23 / 90
第一章 旅の途中
脱出②
しおりを挟む
「上手くいきました。出ましょう」
見張りの男が動かなくなったのを確認すると、ゼノは牢の中の二人に呼びかけた。
「荷馬車のうえで話を聞いたときも思ったんだけど、ゼノは何か特殊な訓練でも受けてるのか? 喧嘩が苦手とはとても思えないよ」
「……それは、牢から出られたのだから、この際どうでもいいでしょう」
先を行くヤンとゼノの会話に耳を澄ませながら、ラウルは深刻な面持ちで二人のあとを追った。
鉄格子がひしゃげるほどのちからを生身の人間が出せる筈がない。今は味方のようだが、この得体の知れない青年を信用して良いものか。
息子の隣を走る男に、ラウルは並々ならぬ脅威を感じていた。
茂みを掻き分けながら、三人は夜の森を移動した。
暗闇の奥に仄かに浮かぶ灯りを頼りに、月明かりに照らされた小道を進んでいくと、やがて樹々が途切れ、拓け場所に出た。
「馬だ!」
月明かりに照らされて佇んでいたのは、朽ちかけた倉庫のような建物と、それに隣り合うように建てられた馬小屋だった。馬小屋の外に繋がれている見慣れた馬の姿を確認して、ヤンが側に駆け寄った。
あまりにも軽率な行動だった。けれど、幸いにもこちらに見張りはいなかったようで、ゼノとラウルは揃って静かに安堵の息を吐いた。
野盗が村から奪った馬の中に、ヤンの家の馬車馬がいたのは不幸中の幸いだ。馬を繋いでいた縄を解き、手綱を握ってヤンが言った。
「あとはレナを助け出すだけだな」
馬小屋の向こう側の、森の拓けた崖の近くに建物が建っていた。光が漏れる窓からは、騒々しい歓喜の声が聞こえてくる。
きりりと表情を引き締め、足を踏み出し掛けたところで、ヤンはゼノに引き止められた。
「待ってください。ヤンとお父さんは、このまま馬を連れて森を出てください。レナさんは私が責任を持って必ず連れて帰ります」
あまりにも無謀に思える提案に、ヤンは勢いよくゼノを振り返った。何故と問い詰められるより先に、ゼノは淡々と口にする。
「あの場所に行けば、ヤンもお父さんも無事では済まないでしょう。ですが、私一人ならなんとかできる自信があります」
はっきりと言い切られたものの、ヤンにはゼノの言葉が理解できない。詰め寄ろうと一歩踏み出したところで、その足がラウルに止められた。
「聞こう」
それまで無言だったラウルがゼノを見据える。小さく頷いてゼノは続けた。
「お父さんのほうは薄々気が付いていたようですが、私は人間ではありません」
抑揚のない声で告げられた言葉に、ヤンは「冗談だろ」と口を挟みかけた。しかし、真っ直ぐに自分を見据えたまま言葉を連ねるゼノの表情は、とても冗談を言っているようには見えない。
ヤンが固唾を飲んでいると、ゼノは黙って茂みから木の葉を一枚ちぎり取り、足元に転がっていた小石を宙に投げた。間髪入れず、木の葉で十字に空を切る。地に落ちた小石は、綺麗に四つに割れていた。
ヤンとラウルが息を呑み、割れた小石を凝視する。
「これが先程のからくりです。私には人間にない特殊なちからがあります。武器など持っていなくても、木の葉や木の枝で人を簡単に殺すことができるのです」
と言っても、竜気を纏わなければ出せるちからは人間と殆ど変わらない。牢の鉄格子が生身の身体から繰り出した蹴りでひしゃげたのは、ゼノが竜気を纏って肉体を強化することで、人間が無意識に肉体にかける制限を取り払ったからだ。
「私は、人間の姿で暮らしながらも異種族との交流を禁じる種族に生まれ育ちました。人間という種族は自分本位で私利私欲のために平気で他人を陥れる生き物だと、幼い頃から教えられてきました。しかし、一人旅の途中、野盗に絡まれたところで貴方に出会い、その認識は間違っていたのではないかと考えるようになりました。
私は、あのとき危険を顧みず、見知らぬ相手を助けようとした貴方の優しさと勇気こそが、人間の本質であって欲しいと思っています。ですから、正しい行いをした貴方が理不尽な状況に追い込まれるのは忍びない。あのときの貴方が見ず知らずの私を助けようとしてくれたように、今度は私が貴方達の助けになりたい」
落ち着いた口調で一息にそう告げると、ゼノはにこやかに微笑んだ。閉じかけた瞼の奥に、紅玉のような瞳を覗かせて。
「だからどうか、ここからは私に任せてください」
***
茂みの間に細々と続く小道を、馬の手綱を握り、ヤンは父親と共に歩く。樹々の枝葉の隙間から注がれる月明かりだけが頼りだった。
ゼノの言葉に納得したわけではない。けれど、初めて街道で出会ったときのことや鉄格子のドアを蹴破ったこと、なんの変哲もない木の葉で小石を切り裂いた事実を考慮すれば、彼が常人とは違う特殊なちからを持っていることは確かだった。そして、銃を奪われたヤンやラウルでは、武器を持った野盗を相手に成す術がないことも。
「レナを、頼む……!」
自身の無力さに歯を食いしばる。
蒼白く輝く月を見上げ、ヤンは祈るように呟いた。
見張りの男が動かなくなったのを確認すると、ゼノは牢の中の二人に呼びかけた。
「荷馬車のうえで話を聞いたときも思ったんだけど、ゼノは何か特殊な訓練でも受けてるのか? 喧嘩が苦手とはとても思えないよ」
「……それは、牢から出られたのだから、この際どうでもいいでしょう」
先を行くヤンとゼノの会話に耳を澄ませながら、ラウルは深刻な面持ちで二人のあとを追った。
鉄格子がひしゃげるほどのちからを生身の人間が出せる筈がない。今は味方のようだが、この得体の知れない青年を信用して良いものか。
息子の隣を走る男に、ラウルは並々ならぬ脅威を感じていた。
茂みを掻き分けながら、三人は夜の森を移動した。
暗闇の奥に仄かに浮かぶ灯りを頼りに、月明かりに照らされた小道を進んでいくと、やがて樹々が途切れ、拓け場所に出た。
「馬だ!」
月明かりに照らされて佇んでいたのは、朽ちかけた倉庫のような建物と、それに隣り合うように建てられた馬小屋だった。馬小屋の外に繋がれている見慣れた馬の姿を確認して、ヤンが側に駆け寄った。
あまりにも軽率な行動だった。けれど、幸いにもこちらに見張りはいなかったようで、ゼノとラウルは揃って静かに安堵の息を吐いた。
野盗が村から奪った馬の中に、ヤンの家の馬車馬がいたのは不幸中の幸いだ。馬を繋いでいた縄を解き、手綱を握ってヤンが言った。
「あとはレナを助け出すだけだな」
馬小屋の向こう側の、森の拓けた崖の近くに建物が建っていた。光が漏れる窓からは、騒々しい歓喜の声が聞こえてくる。
きりりと表情を引き締め、足を踏み出し掛けたところで、ヤンはゼノに引き止められた。
「待ってください。ヤンとお父さんは、このまま馬を連れて森を出てください。レナさんは私が責任を持って必ず連れて帰ります」
あまりにも無謀に思える提案に、ヤンは勢いよくゼノを振り返った。何故と問い詰められるより先に、ゼノは淡々と口にする。
「あの場所に行けば、ヤンもお父さんも無事では済まないでしょう。ですが、私一人ならなんとかできる自信があります」
はっきりと言い切られたものの、ヤンにはゼノの言葉が理解できない。詰め寄ろうと一歩踏み出したところで、その足がラウルに止められた。
「聞こう」
それまで無言だったラウルがゼノを見据える。小さく頷いてゼノは続けた。
「お父さんのほうは薄々気が付いていたようですが、私は人間ではありません」
抑揚のない声で告げられた言葉に、ヤンは「冗談だろ」と口を挟みかけた。しかし、真っ直ぐに自分を見据えたまま言葉を連ねるゼノの表情は、とても冗談を言っているようには見えない。
ヤンが固唾を飲んでいると、ゼノは黙って茂みから木の葉を一枚ちぎり取り、足元に転がっていた小石を宙に投げた。間髪入れず、木の葉で十字に空を切る。地に落ちた小石は、綺麗に四つに割れていた。
ヤンとラウルが息を呑み、割れた小石を凝視する。
「これが先程のからくりです。私には人間にない特殊なちからがあります。武器など持っていなくても、木の葉や木の枝で人を簡単に殺すことができるのです」
と言っても、竜気を纏わなければ出せるちからは人間と殆ど変わらない。牢の鉄格子が生身の身体から繰り出した蹴りでひしゃげたのは、ゼノが竜気を纏って肉体を強化することで、人間が無意識に肉体にかける制限を取り払ったからだ。
「私は、人間の姿で暮らしながらも異種族との交流を禁じる種族に生まれ育ちました。人間という種族は自分本位で私利私欲のために平気で他人を陥れる生き物だと、幼い頃から教えられてきました。しかし、一人旅の途中、野盗に絡まれたところで貴方に出会い、その認識は間違っていたのではないかと考えるようになりました。
私は、あのとき危険を顧みず、見知らぬ相手を助けようとした貴方の優しさと勇気こそが、人間の本質であって欲しいと思っています。ですから、正しい行いをした貴方が理不尽な状況に追い込まれるのは忍びない。あのときの貴方が見ず知らずの私を助けようとしてくれたように、今度は私が貴方達の助けになりたい」
落ち着いた口調で一息にそう告げると、ゼノはにこやかに微笑んだ。閉じかけた瞼の奥に、紅玉のような瞳を覗かせて。
「だからどうか、ここからは私に任せてください」
***
茂みの間に細々と続く小道を、馬の手綱を握り、ヤンは父親と共に歩く。樹々の枝葉の隙間から注がれる月明かりだけが頼りだった。
ゼノの言葉に納得したわけではない。けれど、初めて街道で出会ったときのことや鉄格子のドアを蹴破ったこと、なんの変哲もない木の葉で小石を切り裂いた事実を考慮すれば、彼が常人とは違う特殊なちからを持っていることは確かだった。そして、銃を奪われたヤンやラウルでは、武器を持った野盗を相手に成す術がないことも。
「レナを、頼む……!」
自身の無力さに歯を食いしばる。
蒼白く輝く月を見上げ、ヤンは祈るように呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる