らない。ぼーっとする。
「約束・・・覚えていたか。」
「当然よ。おめでとう、ステフ。ついに婚約破棄なのね。ずっと・・・待っていたのよ。ステフにずっと思い人ができないんじゃないかって心配していたの。」
ココはそう早口でまくし立てた。自分の心と正反対の言葉を。
ステフは大きく目を見開いた後、穏やかな笑顔を見つめた。
「そうだったのか。ココは・・・気になる人はいないのか?正直に教えてくれ。」
―――あなたはひどい人だわ。ステフ。誰よりも優しいのに・・・決して私の想いに気がついてくれないのね。
「いるわよ・・・。」
せめてもの強がりだった。最後まで、ステフが同情だけで婚約者でいてくれた事実は悲しすぎたから。
「そうか。・・・それならよかった。そいつはいい奴か?」
ステフは安心したように微笑む。
―――こんなひどい火傷痕がある女に、恋人なんてできるわけがないってわからないの?
ココはステフを、思い切り罵りたかった。だけど、優しい彼にそんなこと言えるわけがない。ステフが10年間、与えてくれた優しさはかけがえのないものだったから。
「・・・ええ。とっても優しい人よ。ステフの好きな人もきっと素敵な人なんだろうな・・・。」
ルカが見たという金髪の美女が、ステフの想い人なんだろうか。
素敵な人であってほしい気持ちと、最低な女であってほしい気持ちが半々だった。
「ああ。」
短い返事でステフの想い人への愛が感じられた。きっとこの婚約破棄は覆らない。
「婚約破棄は、今、この瞬間かしら?私・・・今すぐにお城を出た方がいい?」
新しいステフの婚約者が城に来るなら、ココの存在は邪魔に違いない。ココにも、冷遇に耐えて城にとどまる理由はなかった。
―――城を出ても行く場所なんてないけど。
「いいや。急ぐことはないよ。ココが学院を卒業したら・・・婚約破棄しよう。」
ココが医学学院を卒業するまで、あと一ヶ月。与えられた猶予期間は・・・あまりにも短い。
だが、学院を卒業すればおそらく医師としての就職先はいくらでも見つかるだろうし、もう一人で生きていける。
きっと、ステフはずっとこの時を待っていた。
「わかったわ。・・・今までありがとうステフ。何もかも、貴方のおかげよ。」
ステフがいなければ、ココは本当に独りぼっちだった。
医師になりたいという夢を追えたのも、ステフの応援があったから。
「いいや。俺もココと一緒に居られて、本当に楽しかった。お互いに幸せになろうな。」
ステフの優しく残酷な言葉。
「ええ。」
ココはにっこりと笑った。
人は悲しみが大きすぎると、事実を受け入れられずに笑ってしまうらしい。
銀色の鍵を手に持ったまま、ココは部屋を出た。
◇◇◇
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