企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan

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第8話 雪原の強行軍と商都のどよめき

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 【魔導雪上輸送車(スノー・クローラー)】の完成から数時間後。アインハルト領の屋敷前には、奇妙な車列が編成されていた。
 先頭には、黒鉄の装甲に覆われたクローラー。
 その後ろには、ロープと金具で連結された三台の巨大な「ソリ」が繋がっている。
「なるほど……馬車の車輪を外し、鉄の板を曲げて作った『スキー』を履かせたのですね。これなら雪の上でも沈まず、滑るように運べます」
 シルヴィアが、荷台の足回りを点検しながら感嘆の声を上げた。
 アレクはミレーヌの商会が用意していた荷馬車を、その場で改造したのだ。車輪という「点」で支える構造から、スキー板という「面」で支える構造へ。単純だが、雪国における輸送革命だった。
 荷台には、木箱に詰められた『アインハルト・ウォッカ』五百本と、量産試作型の『魔導温風機』二十台が満載され、防水用の油紙と毛皮で厳重に梱包されている。
「総重量は三トン近いが、このクローラーのトルクなら引ける。……よし、出発だ」
 アレクが運転席に乗り込み、助手席にエレノア、後部座席(荷物置き場を急造で改装したスペース)にミレーヌとシルヴィアが座った。
 低く唸るモーター音と共に、鉄のキャラバンが動き出した。
 目指すは、南の山脈を越えた先にある交易都市『サクサ』。通常なら街道を通って三日の道のりだが、この雪山ルートなら一日で到着する計算だ。
 窓の外を、白銀の景色が飛ぶように流れていく。
「速い……! 揺れは酷いけれど、本当に山を登っているわ!」
 エレノアが手すりを強く握りしめながら叫ぶ。
 道なき森の中、木々の隙間を縫うようにクローラーは進む。時折、深い新雪に足を取られそうになるが、無限軌道(キャタピラ)のスパイクが雪面をガリガリと噛み砕き、力ずくで車体を押し上げる。
 牽引(けんいん)されるソリも、深い轍(わだち)に沿ってスムーズに追従してくる。
「伯爵、右前方! あれは……!」
 後部座席のミレーヌが鋭い声を上げた。
 雪煙の向こうから、白い毛並みを持つ巨大な狼の群れが姿を現したのだ。
 スノー・ウルフ。寒冷地に生息する魔獣で、鋭い牙は鉄の鎧さえも貫くと言われている。
「群れで狩りをする気か。十匹……いや、二十匹はいるな」
 アレクは冷静に計器を確認した。速度は落とさない。むしろ、魔力供給量を上げて加速する。
「ちょ、ちょっとアレク! 逃げないと!」
「逃げているさ。正面突破でな」
 並走してきた狼の一匹が、先頭車両の側面に飛びかかった。
 ガギィンッ!
 硬質な音が響き、狼が悲鳴を上げて弾き飛ばされた。
「馬鹿な奴らだ。この装甲は、廃棄されたプレートメイル(騎士の板金鎧)を三枚重ねて圧縮・再構築したものだぞ。生身の牙で敵うわけがない」
 アレクはハンドルを切り、進路を塞ごうとした別の狼を、鉄のバンパーで豪快に弾き飛ばした。
 ドゴォッ!
 数トンの質量と速度の暴力。狼は雪の中に沈み、二度と動かない。
 圧倒的な「鉄の城」の突進に、残りの狼たちは恐怖を感じたのか、尻尾を巻いて森の奥へと散っていった。
「……強い。魔法で攻撃するまでもなく、ただ『走る』だけで魔獣を蹴散らすなんて」
 シルヴィアが呆然と呟く。
 彼女の知る旅は、常に護衛を雇い、魔獣に怯えながら進むものだった。だが、この乗り物は、環境そのものを支配して進む。
 これが、技術の差というものか。
 夕暮れ時。
 交易都市サクサの北門を守る衛兵たちは、地響きと共に現れた「それ」を見て、槍を取り落としそうになった。
「な、なんだあれは!? 鉄の……魔獣!?」
 雪煙を上げ、ソリを引き連れて疾走してくる黒い鉄塊。
 門の前で急停止すると、シューッという排気音(冷却魔法の排熱)と共に扉が開いた。
「敵襲か!?」
 衛兵たちが色めき立つ中、タラップから優雅に降り立ったのは、泥一つついていないドレス姿の令嬢だった。
「騒々しいわね。道を開けなさい」
 銀髪をなびかせ、不機嫌そうに衛兵を見下ろすエレノア。その胸元には、帝国筆頭公爵家ヴァレンシュタインの紋章が輝いている。
「こ、公爵家の……!? し、失礼いたしました!」
 衛兵長が慌てて敬礼し、門を開け放つ。
 本来なら不審な車両として取り調べを受けるところだが、最上位貴族の威光と、未知の乗り物の圧倒的な存在感が、すべての手続きをフリーパスにさせた。
 こうして、鉄の車列は悠々と都市の中心部へと乗り入れた。
「さあ、ここからは私の戦場(出番)ですわね」
 商業ギルドの巨大な倉庫前に到着すると、ミレーヌが妖艶な笑みを浮かべて立ち上がった。
 待ち構えていたのは、サクサの商業ギルド長だ。ミレーヌからの緊急連絡(伝書鳩)を受け取っていた彼は、半信半疑の顔で出迎えた。
「ミレーヌ様、こんな大雪の中、本当によくいらっしゃいましたな。しかし、街道は封鎖されていると聞きましたが……」
「空を飛んできたわけではありませんわ。ただ、雪を越えてきただけです。……それよりギルド長、お約束の『品』をお持ちしました」
 ミレーヌの合図で、アレクとシルヴィアがソリのカバーを外した。
 現れたのは、クリスタルガラスのボトルが整然と並ぶ木箱の山。
 ミレーヌは一本を手に取り、ギルド長の目の前でコルクを抜いた。
 冬の冷気の中で、揮発したアルコールの芳醇な香りが爆発的に広がる。
「こ、これは……なんと澄んだ香りだ」
「アインハルト領特産、最高級蒸留酒『銀の雫(仮称)』ですわ。帝都の貴族たちが喉から手が出るほど欲しがる品。……一本、金貨二枚でいかがかしら?」
「金貨二枚!? 馬鹿な、最高級ワインでも金貨一枚が相場……」
 ギルド長が抗議しようとした瞬間、ミレーヌは試飲用のグラスを彼の唇に押し当てた。
 一口飲んだギルド長が、目を見開き、震え、そして天を仰ぐ。
「……買います。全量、買い取らせていただきます!!」
「ありがとう存じます。それと、こちらの『魔導温風機』ですが……」
 商談は一方的な虐殺(セールス)だった。
 物資が滞り、娯楽に飢えていた冬の交易都市において、アレクたちの持ち込んだ商品は「革命」そのものだった。
 
 一時間後。
 ギルドを出たアレクの手には、重すぎて袋に入りきらないほどの金貨証書があった。
 売上総額、金貨一千五百枚。
 借金の約二割を、たった一回の取引で稼ぎ出した計算になる。
「……笑いが止まらないとは、このことだな」
 アレクが呟くと、三人の女性たちもそれぞれの表情で同意した。
 シルヴィアは安堵に涙ぐみ、エレノアは「当然よ」と胸を張り、ミレーヌは舌なめずりをしている。
「ですが伯爵。これはまだ始まりですわ。この噂はすぐに広まり、次はもっと大きな注文が入ります。……生産、間に合いますの?」
「ああ。帰ったら工場(プラント)を作る。手作業はもう卒業だ」
 アレクは北の空を見上げた。
 そこには、街道封鎖でほくそ笑んでいるであろうゴルゴン伯爵がいる。
 彼が気づいた時には、すでに経済圏はアインハルト領に掌握されていることだろう。
「帰るぞ。俺たちの領地を、最強の都市にするために」
 魔導雪上車が再び唸りを上げ、夜の雪原へと走り出した。
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