愛に変わるのに劇的なキッカケは必要ない

かんだ

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 志貴にバイト先を斡旋され、一月が経った。
 今まで色々なバイトを経験してきたことと、人見知りをしないタイプだったからか、交流会も花嫁教室も上手く馴染めていると思う。仕事内容もたまに体力を使うことはあるが、慣れれば問題もなく、楽しく向き合えていた。それに、交流会では相談会も兼ねているから自分も勉強させてもらうことも多い。オメガについては医者や志貴から色々教えてもらっていたけど、当事者の話や経験談を聞けることも大きい。……だからと言って、自分のオメガ性を直視することはまだ出来そうにないが。
「なぁ、ヒートって、すげえ辛いの? 個人差あるって言うけど」
「そうだな、合う抑制剤があればまた変わってくるし。不安か?」
 今は志貴の家でハウスキーパー中だ。窓のサッシを掃除した後、夕飯の下拵えをしながらオメガについて聞く。
「不安に決まってんだろ。いつくるかも分からねえし」
 どのくらい重いのか、いつくるのか、どのくらいの間隔か、何も分からないから余計に怖い。せめていつくるか分かればまだ心の準備と覚悟が出来るのに。……いや出来ないか。出来るわけない。そもそも発情期って何なんだよクソッタレ。
「抑制剤も、合うの見つけられなかったらどうすんだよ」
「大丈夫だ。ヒート中はアルファのフェロモンを送ってもらうだけで随分効果がある。一日で終わるらしいぞ。例え抑制剤が効かなくても不安にならなくて良い」
「……アルファって、良い人見つかったの?」
「まだだ。安心安全なアルファにはパートナーがいる奴しかいなくて」
 その答えに、少しホッとする。秀治の提案で発情期中に相手をしてもらうアルファを探すよう言ったけど、本当に見つけたからと見ず知らずの人間と本能剥き出しの自分を晒すことはやはり怖い。
「ちなみに、セナには好きなタイプってあるか?」
「ない。好きになったらその人がタイプだ」
「そうか、男らしいな。じゃあ嫌なタイプは?」
「お前だな」
「はははは」
「冗談じゃねえよ」
「俺のどこが嫌なんだよ」
 野菜を切っていれば、志貴が真横に迫っていた。肩が触れ合うほど近くにいて驚く。
「なんだよ」
「俺のどこが嫌なんだ?」
「当たり前だろ。強姦魔を好きになる奴なんていない」
「そんなことはない。この世にはストックホルム症候群というものがある」
 何言っているんだ?
「何だそれ。よく分かんねえ言葉使うな。馬鹿にしてんのか?」
「俺のことを好きになる可能性は無限大ということだ」
 馬鹿馬鹿しい。人の人生を無茶苦茶にして、二度も好き勝手してきた男を好きになるわけがない。
「お前なんか好きになる奴は可哀想だな」
「そうか?」
 志貴は一瞬考え込むように視線を彷徨わせてから、満面の笑みを見せた。
「世界一愛してやる」
「はっ」
「オメガとしての幸せを毎秒感じさせてやるつもりだ」
 本当に馬鹿馬鹿しい。オメガとしての幸せなんて全く羨ましくもない。むしろ不愉快でしかない。
「あっそ」
 ふいっと志貴から顔を背け、夕飯作りに取り掛かる。今夜は豚肉と玉ねぎ炒めだ。醤油とマヨネーズで味付けをするだけのもの。
「セナは本当にカロリーが高い味付けが好きだな」
「邪魔すんなよな。文句あるなら食うな」
「まさか。一生懸命作ってくれてありがとう」
 また後頭部を撫でられる。こいつは人とのスキンシップが当たり前の環境で育ってきたのだろうか。
 煩わしくて振り払おうと思ったけど、どうせまた撫でられるから力を使うだけ無駄だとやめた。
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