没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜

namisan

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第1章

第24話:破壊と再生

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バーリントン造船所に重い解体作業の音が響き渡った。
カンカンという鉄槌の音ではない。バリバリと良質な木材が引き剥がされる、痛々しい音だ。
アルトマールの象徴であり、英雄であった海燕号が今まさにその建造主であるゲオルグの手によって解体されようとしていた。
「……本当に、やるしかねえのかよ」
ゲオルグの弟子の一人が涙目で呟く。
「黙って手を動かせ!」
ゲオルグが怒鳴り返す。だが、その声にも苦渋が滲んでいた。彼にとって海燕号は己の職人人生の最高傑作であり、誇りそのものだった。
港の人々も遠巻きにその光景を眺めている。何が起きているのか理解できず、ただ不安げに囁き合っていた。
俺はその解体作業を腕を組んで冷徹に見守っていた。
感傷に浸る時間はない。これは政治的な戦いだ。敵の攻撃を無力化するための、最も合理的で最も効果的な一手。それだけだ。
「……随分と、嫌な役回りを演じるものですわね」
いつの間にか、セラフィーナが俺の隣に立っていた。彼女は解体されていく船を見ても、一切表情を変えない。
「返書は王都へ送りました。『海燕号は戦闘の損傷により解体処分済み。設計図は元より存在せず』とね。あなたの完璧な嘘を私の名で証明して差し上げましたわ」
「感謝します」
「キルヒハイム卿は激怒するでしょう。ですが、証拠がなければ彼も動けない。彼は今頃、別の手段を講じているはずです」
彼女の言う通りだ。オルデンブルク派がこのまま引き下がるはずがない。彼らは俺という『資産』そのものをルクスブルク家から奪おうとするだろう。
「だからこそ、急ぐのです」
俺は作業を続けるゲオルグに声をかけた。
「ゲオルグさん!感傷に浸るのは終わりだ!」
「若様……!」
「海燕号は実験船としては最高の働きをしました。だが、あの船はいわば試作品に過ぎない。俺たちがこれから造る未来に比べれば、小さな一歩だ!」
俺は職人たち全員に聞こえるように、声を張り上げた。
「剥がした外板!マストに使った最高級の木材!あの絹の帆!その全てを無駄にするな!今すぐ、新しいドックへ運べ!」
俺は拡張された二つの新しいドックを指差した。そこには俺が設計した新型船の、巨大な竜骨がすでに据え付けられている。
「海燕号の魂はこれらの資材に受け継がせる!お前たちが培った技術と経験は全て、この新しい船に注ぎ込め!これより、輸送特化型『クリッパー』一号艇、及び護衛艦『コルベット』一号艇の建造を正式に開始する!」
俺の宣言は造船所に満ちていた絶望的な空気を一変させた。
ゲオルグの目がカッと見開かれた。
「……若様。あんた、まさか」
「そうだ。破壊ではない。『再生』だ。海燕号という雛を殺し、クリッパーとコルベットという二羽の鷲を孵すのです。王都の連中が俺の頭脳を狙って次の手を打ってくる前に、俺たちは誰にも真似できない圧倒的な『結果』をこの手に掴む!」
「……ハッ。ハハハハ!」
ゲオルグは天を仰いで笑い出した。その目には涙が浮かんでいる。
「悪魔だ!あんたはやっぱり悪魔だ!だが、最高に面白え!」
彼は斧を掴むと、職人たちに咆哮した。
「野郎ども!聞いたな!感傷に浸る暇はねえぞ!若様の頭の中にある化け物をこの世に生み出すんだ!海燕号を超える、本物の奇跡をな!」
「「「おう!」」」
職人たちの士気に再び火が灯った。彼らはもう破壊者ではない。新たな創造者として猛烈な勢いで作業を再開した。解体された資材は希望の部品として、次々と新しい竜骨の元へと運ばれていく。
セラフィーナはその光景を息を詰めて見つめていた。
ミナト・アークライト。この男は絶望的な状況ですら、自らの駒を進めるための推進力に変えてしまう。人心を掌握し、組織を動かす力。それはただの技術者のそれではない。王の、あるいは魔王の器だ。
(私が選んだ騎士(ナイト)は私の想像を遥かに超える怪物だったようですわね)
彼女は自らの『首輪』がこの男を繋ぎ止め続けることができるのか、一瞬、不安を覚えた。だが、すぐにその不安をより強烈な高揚感で打ち消した。
この怪物と組む限り、退屈はしない。そして、ルクスブルク家は未曾有の力を手にすることになる。
その頃、遥か王都。
「……解体済み?設計図は存在しないだと?ふざけるな、あの女狐め!」
財務省の一室で、キルヒハイム卿はセラフィーナから届いた返書を、怒りに震える手で握り潰していた。
「オルデンブルク侯爵閣下」
彼は背後に控える影に向き直った。「こうなれば実力行使しかありません。あのミナト・アークライトという小僧自身をこちらへ『招聘』するのです。……いかなる手段を使ってもね」
新たな陰謀がアルトマール港の熱狂の裏で、静かに動き始めていた。
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