愛に変わるのに劇的なキッカケは必要ない

かんだ

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 志貴との話し合いを終えた三日後、早速メッセージが送信された。
 ――バイト先を見繕ったから家に来てくれ。
「おいセナ? どうした? ブサイクになってるぞ?」
「うるせえ。ブサイクじゃねえし」
「すぐ感情的になるのはやめろよ~? 顔に出やすいんだからさ~」
 簡潔な用件のせいで顔がブサイクになってしまった。自分で顔を揉みながら「ふぅ」と呼吸を繰り返す。
「迷惑メールでもきた?」
「おう。連城志貴って言う強姦魔からな」
「お? なんて?」
 画面を見せれば、秀治は「へー」とどこか感心したような声を出した。
「何だよその反応は」
「ん~? まさか本当にお前が言ったこと全部叶えるつもりなのかな~って」
「そりゃあそうだろ。そう約束したんだから」
 志貴のサインまで入った書面を渡された。守るために作ったのだから志貴が叶えるのは当たり前だ。
「でも、普通だったらここまで面倒みないと思うぞ? 法律とかもアルファ有利に出来てるって言うし、連城さんってガチで金持ちだし、逃げられたら俺らには何も出来ないのに、ちゃーんと贖罪しようとしてくれてさ~。他のアルファじゃなくて良かったよな。不幸中の幸い?」
「知るか。悪いことしたら償うのが当たり前だろ」
「まあな。で? 今から行くの?」
「行くよ。早く働かないと家賃払えなくなるし」
 オメガを買っていたせいで貯金は少ない。あと数回分の家賃や生活費は何とかなるが、いつ何が起こるか分からないので使い切ることは出来ない。
「慰謝料は振り込まれたんだろ?」
「うん。でもそれは何かあった時用に取っておく」
「えらいぞ~」
 慰謝料と言う一生見ることがないだろう大金は新しく作った口座に振り込んでもらった。それをあてにすればしばらくは富豪生活を送れるだろうが、アルファの強姦魔からもらった金を使うつもりは今のところない。本当に困った時や散財したい時に使うつもりだ。
 秀治と別れメッセージに書かれた住所に向かう。三日前に初めて来た志貴のマンションだ。空に喧嘩でも売ってんのかと思うほどクソ高い。周りのマンションやビルより一個飛び抜けてクソ高い。そこから出て来る住人は見るからに金持ちそうだ。
 マンションに入るだけでもロックを解除したり、ロビーにいるガードマンに用件を伝えたりと面倒が多かった。
 ようやく指定された階まで来たところで、玄関前には志貴が立っていた。
「ちゃんと来れたな。何もなかったか?」
「何もねえよ。ガキじゃねえんだから」
「まだ十八だろ。子どもだ」
「はは、その子どもをお前は襲ったのか……いや、待て。俺年齢言ったか?」
「とりあえず疲れただろ? ケーキを用意したからまずはゆっくりしてくれ」
「おい! クソ野郎! 俺のこと調べたのかよ!?」
 名前は伝えたがわざわざ年齢を言ったりはしていない。金持ちなら人を調べるくらい簡単だろう。人の知らないところで勝手に探られて良い気はしない。
「ほら、セナ、大きい声出すと喉を痛めるぞ」
「クソ野郎!」
 優しい力で背中を押され、部屋へと押し込まれる。洗面所やリビングへ誘導される間もずっと志貴を罵倒した。
「二度と勝手なことするな!」
「分かったから落ち着け。俺のことも教えるからおあいこだろ?」
「知りたくねえわ!!」
 ソファーに座ればすぐにケーキ皿を渡される。フォークを奪いガツガツ食べれば次は別のケーキを置かれた。
「美味いか?」
「……美味い」
「この前持った帰ったケーキもちゃんと食べたか?」
「食べたよ。一瞬でなくなった」
「今日はホールを用意したが、持って帰るか?」
「ん」
 くれると言うならもらう。ホールなんて食べたことがないから、腹が立っているのに少し気分が上がる。
「甘いものが好きなのか?」
「好き」
「他は?」
「カロリーが高いの」
「そうか。覚えておくよ」
 覚えておいてどうするんだと言いたかったが、どうせ納得出来る答えはこないだろう。「あっそ」と答え、満足するまでケーキやお菓子、お茶に集中する。
「ごちそうさま」
「あぁ。落ち着いたか?」
「お前が変なことしなければ落ち着いていられるんだよ」
「気を付けるよ。じゃあ早速バイトの話をするぞ?」
 志貴に手渡されたのは一枚の書類だった。上段から読み進め、終わってから、いつの間にか隣に座っていた志貴を見上げる。
「なんだこれ」
「お前のバイト先だ」
「お前の家でか?」
 志貴が頷く。
 書類にはバイト先や内容、日給などが書かれていた。条件は悪くない。だが、内容が問題だ。
「お前の家で、ハウスキーパーしろって?」
「一番安全だろ」
 人の体を無理やり好き勝手しておいて何が安全だ?
「お前馬鹿かよ。お前ほど危険な奴はいないだろうが」
「安心しろ。本当の俺はすごく安心安全だから」
「……お前、どの口が言ってんだよ」
 二回も最低なことをしておいてよく言えたものだ。あまりにも馬鹿馬鹿しくて怒鳴る気も失せる。
「まあいいや。他にもバイト先あるだろ」
「安心安全なところだとなかなか難しくてな。自分の目の届く範囲にいてもらった方がこっちも安心だ」
「お前の目の届く範囲にいなきゃいけない理由はなんだよ」
「俺が雇用主なら融通を効かせてやれるぞ。ヒートがきたり、体調が悪くなったりしても許してやる。オメガ一年生なんだ。何があるか分からないんだから、知ってる人間の下で働いた方がお前も安心だろ?」
 正論だと分かるが志貴に言われると何故かムッとする。確かにオメガ初心者の俺は今後自分の身に何が起こるか未知ではある。発情期は人によって長さも重さも変わるし、抑制剤だって合う合わないがある。オメガは自分の性質をよく知ることが大切だ。と、俺をオメガと診断した医者を言っていた。
「とりあえず最低でもこの一年は様子を見る方が良い」
 だけど、素直に頷きたくない。
 俺は自分が天邪鬼タイプではなく、どちらかというと素直だと褒められることが多い。それなのに、こいつを前にするとその素直さがどこかへ行ってしまう。
「その辺の道端で初めてのヒートになって、知らない男たちに好き勝手されるより良いだろ?」
「脅すんじゃねえよ!」
「脅しじゃなくて事実だ。オメガのヒートが原因で起こる事故や事件は昔から後を絶たない」
「……分かったよ。とりあえず一年はお前の言うところで働く」
 これ以上、オメガのことで脅されたくないしわざわざ怖い話なんて聞きたくない。
「この他のバイトは?」
 話題を変えようと書類にあった二つの仕事について聞く。『オメガ交流会補佐』『オメガ専用花嫁教室補佐』とそれぞれ書いてある。
「交流会の方は、国と民間が協働してオメガのための交流会を開催しているんだけど、その運営の補佐をする。週に三回開催されていて、内容は仲間作りだったりオメガ全般の相談会だったり就職面接会だったり、色々だな」
「そんなことやってたんだ」
「あぁ。国が入っているから安心だし人気なんだよ。同じ立場の人しかいないし、セナにとっても為になると思うぞ? オメガの仲間はいるか?」
 いない。いたらオメガを買う必要もなかった。
 答えずにいればいないと取ったのか、そのまま話を続けた。
「補佐だから、受付とか会場設営とか難しいことはない」
「ふーん」
「花嫁教室は俺の知り合いがやっているところで、ここは未婚のオメガを対象に、備えるべき教養とかマナーとか、料理とか、色々なことを教えているんだ。補佐だから先生のお手伝いをすれば良い。どちらもすぐに働くことが出来る」
 交流会は週に三回、花嫁教室は週に二回、そして空いた時間に毎日志貴の家を掃除してご飯を作る。という話だった。ハウスキーパーは自分の分も作って食べて良いと言う。志貴のお金で。
 この三つだけで、五つ掛け持ちしていた今までと同じくらいの収入を得られる。
「どうだ? 良い話だろ?」
「ん」
「じゃあ交流会は今週から、花嫁教室は来週から始めよう。両方一気に始めたら疲れるから」
「俺、大した飯作れねえけど」
「別に気にしない。食べられるなら十分だ」
「絶対文句言うなよ」
「もちろんだ。頑張ろうな」
 背中を撫でていた手のひらがいつの間にか後頭部へ移動して、優しく髪を梳くように撫でられる。
「ひとまず家の中を案内するよ」
 志貴の後を追いながらどこに何の部屋があるかを見ていく。腹が立つほど部屋数は多い。一人で住んでいるくせにこんな家に住む意味が分からない。十人くらいはいっぺんに暮らせる気がする。
「お前以外に誰か住んでんの?」
「俺だけだよ」
「金持ち?」
「まあ、どちらかと言えば」
「クソアルファが」
 思わず罵倒が出るが、志貴に気にした様子はない。もしかしたら言われ慣れているのかもしれない。
「お前って何の仕事してんの?」
 金持ちなら社長とかしているのか?
 そう思ったけど、答えは意外なものだった。
「小説家」
「小説家?」
「あぁ、もし気になれば読んでも良いぞ」
「気になんねえから良い。有名なの?」
「普通だな」
 普通なんだ。普通がどの程度か知らないけど。
 本を読む習慣もないし、志貴の知名度にも本の内容にも興味がないので話を深堀りすることはしない。
「もし好きなジャンルがあれば教えてくれ。書いてみるから」
「別に良いよ。本読まねえもん」
「そうなのか? 残念だな」
 
 その後はキッチンの使い方や掃除用品の場所を教えてもらった。ご飯は志貴が作ってくれたので食べてみたが、腹立つくらい美味しかった。料理がうまい奴に作ることを考えると憂鬱になった。
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