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18、婚礼間近
散策
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寝室に連れ込んだ一件以来、アデライードとの逢瀬は、メイローズらの厳しい監視の下でしか許されていない。魔力の循環を援ける必要がある、と言い訳して、見通しのよい四阿で軽く唇を合わせるくらいは許してもらえるが、それ以上は絶対にだめだ。ちょっとくらい、と思って押し倒したら、すかさずアリナの投げナイフが飛んできた。アリナの本気を目の当たりにし、恭親王もそれ以上のことは諦めた。
それでも、二人きりで話ができれば甘い言葉も囁くことができるし、〈王気〉を堪能することもできる。そう、しばらくはアデライードに全く近づけず、本当に悲惨だった。耳に飾った翡翠からわずかな〈王気〉を絞り出すように感じ取り、切ない思いに悶々とする日々だった。
二人きりで(監視付きだが)四阿で寄り添って座り、恭親王はアデライードにねだって、耳の翡翠に魔力を込めてもらう。――それも、耳たぶごと口に含んで。
「そんなことをしなくても、魔力は込められます」
最初はあっさりと断られたが、しつこくしつこくしつこくねだって、
「やってくれないなら、またこの前みたいに暴走するかもしれない……」
と脅したら、しぶしぶ耳たぶに口づけして、恐る恐る翡翠の耳飾りごとぱくんと口に含まれる。その瞬間、脳髄まで蕩けるような〈王気〉が一気に押し寄せ、アデライードの腰に回した腕に力を込めて抱きしめる。
全身を巡る甘い〈王気〉に酔い痴れ、この瞬間が永遠に続けばいいのにとまで思う。
アデライードがちゅぽん、と耳たぶを離す音までが、天上の妙音に聞こえる。少しアデライードの顔が上気しているのを見ると、アデライードも恭親王の〈王気〉を摂取したのだろう。そのまま唇を交わし合い、アデライードが恭親王の肩に顔を預け、うっとりとしている時、恭親王がアデライードの髪を撫でながら尋ねる。
「街に、出たくはないか?」
恭親王の言葉に、アデライードは肩に凭れていた顔をあげて、恭親王の顔を見た。翡翠色の瞳が大きく見開かれている。
「いいのですか?」
「出たいか?」
恭親王がもう一度尋ねると、アデライードは困惑したように下を向いた。
「それは……出てみたい、とは思いますが……」
「出たくないのか?」
金色にけぶる睫毛を伏せて、アデライードは言った。
「もう、十年も出ていませんし……外は……怖い……です」
その態度に、恭親王はアデライードがけして、外界に対して興味を抱かなかったわけではないのだと、気づく。外の世界から切り離され、鳥籠のような修道院に囚われて、何も知らされずに育ってきた。
「危険は確かにあるが、少しだけでも街を見せてやりたい。私も、ゾーイも、アリナもいる。その代わり、絶対に私から離れないと約束してくれ」
そう言った恭親王に対して見せたアデライードの表情は、これまで見たこともない喜びに溢れていた。
(可愛い……)
彼女の顔が喜びに輝くならば、何だってしてやりたい。メイローズはいい顔をしなかったが、恭親王は反対を押し切り、少し準備の期間を置いて、十日後、アデライードを晩秋の街に連れ出した。
アンジェリカが用意した地味なドレスに、厚手の毛織のフード付きのケープを纏い、革のブーツを履いたアデライードは、パッと見は裕福な商家の令嬢と言う雰囲気だった。だが、その輝くプラチナブロンドと類まれな美貌は人の目をごまかせまい。
(これは……可愛すぎて目立つ。ダメだろ)
恭親王はけしてフードを取らないと約束させねばならなかった。そういう恭親王とて、質素な帝国風の上下に、黒い毛織のマントを羽織っているが、それでも十分目立つ容姿であることに気づいていない。
手を取り合った恭親王とアデライードから少し離れ、ゾーイとアリナがやはり恋人同士のように寄り添ってついてくる。今回の恭親王の提案を、ゾーイは少し考えた上で同意してくれた。これがゲルだったら絶対に首を縦に振らなかっただろうし、ゾラは護衛の仕事をほったらかして、ナンパに明け暮れてしまう。ゾーイは堅物ではあるが、アデライードの籠の鳥のような生活に同情もしていたので、短時間なら、という条件で認めたのだ。どこまで役に立つかわからないがゾラも隠れて護衛し、カイトら暗部の者も付け、さりげなく総督府の警備隊を配置するという念入りの布陣だ。
恭親王はアデライードの白い手を握って、ゆっくりと街を歩いた。特に何か目的があるわけでもなく、小一時間も歩けば別邸に帰るつもりだった。アデライードは街の至る所に目を凝らし、あれやこれや珍しそうにすぐに歩みを止めた。恭親王はアデライードの好奇心の強さに、正直驚いた。
「あれは……?」
「串焼きの屋台だ。食べたいのか?」
「食べ物なのですか?あんな風に外で売っているの?」
恭親王は羊の串焼きを一本だけ買う。現金には触りたくないが、今日ばかりは仕方がない。隣りの屋台で白い饅頭を二つ買う。
「いろいろな種類のものを少しずつ食べたいだろう?」
そう言って、肉を串から外して半分ずつ、饅頭に挟みこんでアデライードに手渡した。二人で串焼きを分け合って食べていると、次に甘酒の屋台でやはり一杯だけ買い、交互に分け合って飲む。さらに捩じって揚げたパンもやはり一つ、半分こして食べながら、街を歩く。
「恋人どうしが多いだろう?〈聖婚〉にあやかって結婚する者が多いそうだ」
「そうなのですか!」
驚いて見上げたアデライードの唇の脇に、揚げパンの欠片がついているのを、恭親王が舌でぺろりと舐めとる。アデライードが真っ赤になって俯くのを、恭親王が目を細めて見守り、親し気に肩を抱いて歩いていく。
それでも、二人きりで話ができれば甘い言葉も囁くことができるし、〈王気〉を堪能することもできる。そう、しばらくはアデライードに全く近づけず、本当に悲惨だった。耳に飾った翡翠からわずかな〈王気〉を絞り出すように感じ取り、切ない思いに悶々とする日々だった。
二人きりで(監視付きだが)四阿で寄り添って座り、恭親王はアデライードにねだって、耳の翡翠に魔力を込めてもらう。――それも、耳たぶごと口に含んで。
「そんなことをしなくても、魔力は込められます」
最初はあっさりと断られたが、しつこくしつこくしつこくねだって、
「やってくれないなら、またこの前みたいに暴走するかもしれない……」
と脅したら、しぶしぶ耳たぶに口づけして、恐る恐る翡翠の耳飾りごとぱくんと口に含まれる。その瞬間、脳髄まで蕩けるような〈王気〉が一気に押し寄せ、アデライードの腰に回した腕に力を込めて抱きしめる。
全身を巡る甘い〈王気〉に酔い痴れ、この瞬間が永遠に続けばいいのにとまで思う。
アデライードがちゅぽん、と耳たぶを離す音までが、天上の妙音に聞こえる。少しアデライードの顔が上気しているのを見ると、アデライードも恭親王の〈王気〉を摂取したのだろう。そのまま唇を交わし合い、アデライードが恭親王の肩に顔を預け、うっとりとしている時、恭親王がアデライードの髪を撫でながら尋ねる。
「街に、出たくはないか?」
恭親王の言葉に、アデライードは肩に凭れていた顔をあげて、恭親王の顔を見た。翡翠色の瞳が大きく見開かれている。
「いいのですか?」
「出たいか?」
恭親王がもう一度尋ねると、アデライードは困惑したように下を向いた。
「それは……出てみたい、とは思いますが……」
「出たくないのか?」
金色にけぶる睫毛を伏せて、アデライードは言った。
「もう、十年も出ていませんし……外は……怖い……です」
その態度に、恭親王はアデライードがけして、外界に対して興味を抱かなかったわけではないのだと、気づく。外の世界から切り離され、鳥籠のような修道院に囚われて、何も知らされずに育ってきた。
「危険は確かにあるが、少しだけでも街を見せてやりたい。私も、ゾーイも、アリナもいる。その代わり、絶対に私から離れないと約束してくれ」
そう言った恭親王に対して見せたアデライードの表情は、これまで見たこともない喜びに溢れていた。
(可愛い……)
彼女の顔が喜びに輝くならば、何だってしてやりたい。メイローズはいい顔をしなかったが、恭親王は反対を押し切り、少し準備の期間を置いて、十日後、アデライードを晩秋の街に連れ出した。
アンジェリカが用意した地味なドレスに、厚手の毛織のフード付きのケープを纏い、革のブーツを履いたアデライードは、パッと見は裕福な商家の令嬢と言う雰囲気だった。だが、その輝くプラチナブロンドと類まれな美貌は人の目をごまかせまい。
(これは……可愛すぎて目立つ。ダメだろ)
恭親王はけしてフードを取らないと約束させねばならなかった。そういう恭親王とて、質素な帝国風の上下に、黒い毛織のマントを羽織っているが、それでも十分目立つ容姿であることに気づいていない。
手を取り合った恭親王とアデライードから少し離れ、ゾーイとアリナがやはり恋人同士のように寄り添ってついてくる。今回の恭親王の提案を、ゾーイは少し考えた上で同意してくれた。これがゲルだったら絶対に首を縦に振らなかっただろうし、ゾラは護衛の仕事をほったらかして、ナンパに明け暮れてしまう。ゾーイは堅物ではあるが、アデライードの籠の鳥のような生活に同情もしていたので、短時間なら、という条件で認めたのだ。どこまで役に立つかわからないがゾラも隠れて護衛し、カイトら暗部の者も付け、さりげなく総督府の警備隊を配置するという念入りの布陣だ。
恭親王はアデライードの白い手を握って、ゆっくりと街を歩いた。特に何か目的があるわけでもなく、小一時間も歩けば別邸に帰るつもりだった。アデライードは街の至る所に目を凝らし、あれやこれや珍しそうにすぐに歩みを止めた。恭親王はアデライードの好奇心の強さに、正直驚いた。
「あれは……?」
「串焼きの屋台だ。食べたいのか?」
「食べ物なのですか?あんな風に外で売っているの?」
恭親王は羊の串焼きを一本だけ買う。現金には触りたくないが、今日ばかりは仕方がない。隣りの屋台で白い饅頭を二つ買う。
「いろいろな種類のものを少しずつ食べたいだろう?」
そう言って、肉を串から外して半分ずつ、饅頭に挟みこんでアデライードに手渡した。二人で串焼きを分け合って食べていると、次に甘酒の屋台でやはり一杯だけ買い、交互に分け合って飲む。さらに捩じって揚げたパンもやはり一つ、半分こして食べながら、街を歩く。
「恋人どうしが多いだろう?〈聖婚〉にあやかって結婚する者が多いそうだ」
「そうなのですか!」
驚いて見上げたアデライードの唇の脇に、揚げパンの欠片がついているのを、恭親王が舌でぺろりと舐めとる。アデライードが真っ赤になって俯くのを、恭親王が目を細めて見守り、親し気に肩を抱いて歩いていく。
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