滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第一章 旅の途中

夜の終わり①

「どうした、食わねぇのか?」

 不敵な笑みを浮かべながら、男は器用に足の指を使い、木製の器をレナの前に移動させた。
 この部屋に入ってすぐにレナは縄から解放された。けれど、色鮮やかに盛り付けられた熟れた果実に目もくれず、レナは目の前の男をただ睨み続けていた。

 煌びやかに飾り立てられた室内には、数々の高級な調度品や装飾品が並んでいる。
 明らかに不似合いな柄の悪い大男が、部屋の中央に王のように座していることから、その全てが盗品であることは容易に想像できた。
 これらの品のために、ちからない多くの人々が血を流したに違いない。今夜、レナの両親が殺されたように。
 父と母の壮絶な最期を思い出し、レナの瞳に涙が滲んだ。

 今この部屋には、野盗の頭目であるバルトロとレナのふたりだけだ。ゼノもヤンもヤンの父親も、山路の途中で別の場所に連れて行かれてしまった。
 三人がどんな目に合わされているか、そんなことは考えたくもなかった。例え今夜は無事だったとしても、明日にはきっと、残虐な野盗達にいたぶられ、見るも無残な姿にされてしまうに違いない。
 レナだってそうだ。この部屋に通される前、噎せ返るような酒と香水の匂いが充満した広間で、村から奪ってきた酒や食料を貪る野盗達の向こうに見えたものが脳裏をよぎる。
 旅の道中で襲われたのか、或いは、何処かの村から攫われてきたのか。涙の枯れた虚ろな目でこちらを見ながら、只々野盗の欲望の捌け口にされている女達の姿がそこにあった。
 今、このときが過ぎれば、おそらくレナも彼女達の一員になるのだろう。

「おい、嬢ちゃん。聞いてるか?」

 絶望に呑まれつつあったレナの思考を、バルトロの声が突然遮った。現実に引き戻され、再び鋭利な視線を浴びせるレナに向かって、バルトロはおどけるように肩を竦めてみせた。

「そんな怖い顔すんじゃねぇよ。別に取って食ったりしやしねぇ。俺が殺りたいのは野郎どもだけだ」

 ぴくりとレナの眉尻が上がる。満足そうに頷きながら、バルトロは続けた。
 
「あいつらは俺の仲間を殺したのさ。厳密に言えばトドメを刺したわけじゃねぇ。でもな、脚を捥がれたら俺達は生きていけねぇんだ」

 そう言って目の前の器を手元に手繰り寄せ、熟した果実を手に取って勢い良くかぶりつく。赤い果汁が鮮血のように溢れ、バルトロの口元を濡らした。

「想像できるか? 弟が泣きながら俺の脚に縋り付いてくるんだ。脚が元にもどらねぇって。俺は奴らが許せねぇ。村での虐殺はその報復だ。だが、あんたを連れてきたのは、報復のためじゃねぇ」

 怒りを露わに双眸をギラつかせながら尚も続けたあと、バルトロは不意に口調を和らげ、子供をあやすようにレナに笑んでみせた。
 けれど、そんな野盗の事情などレナの知ったことではない。理解も同情もしたくなくて、レナは後先考えずに声を張り上げた。

「よくもそんな見え透いた嘘がつけるわね。広間に居た人達を見たわ。私もすぐに彼女達のようにされるのでしょう?」

 尚も敵意を向けるレナに「やれやれ」とぼやくと、バルトロは片膝を立て、レナの方ににじり寄った。床板がわずかに音を立てて軋み、レナが慌てて後退る。
 無遠慮に伸ばした指先でレナの栗色の髪の先に触れると、バルトロは諭すように低音を発した。

「あんな肉便器どもとあんたが同じだって? そんなことあるわけがねぇ。あの村の連中も、あんた自身も、あんたの価値がまるでわかっちゃいねぇんだよ」

 無骨な指でレナの柔肌に触れ、指先をゆっくり滑らせながら、バルトロは尚も続けた。

 「俺はいろんな土地で悪さをしてきた。金になるものは全て奪ってきたさ。金銀財宝だけじゃねぇ。希少な動物や種族、秀でた芸を持つ人間なんかをな。だが、あんたはその中でも別格だ」

 一息にそう告げると、バルトロはずいとレナに顔を近づけ、爛々と双眼を光らせて断言した。

「あんたの踊りはなぁ、言ってみりゃ『国宝級』なんだよ」

『国宝級』とはどう言うことか、レナには理解できなかった。
 確かに、子供の頃からレナの踊りは村のみんなに褒められてきた。村には他にも年頃の娘がいたけれど、誰一人としてレナと同等に踊れるものはいなかった。

 だが、だからと言って、そんな大袈裟に言われるような舞を自分は演じていたのだろうか。
 混乱するレナを他所に、バルトロは更に言葉を重ねていく。

「あんたを馬鹿どもの欲の捌け口にして、あの踊りを台無しにするような真似はしねぇ。あんたの踊りを、どんな金銀財宝よりも高く買ってくれるお偉いさんがいるんだ。この俺のように、あんたの価値を見極めることができる奴がな。いずれそいつに引き渡す、そのときまで、あんたは俺だけのための『舞姫』にしてやる」

 興奮を露わに捲し立てると、バルトロはレナの手を取り、強引に立ち上がらせた。

「踊って見せな。踊りさえすれば、あんたは他の女のような無残な目に合わずに済む」

 バルトロのぎらついた瞳が、真っ直ぐにレナを見据えた。
 踊れば助かる。バルトロは確かにそう言った。けれど、そんなことを言われたところで、この状況でいつものように踊ることなど無理に等しいことだった。
 強がってはいるものの、レナの全身は恐怖に縛られて思うように動かない。両親や村のみんなが無残に肉塊と化したあの光景が、鮮明に脳裏に焼き付いていて、今すぐにでも腰を抜かしてしまいそうなのだから。
 けれど、そんな泣き言を目の前の男が聞き入れるとは思えなかった。
 この男の言葉がどこまで真実なのか、レナには皆目検討がつかない。例え恐怖が原因だとしても、踊れない『舞姫』は必要とされないだろう。

「踊るんだ」

 立ち尽くしたまま震えるレナに、バルトロは尚も繰り返した。

「踊れ!」

 吼えるようなその声に、レナの恐怖は限界に達してしまった。
 両膝からちからが抜け、がくんとその場にへたり込む。全身をがたがたと震わせたまま、目の前で自分を見下ろす男の顔を、やっとの思いでレナは見上げた。
 壊れた玩具に落胆したようなバルトロの表情に、レナの身体がふたたび震えあがる。振り上げられた腕を前に、レナは固く目を閉じた。

 だが、拳は振り下ろされなかった。
 恐る恐るレナが目を開けると、動きを止め、訝しげに顔を歪めたバルトロが、その視線を扉へと向けていた。
 何やら隣の広間が騒がしい。
 いや、騒がしいのは元からだった。だが、その騒がしさが先程までとは何処か違うのだ。
 硝子や陶器が割れる音と女の悲鳴、怒声に混じった断末魔の叫び。
 喧嘩か、それにしては鬼気迫るこの雰囲気は、先だって村の広場で行われた、あの殺戮劇の再現かのように感じられた。

「くるぞ」

 震えてへたり込んでいたレナの腕を引き、抱き寄せると、バルトロは脇に置かれていた黒鉄の拳銃を手に取った。


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