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18、婚礼間近

総督のイメージ

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「ありがとう、ご馳走さま。……また来るよ」
「旦那も冬至の夜にはソリスティアから松明たいまつを眺めるといい。年寄りには冥土のよい土産さ、今から楽しみにしていますんで」
「松明?」

 恭親王が首を傾げるのに、店主の妻がにこにこと笑った。

「冬至の夜、陰陽宮でご〈聖婚〉の儀が滞りなく済んだ証に、陰陽宮のある山の中腹からから順に、聖地全体に松明が灯るんですよ。祖母の祖母が子供の頃に見たそうで、それはそれは綺麗だったそうですよ。私は祖母から話を聞いて、ずっと見たいと思っていたのです。もうすぐ見られると思うと、ほんに楽しみで」
「龍騎士と始祖女王が結ばれた時に世界に光が灯ったという故事にちなんで、松明が灯されるんでさあ」
「つまりそれって……」

 恭親王が意味に気づいて赤くなって掌で顔を覆うのを、勘違いした店主夫妻が笑った。

「おやまあ、意外に純情なお人だよ。総督閣下には是非、頑張るように発破をかけてやってくださいまし。あははは」

 初夜完遂を松明で告知するとか、何だその恥ずかしい儀式! 考えた奴は間違いなく変態だ!
 内心でメイローズに毒づきながら、恭親王は本を抱えて古書肆ふるほんやを後にする。二軒ほど先の土産物屋で看板娘をからかっていたゾラが主《あるじ》に気づき、愛想よく切り上げて近づいてくる。

「なんか収穫あったすかぁ?」
「……前から疑問なんだが。お前、外では無口なフリしているって言っていたが、無口なフリでどうやって女を口説いているんだ?」
 
 恭親王とゾラが大股で、人込みを縫うように歩く。

「そら、無口なときは無口ななりに、無言で口説くんすよ。無口な男が好きな女は多いっすから」
「無言で口説く……言語としておかしいだろう。無言でどうやって口説く?」
「目線とか、ちょっとだけ触ってみるとか、身体をちょっとだけ寄せるとか、いろいろあるんすよ」
 
 恭親王はつい、人外を見るような目でゾラを見てしまう。
 そんなものすごい能力があるのなら、もっと別のことで活かして欲しい。せめて、主の役に立つところで、と思うのは贅沢なのか?

「そうそう、松明の話を聞いているか?」
「ああ、あの松明ねっ……責任重大っすよね」
 
 やっぱりゾラは知っていて黙っていたのだ。

「どうして今まで私に言わなかったのだ」
「だって、緊張のあまり、当日たなかったりしたら大変っしょ? 皆、殿下には内緒にしようって」
「皆、知ってたのか……」

 さすがにショックである。

「だって、あの松明見ながら愛を誓うと、その愛は永遠になるらしいっすよ。で、今、聖地でもソリスティアでも対岸の港街でも、誰と二人で松明見るかってんで、若者たちは大騒ぎっす! その愛がすべて殿下のちん……じゃなくて肩にかかってるんすよ!これ、ふつーの男なら、プレッシャーで潰れちゃうっしょ。でも、俺は信じてるっすよ! 伊達だてに場数だけは踏んでる、鬼畜で絶倫の殿下を!」
「何だそれは! 何か今、ものすごく不穏な事を言おうとしなかったか? てゆうか、私の結婚だぞ! 便乗びんじょうして愛を誓うなよ!」
「声がでかいっす!」

 思わず口を覆って周囲を見回す。幸い、周囲は恋人たちが多く、二人の世界に浸っていて、恭親王らの会話を聞いている者はいなかった。

「……まさかそんな騒ぎになっているなんて、考えてもみなかった……」

 恭親王が頭痛を堪えるように、こめかみに指を当てていると、ゾラが言った。

「じゃ、当然、これも知らないっすよね?」

 そう言って、ぴらりと恭親王の前に差し出したのは――。

「なんだこれーーっ!」

 周囲が振り返るのも忘れて思わず絶叫してしまう。それは金髪碧眼の少女とむくつけき黒髪の男が、奇妙な衣裳で寄り添っている色絵版画であった。

「〈聖婚〉図っすよ! 今、聖地とソリスティアで大売れの、〈聖婚〉カップルの姿絵っす」
「こんなもの、許可した覚えはないぞ! だいたい、全く似てないじゃないかっ」

 そう、妙にデフォルメされたその画像、二人の特徴を全く掴んでいない。アデライードが平凡な容姿なのはともかく、総督だとキャプションがついている人物は、首が肩にめり込むほどの筋肉にぼさぼさの黒髪、なぜか目が赤かった。さらに上半身は裸で、身体には無数の傷痕が走っている。誰だこいつは。絶対に私じゃないぞ!
 世界の中心で声を大にして叫びたいほど、恭親王は動揺した。

「しょうがないっすよ、これが総督のイメージっすから。〈狂王〉っすからね」
「どういう想像力を働かしたらこうなるんだ。売ってるのはどこのどいつだ! 総督権限で店を取り潰しにしてやる!」
「でもこれのおかげで、街中でも総督だってバレないで済んでるんっすよ」
 
 確かにそうなのだが。だが、まったくもってありがたくもなんともない。絶対に回収してやる、と心に決めた。
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