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8、神器の在処
襲撃
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普段のおちゃらけた様子とは異なる緊迫したゾラの声に、アデライードの甘い〈王気〉に酩酊していた恭親王も覚醒する。
「このまま全速力で走れ。敵の人数はわかるか?」
「ええっと、森の中に並走するのが二、三人、前方から数人、後方からも……っ」
ガラガラとすごい音を立てて馬車が疾走する中で、周囲を伺ってゾラが人数を数える。横を並走されるまで気づかなかったとは、間抜けなことだ。普段ならば危険を察知してくれる〈王気〉が、アデライードの陰の〈王気〉に篭絡されて、まったく役に立たなかったのだ。
ゾラがあそこで無理矢理介入しなかったら、あのまま抜き差しならないところまで進んでしまって、いかがわしい行為の最中に襲撃を受けていたかもしれない。
腹に力を入れて気合いを入れ直し、アデライードを膝から降ろすと自分の右側に座らせる。我に返ってみれば、首筋にチリチリと危険を知らせる徴が走る。
アデライードを抱きしめ、額に素早く口づけを落とし、言った。
「どうやら、馬車を狙ってきたようだ。飛び道具を使ってくると厄介だ。馬車の窓から顔を出さないように、座席に伏せていろ」
アデライードが上半身を伏せて丸くなるのを確認して、恭親王は剣を抜き、本来の利き腕である左手で剣を握る。食事の時の箸を持つ手も、文字を書く手も右利きに矯正され、剣も右手で使うことができるが、それでも命のやり取りはやはり左手で行う。
もともと、アデライードといちゃつくためというわけではないが、窓の鎧戸は閉めていた。恭親王が指で鎧戸の隙間をそっと開いて外をうかがうと、確かに森の木立の合間から、並走する影が見える。
(馬車を徒歩で追いかけるとは、働き者だな……)
騎馬でないということは、相手は特殊な訓練を受けた隠密なのであろう。
(イフリートの〈黒影〉、か――)
首筋のピリピリした徴が一際鋭い警告を発する。緊張を全身に漲らせて、恭親王はアデライードに声をかける。
「来るぞ。――もう一度血生臭いことになるかもしれないが――見たくなければ目を瞑っていろ」
ヒュッ、ドス、ヒュッ、ドス、ヒュッ、ヒュッ、ドス、ドス――。矢が風を切る音と、箱馬車に命中したらしい音が立て続けにする。馬のいななき、ガシャンと金属の触れ合う音、悲鳴、怒号――。
恐怖に縮こまるアデライードが座面に張り付くようにして固まっていると、ガリガリっと至近距離で凄まじい音がして、馬車の扉の窓の鎧戸を貫いて剣が差し込まれている。
「爆走する馬車に乗り込んで暗殺とか、無駄に難易度高けぇ方法選んでんじゃねーよっ!」
ゾラがどんな時でも変わらない安心の乱れた言葉遣いで悪態をつき、窓に取りついた暗殺者に剣を振るう。
ガキーン!と暗殺者はもう一つの手に持つ剣でゾラの一撃を弾き返す。恭親王は外の人間の注意がゾラに向いているその瞬間に、長い脚でなんと扉を蹴り飛ばした。
バコンっと勢いよく外側に開く扉に煽られて、扉の向こう側に張り付いていた人間が振り落とされて転がり落ちるのが、一瞬見えた。間髪入れずに違う剣が差し込まれるのを、難なく剣で弾き飛ばし、鋭い突きを入れる。
「ぐえあっ!」
断末魔の声がして、心臓を貫かれた黒服の男が馬車から振り落とされる。その間も飛来した数本の矢を恭親王は細身の剣で薙ぎ払い、馬車の屋根の上から入口を覗き込んで来た覆面男の目と目の間を、右手で抜いた短剣で貫く。事切れた男が馬車の開いたままの入口を上から塞ぐようにして、力なく垂れ下がって揺れているところに、男の背後から味方の矢が数本飛来してドスドスと男の背中に突き刺さる。
額の急所を貫かれ、両眼を見開いたまま苦悶の表情で息絶えている男の、額の傷からどろっとした赤い血が流滴り、馬車の床を汚す。
「!!!!!」
アデライードが慌てて顔を背けるのを、後ろ手に庇うようにして声をかける。
「目を閉じていろ、すぐに終わる」
この凄まじい状況で目を閉じているのも恐ろしいだろうが、目を開けてしまうと恐ろしい情景を目にする羽目になる。
血生臭い現場を見せてしまったことに後悔しつつ、周囲に気を配りながら、恭親王は長い剣でぶら下がっている男の死体を突いて馬車の屋根から落とした。矢避けにちょうどいいと思ったのだが、お姫様にはグロテスクに過ぎたらしい。
馭者を庇いながら剣を振るって周囲の賊を撃退したゾラが、開けっ放しになっていた馬車の扉を外から蹴っ飛ばしてバタン、と閉める。ふいに首筋がチリチリと危険を知らせてきて恭親王が振り返ると、逆側の窓の鎧戸を壊して、黒い手が伸びてきて何かを投げつけようとした。
咄嗟に短剣を捨てて男の手を右手で掴んで握り締め、投擲を阻止する。
「ぐっ!」
男が握っているのは薬品の瓶のようであった。そのままギリギリと男の手を締め上げる。意識的に右手に魔力を集めて筋力を強化する。
「ぐあっ!」
およそ人ではあり得ない力で、万力のように締め上げれば、男は耐えきれず悲鳴をあげた。
「どれだけ厳しい訓練を積んだか知らぬが、力で龍種に勝てる訳が無かろう」
あまりの痛みに手を緩めた男の手から薬瓶を奪い取って蓋を取ると、障子紙でも破るかのように易々と鎧戸をぶち抜いて、かろうじて張り付いている男に中の薬を浴びせかける。無色透明ながら強力な酸性の液体だったらしく、それを浴びた男の顔はじゅうじゅうと湯気を上げながら見る間に爛れて、聞くに堪えない悲鳴をあげながら馬車から転がり落ちていった。
「このまま全速力で走れ。敵の人数はわかるか?」
「ええっと、森の中に並走するのが二、三人、前方から数人、後方からも……っ」
ガラガラとすごい音を立てて馬車が疾走する中で、周囲を伺ってゾラが人数を数える。横を並走されるまで気づかなかったとは、間抜けなことだ。普段ならば危険を察知してくれる〈王気〉が、アデライードの陰の〈王気〉に篭絡されて、まったく役に立たなかったのだ。
ゾラがあそこで無理矢理介入しなかったら、あのまま抜き差しならないところまで進んでしまって、いかがわしい行為の最中に襲撃を受けていたかもしれない。
腹に力を入れて気合いを入れ直し、アデライードを膝から降ろすと自分の右側に座らせる。我に返ってみれば、首筋にチリチリと危険を知らせる徴が走る。
アデライードを抱きしめ、額に素早く口づけを落とし、言った。
「どうやら、馬車を狙ってきたようだ。飛び道具を使ってくると厄介だ。馬車の窓から顔を出さないように、座席に伏せていろ」
アデライードが上半身を伏せて丸くなるのを確認して、恭親王は剣を抜き、本来の利き腕である左手で剣を握る。食事の時の箸を持つ手も、文字を書く手も右利きに矯正され、剣も右手で使うことができるが、それでも命のやり取りはやはり左手で行う。
もともと、アデライードといちゃつくためというわけではないが、窓の鎧戸は閉めていた。恭親王が指で鎧戸の隙間をそっと開いて外をうかがうと、確かに森の木立の合間から、並走する影が見える。
(馬車を徒歩で追いかけるとは、働き者だな……)
騎馬でないということは、相手は特殊な訓練を受けた隠密なのであろう。
(イフリートの〈黒影〉、か――)
首筋のピリピリした徴が一際鋭い警告を発する。緊張を全身に漲らせて、恭親王はアデライードに声をかける。
「来るぞ。――もう一度血生臭いことになるかもしれないが――見たくなければ目を瞑っていろ」
ヒュッ、ドス、ヒュッ、ドス、ヒュッ、ヒュッ、ドス、ドス――。矢が風を切る音と、箱馬車に命中したらしい音が立て続けにする。馬のいななき、ガシャンと金属の触れ合う音、悲鳴、怒号――。
恐怖に縮こまるアデライードが座面に張り付くようにして固まっていると、ガリガリっと至近距離で凄まじい音がして、馬車の扉の窓の鎧戸を貫いて剣が差し込まれている。
「爆走する馬車に乗り込んで暗殺とか、無駄に難易度高けぇ方法選んでんじゃねーよっ!」
ゾラがどんな時でも変わらない安心の乱れた言葉遣いで悪態をつき、窓に取りついた暗殺者に剣を振るう。
ガキーン!と暗殺者はもう一つの手に持つ剣でゾラの一撃を弾き返す。恭親王は外の人間の注意がゾラに向いているその瞬間に、長い脚でなんと扉を蹴り飛ばした。
バコンっと勢いよく外側に開く扉に煽られて、扉の向こう側に張り付いていた人間が振り落とされて転がり落ちるのが、一瞬見えた。間髪入れずに違う剣が差し込まれるのを、難なく剣で弾き飛ばし、鋭い突きを入れる。
「ぐえあっ!」
断末魔の声がして、心臓を貫かれた黒服の男が馬車から振り落とされる。その間も飛来した数本の矢を恭親王は細身の剣で薙ぎ払い、馬車の屋根の上から入口を覗き込んで来た覆面男の目と目の間を、右手で抜いた短剣で貫く。事切れた男が馬車の開いたままの入口を上から塞ぐようにして、力なく垂れ下がって揺れているところに、男の背後から味方の矢が数本飛来してドスドスと男の背中に突き刺さる。
額の急所を貫かれ、両眼を見開いたまま苦悶の表情で息絶えている男の、額の傷からどろっとした赤い血が流滴り、馬車の床を汚す。
「!!!!!」
アデライードが慌てて顔を背けるのを、後ろ手に庇うようにして声をかける。
「目を閉じていろ、すぐに終わる」
この凄まじい状況で目を閉じているのも恐ろしいだろうが、目を開けてしまうと恐ろしい情景を目にする羽目になる。
血生臭い現場を見せてしまったことに後悔しつつ、周囲に気を配りながら、恭親王は長い剣でぶら下がっている男の死体を突いて馬車の屋根から落とした。矢避けにちょうどいいと思ったのだが、お姫様にはグロテスクに過ぎたらしい。
馭者を庇いながら剣を振るって周囲の賊を撃退したゾラが、開けっ放しになっていた馬車の扉を外から蹴っ飛ばしてバタン、と閉める。ふいに首筋がチリチリと危険を知らせてきて恭親王が振り返ると、逆側の窓の鎧戸を壊して、黒い手が伸びてきて何かを投げつけようとした。
咄嗟に短剣を捨てて男の手を右手で掴んで握り締め、投擲を阻止する。
「ぐっ!」
男が握っているのは薬品の瓶のようであった。そのままギリギリと男の手を締め上げる。意識的に右手に魔力を集めて筋力を強化する。
「ぐあっ!」
およそ人ではあり得ない力で、万力のように締め上げれば、男は耐えきれず悲鳴をあげた。
「どれだけ厳しい訓練を積んだか知らぬが、力で龍種に勝てる訳が無かろう」
あまりの痛みに手を緩めた男の手から薬瓶を奪い取って蓋を取ると、障子紙でも破るかのように易々と鎧戸をぶち抜いて、かろうじて張り付いている男に中の薬を浴びせかける。無色透明ながら強力な酸性の液体だったらしく、それを浴びた男の顔はじゅうじゅうと湯気を上げながら見る間に爛れて、聞くに堪えない悲鳴をあげながら馬車から転がり落ちていった。
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