企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan

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第9話 魔導自動化工場と未亡人の誘い

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 サクサでの商談を終え、アインハルト領へ帰還したアレクたちを待っていたのは、領民たちの歓呼と、それ以上の「労働力不足」という現実だった。
 屋敷の執務室。アレクは金貨の詰まった袋を金庫に納めると、机の上に巨大な図面を広げた。
「シルヴィア、ミレーヌ。現状の生産体制では、追加注文に対応できない」
 アレクが指摘すると、二人は神妙な顔で頷いた。
「はい。現在、ウォッカの瓶詰めは、屋敷の使用人と手の空いた農婦、総出で十名が行っていますが、一日百本が限界です」
「温風機(ヒーター)に至っては、旦那様がつきっきりで部品を錬成しないと作れませんわ。あなたが倒れたら、そこで生産ストップです」
 手作業の限界。これが、家内制手工業の壁だ。
 アレクは羽ペンを取り、図面の上に太い線を引いた。
「だから、工場(プラント)を作る。それも、ただの作業場じゃない。俺がいなくても勝手に製品が出来上がる『自動化工場』だ」
「自動化……? ゴーレムでも使うのですか?」
「似たようなものだが、もっと効率的だ。川沿いの空き地を使うぞ。ついてこい」
 領地を流れる雪解け水の川、そのほとりの広大な荒れ地。
 アレクはそこに立つと、深呼吸をして魔力を練り上げた。
 今回作るのは、各種製造ラインを格納する巨大な建屋(ハコ)だ。
「――構造解析(アナライズ)。地盤強度確認。地下水脈の位置特定。……よし、いける」
 アレクは両手を地面に叩きつけた。
「――領域再構築(エリア・クラフト)・隆起(ライズ)!」
 ズズズズズ……ッ!
 大地が唸りを上げる。
 地面から、灰色の石壁がせり上がってきた。地下の岩盤を流動化させ、型に流し込むように地上へと押し上げたのだ。
 高さ五メートル、幅三十メートル、奥行き五十メートル。
 継ぎ目のない、堅牢な石造りの工場建屋が、わずか数分で姿を現した。窓枠となる部分には、予め空間を空けてある。
「相変わらず、デタラメな建築速度ね……」
 同行していたエレノアが呆れたように呟くが、アレクは止まらない。
「中身が重要だ。ここからが本番だぞ」
 建屋の中に入ると、アレクは持参した鉄塊と木材の山に向き直った。
 まずは動力源だ。
 川の水流を引き込む水路を作り、そこに直径三メートルの巨大な水車を設置する。
「【魔導回転機関】は高コストだからな。単純作業の動力は、自然エネルギーで賄(まかな)う」
 水車の回転軸を、建屋内部へと引き込む。
 そこへ、無数の歯車(ギア)と、革ベルトを組み合わせた伝達機構を接続していく。
 アレクが作ろうとしているのは、『ベルトコンベア式充填ライン』だ。
 なめした丈夫な革を輪状に繋ぎ合わせ、ローラーの上に通す。水車の回転がギアを介してローラーに伝わり、革のベルトが一定速度で流れ始める。
 ゴウン、ゴウン、ゴウン……。
 工場内に、規則的な機械音が響き渡る。
「床が……動いていますわ!」
 ミレーヌが目を輝かせる。
「これが『ライン』だ。ここに空のボトルを置けば、自動的に奥へと運ばれていく。そして、ここだ」
 アレクはラインの中央に、巨大なステンレス(鉄とクロムの合金を魔法で作成)のタンクを設置した。
 タンクの底には、細いノズルがついている。
「ここには簡単な仕掛けがある」
 アレクはノズルの構造を指差した。
「ノズルの先に『弁』がついていて、ボトルがコンベアで運ばれてきて、ノズルの下にぴったり収まると、ボトルの口がスイッチを押して弁が開く。酒が注がれる。一定量入ると、重さで台座が沈み、スイッチが切れて弁が閉じる」
 電気を使わない、物理的なからくり機構(オートマタの技術応用)だ。
「そして、注ぎ終わったボトルは次の工程へ運ばれ、そこでコルク栓を打つ機械(上からハンマーが落ちる単純なプレス機)の下を通る」
 アレクは試運転を始めた。
 空のボトルをコンベアに置く。
 ボトルはガタゴトと揺れながら進み、タンクの下で停止。
 ジョボボボ……と正確にウォッカが注がれ、ピタリと止まる。
 再び動き出し、次のセクションで、カコン! とコルクが打ち込まれる。
 最後に、シルヴィアたちが待つ梱包エリアへと完成品が流れていく。
「……すごい。これなら、人はただ『空瓶を置く』のと『箱に詰める』だけで済みます。熟練の技術も、魔力もいりません」
 シルヴィアが、完成したボトルを手に取り、感嘆の息を漏らした。
「これなら一日一千本……いえ、夜通し稼働させれば三千本は生産可能です!」
「その通り。温風機の方も、部品ごとの鋳型(いがた)を作って、溶かした金属を流し込む工程をライン化する。組み立てだけ人手を使えば、今の十倍のペースで作れるはずだ」
 アレクは満足げに、稼働する工場を見渡した。
 これで「量産」の土台は整った。あとは、これを動かすための人員を雇い入れるだけだ。
 その時だった。
 工場の入り口に、一頭の伝令馬が駆け込んできた。
「アインハルト伯爵閣下! 緊急の書状でございます!」
 降り立ったのは、隣接するローゼンバーグ侯爵家の紋章をつけた騎士だった。
 アレクは眉をひそめつつ、書状を受け取る。
 封蝋(ふうろう)には、絡みつく茨(いばら)と薔薇の紋章。
 女侯爵、ベアトリス・フォン・ローゼンバーグからの手紙だ。
「……何て書いてあるの?」
 エレノアが横から覗き込む。
 アレクは封を切り、達筆な文字に目を通した。
『親愛なる隣人、若きアインハルト伯爵へ。
 風の噂に聞きましたわ。雪山を越える鉄の獣を操り、素晴らしい美酒を生み出したとか。
 亡き夫も、これほど面白い玩具(おもちゃ)は持っていませんでしたわ。
 ぜひ一度、わたくしの屋敷へいらっしゃいませんか?
 貴方の欲しがっている良質な「鉄鉱石」と、余っている「労働力」について、甘いお話ができると思いますの。
 追伸:あの可愛らしい公爵令嬢もご一緒に。わたくし、若いツバメも好きですけれど、可憐な花を愛でるのも大好きですので』
 手紙からは、微かに濃厚な薔薇の香水の匂いが漂っていた。
「……相変わらず、食えない人だ」
 アレクは苦笑した。
 ベアトリス・フォン・ローゼンバーグ。二十六歳にして未亡人となり、夫の遺した広大な領地と鉱山を一人で支配する女傑。社交界では「黒薔薇の未亡人」と呼ばれ、数多の貴族を籠絡(ろうらく)してきた毒婦とも噂される。
「鉱山を持っているローゼンバーグ家からの招待……断る理由はないわね」
 エレノアが悔しそうに、しかし政治的な判断を下す。
「鉄クズの再利用も限界が近い。本格的な生産には、彼女の鉄が必要だ」
 アレクは手紙を畳んだ。
 これは商談ではない。誘惑と駆け引きの戦場への招待状だ。
「行こう。こちらの工場はシルヴィアに任せる。俺とエレノア、ミレーヌで侯爵家へ乗り込むぞ」
 新たなラインが産声を上げた工場の外で、次なる波乱の予感が、薔薇の香りとともに近づいていた。
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