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第1章
第18話:未来の設計図
しおりを挟む海賊討伐の興奮が冷めやらぬまま、アルトマール港は新たな段階へと突入していた。
港は、かつての静寂が嘘のように、昼夜を問わぬ活気に満ちている。その中心にいるのは、昨日までの脅威、元“赤牙”の海賊たちだった。
「そこのノロマ!手を休めるな!」
ゲオルグの怒声が響き渡る。
ザラードをはじめとする海賊たちは、屈辱に顔を歪めながらも、重い石材を運び、港の防波堤を修復していた。彼らの周囲は、ゲオルグの弟子たちと、町の若者で組織された即席の衛兵隊が固めている。彼ら海賊は、この港を再建するための、皮肉にも最も安価で優秀な労働力となったのだ。
浚渫(しゅんせつ)作業も始まった。港の底に溜まったヘドロが取り除かれ、失われていた水深が蘇っていく。この作業も全て、海賊たちから押収した財宝によって賄われていた。
商人ボルガは、代官府の一室で帳簿とにらめっこを続けている。彼の前には金貨の山。その顔は、かつてない激務に疲弊しながらも、この港が生まれ変わる瞬間に立ち会う興奮に輝いていた。
俺は、その喧騒の中心から少し離れたバーリントン造船所にいた。
造船所もまた、海賊の労働力を使い、急ピッチで拡張作業が進められている。
俺の前には、ゲオルグとダリオ。二人の前に、俺がこの三日間で書き上げた、全く新しい船の設計図を広げた。
「……若様。こいつは……」
ゲオルグが、設計図に描かれた流麗な船体図を、震える指でなぞった。
「海燕号の設計を、さらに進化させたものだ」
俺は二枚の設計図を指差した。
「こちらは、輸送特化型『クリッパー』。海燕号の機動性を一部犠牲にし、積載量を極限まで高めた大型輸送船だ。マストは三本。オーベルとの定期航路の主力となってもらう」
海燕号の設計思想を受け継ぎながら、遥かに大きく、優美な船体。ゲオルグは、職人としての魂が揺さぶられるのを感じていた。
「そして、こちらが護衛艦『コルベット』だ」
俺は、もう一枚の、より小型で鋭角的な船の図面を指す。
「海燕号よりもさらに小さく、速力と旋回性能だけを追求した迎撃艦だ。この船で、俺たちの航路を守る。海賊の残党、あるいは、これから現れるであろう新たな脅威からな」
「……狂ってやがる」
ゲオルグは、設計図から顔を上げ、獰猛な笑みを浮かべた。「クリッパーとコルベットだと?若様、あんたは船を造るんじゃねえ。一つの『船団(フリート)』を、ゼロから創り出すつもりだ」
「その通りだ」
俺の即答に、ダリオが現実的な問題を口にした。
「若様。船は造れるかもしれん。だが、それを動かす船乗りが足りません。海燕号一隻動かすので、我々は手一杯だった。こんな船団、誰が動かすのです」
「だから、育てるのです」
俺は、二人の目を見据えた。
「ダリオ殿。あなたには、この港に『船員養成所』を設立してもらう。あなたは、そこの初代教官だ。あなたの経験と、俺の新しい航海術。その二つを組み合わせ、世界最高の船乗りを、このアルトマールで生み出すのです」
「わ、わしが、教官……?」
「ゲオルグさん。あなたは、この造船所の全てを取り仕切る総監督だ。海賊たちを使い、資材を確保し、一年以内に、この二隻を最低でも三隻ずつ建造する」
「一年で六隻!?正気か!」
「ボルガ氏は、この港の交易を一手に行う『アルトマール商会』を立ち上げる。全ての富は、そこに集積し、更なる投資へと回していく」
俺の口から語られるのは、もはや夢物語ではなかった。それは、明確な未来への工程表だった。
俺は、この町を、一つの巨大な会社のように、あるいは、一つの独立国家のように機能させようとしていた。
ゲオルグもダリオも、俺の途方もない計画のスケールに圧倒されていた。だが、彼らの目には、もはや疑いの色はない。この若き代官は、口にしたことを、必ず実現させる。この二週間で、彼らはそれを骨身に染みて理解していた。
「……分かった。面白え。やってやろうじゃねえか」
ゲオルグが、重々しく頷いた。「このゲオルグ・バーリントンの残りの人生、あんたの夢に賭けてやる」
「わしも、です」
ダリオも、深く頭を下げた。「この老いぼれに、まだそんな大役が務まるか分かりませんが……命懸けで、若者たちを鍛え上げましょう」
俺は、二人の力強い返事に満足し、頷いた。
その頃。
港を見下ろす宿の一室で、セラフィーナは、窓の外の喧騒を静かに聞いていた。
「……ミナト様は、造船所にて新たな船の建造計画を」
護衛騎士アルフレッドが、部下から得た情報を淡々と報告する。
「船員養成所。商会。そして、海賊を使った強制労働。……あの方は、わずか数日で、この町を完全に掌握しましたな」
セラフィーナは、その報告に、小さく微笑んだ。
「ええ。彼は、ただの駒ではない。自ら盤面を作り出す、本物のプレイヤーですわ」
彼女の手には、王都から届いたばかりの、ルクスブルク公爵家の紋章が押された密書が握られていた。
「私の報告書は、王都に、予想通りの波紋を広げているようです」
「と、申しますと?」
「父は、私の『特区』案に、強い興味を示している。だが、同時に、他の貴族たちが、アークライト家の生き残りという存在に、神経を尖らせ始めているとも」
彼女の紫水晶の瞳が、活気づく港を鋭く見据える。
「アルフレidッド。王都から、新たな『目』が、ここへ送られてくるわ。おそらく、父の息がかかった者、そして、父の政敵の息がかかった者。二種類がね」
彼女は、密書を蝋燭の火で燃やしながら呟いた。
「アルトマールの、短い平穏は終わった。ミナト殿。あなたの本当の戦いは、これからですわよ。王都の虎や狐たちと、どう渡り合うのか。せいぜい、見せていただきましょう」
彼女は、俺が中央の政治という名の、もう一つの「海戦」に、どう立ち向かうのか。それを試すかのように、静かに、そして冷徹に、次の盤面を見据えていた。
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