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第1章
第25話:王都の召喚
アルトマール港は狂騒的な再生の季節を迎えていた。
海燕号の解体という痛みを港の住民は、新たな希望の建設へと昇華させた。
ゲオルグの造船所は王国で最も多忙な場所となった。元海賊たちの労働力と職人たちの情熱。それが二隻の新しい竜骨を驚異的な速さで船の形へと変えていく。
ダリオの養成所では若者たちが、俺の理論と彼の経験を叩き込まれていた。
ボルガの商会はオーベル港との独占契約を基盤に、莫大な利益を生み出し始めていた。その富は惜しみなく港の再投資へと回される。
全てが俺の設計図通りに、いや、それ以上の速度で進んでいた。
その日、俺は造船所でコルベット一号艇の進水準備を監督していた。
海燕号の資材を転用したその小型高速艦は、獲物を狙う猛禽のような鋭利な船体(ハル)を誇っていた。
そこへ、セラフィーナがいつになく険しい表情でやってきた。
彼女の手には王家の紋章が押された、一通の羊皮紙が握られている。
「ミナト」
彼女は俺を騎士として呼び捨てにした。その声には彼女の冷静さを揺るがすほどの、強い警戒が滲んでいる。
「父からの緊急の密書が届いたわ。そして、ほぼ同時に王都から公式の『召喚状』が」
「召喚状、ですか」
「オルデンブルク侯爵が動いた。財務省のキルヒハイムではあなたを動かせないと知って、今度は王家そのものを動かしてきたわ」
彼女が差し出した羊皮紙。それは財務省からではなく、アラストリア王国国王陛下の名で発せられた、丁重な、しかし拒否権のない命令書だった。
『辺境の代官ミナト・アークライトの類稀なる功績と、その革新的な技術を王は深く嘉(よみ)し、王都にて直々にその功績を称えたい。よって、速やかに王都へ出頭し、国王陛下に謁見(えっけん)せよ』
ボルガやダリオがその内容を覗き込み、顔色を失った。
「国王陛下が直々に……」
「若様!これは名誉なことでは!」
ボルガが一瞬、喜色を浮かべる。だが、俺とセラフィーナの表情を見て、その言葉を飲み込んだ。
「名誉、ですって?これは罠よ」
セラフィーナが冷たく言い放った。
「オルデンブルク侯爵は私たちルクスブルク家の『特区』設立案に対抗してきた。あなたを辺境の代官から、王家直属の『御用技術者』として王都に召し上げるつもりだわ」
「……つまり、俺をアルトマールから引き剥し、王都という名の鳥籠に閉じ込める、と」
俺は召喚状をセラフィーナに返した。
彼女は重々しく頷いた。
「王都に行けばあなたは二度とこの港には戻れないかもしれない。あなたの技術、あなたの知識、その全てがオルデンブルク侯爵と彼の息のかかった貴族たちに吸い上げられる。そして、用済みとなれば……」
「……消される、か」
恐るべき政治的な罠だ。国王陛下の御名(ぎょめい)での召喚。これを拒否すればアークライト家は今度こそ、反逆罪で取り潰される。
執務室に戻ると、俺たちは重い沈黙の中でこの難局をどう乗り越えるか、思考を巡らせた。
「……行かない、という選択肢はない」
俺が先に口火を切った。「拒否すればその瞬間、我々は反逆者となる。あなたにもルクスブルク公爵にも、多大な迷惑がかかる」
「ええ。ですが、行けばあなたは虎の口に入るようなもの」
「虎の口に入るしかないのなら」
俺は窓の外、今まさに進水しようとしている漆黒のコルベットを見下ろした。
「こちらからも牙を剥く準備をしていくまでです」
「……どういうことですの?」
「セラフィーナ様。王都への召喚、謹んでお受けいたします。ですが、一つ条件がある」
俺はセラフィーナの紫水晶の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「俺が王都へ向かうための『船』は俺が指定する。これこそ国王陛下の御前に我が技術の粋(すい)をお見せする、最初の機会となるでしょうから」
俺の意図をセラフィーナは即座に理解した。
彼女の唇にいつもの不敵な笑みが戻ってきた。
「……面白い。最高に面白いわ、ミナト。あなたはただ召喚されるだけでは終わらない。王都の連中の度肝を抜く最大の『デモンストレーション』を仕掛けながら、乗り込むというのね」
「その通りです。ゲオルグさん!」
俺は外に向かって叫んだ。
「コルベット一号艇の進水を今すぐ行う!ダリオ殿!養成所の第一期生から腕利きの者だけを十名選抜しろ!王都までの航海だ!生半可な覚悟の者はいらん!」
「おう!」
「は、はい!」
造船所が再び熱狂的な活気に包まれる。
「セラフィーナ様」
俺は彼女に向き直った。「俺が王都で虎や狐たちと渡り合っている間、このアルトマール港、俺の『城』をあなたにお預けしたい」
「……ふふ。私の騎士が私に、お城番をしろと?」
「あなたはこの港の、もう一人の支配者だ。俺が不在の間、オルデンブルク派がこの港に手を出してくる可能性は高い。この港を、俺たちの未来を守っていただきたいのです、我が主」
俺の言葉にセラフィーナは満足そうに頷いた。
「良いでしょう。このアルトマール、私がこの命に代えても守り抜きますわ。だから、あなたも必ず生きて、ここへ戻ってくること。……これは命令よ、ミナト」
「御意に」
俺たちは互いの戦場へと、覚悟を決めた。
王都の政治という名の巨大な渦。
俺はその渦の中心へと、自ら飛び込んでいく。
完成したばかりの王国最速の戦闘艦(コルベット)を俺の牙として。
この召喚が罠であるならば、その罠ごと噛み砕いてみせる。
アルトマール港の運命を賭けた、俺の王都への「殴り込み」が今、始まろうとしていた。
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