滅びゆく竜の物語

柴咲もも

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第一章 旅の途中

脱出①

 泥で塗り固められた、所々岩肌の露出した壁にもたれかかりながら、ゼノは闇の中から見張りに立つ野盗の様子を伺っていた。
 洞穴の入り口を鉄格子の扉で塞いだだけの簡素な牢屋。ゼノ達が囚われているそこは、入り口からほんのりと月明かりが照らす他に灯りはない。闇に慣れた視界には、ぼんやりと隣に座る人物の輪郭が浮かんで見えていた。

 牢に入れられているのはゼノとヤン、そしてラウルだけだ。
 野盗のアジトに到着すると、三人はすぐさまこの牢に入れられた。両腕を背中に回した状態で縄で縛られ、両の足首を縛る縄で三人が繋がれた。
 当然のことながら、所持品は牢に入れられた際に取り上げられてしまった。ゼノが身に付けていた携帯用のナイフも、大切な親友の本も。

「俺たち、これからどうなるんだろう」

 ゼノの隣で膝を抱えて座っていたヤンが、ポツリと零す。
 どうなるもなにも、野盗の話から考えて、復讐という名目で拷問に近い仕打ちを受けるとしか考えられないが、そんなことはヤンも承知の上だろう。単純に、今この状況では何か喋って気を紛らわせていなければ耐えられないのだ。
 
「彼等が私たちを、肉体的に、或いは精神的に苦しめるつもりなのは間違いないでしょう。ですが、今はそんなことよりも、レナさんの方が心配ですね」

 ゼノが淡々と呟くと、ヤンの表情はたちまち翳りをみせた。
 レナに想いを寄せているヤンが、一人だけ別の場所に連れて行かれた彼女のことを心配しないわけがない。このような状況で女性であるレナが受ける仕打ちを想像できないほど、ヤンも子供ではないはずだ。ただ、自身のことすらどうにもできないこの状況で、口にすべきことではないと考えていたのだろう。

「ナイフが取られていなかったら、ここから逃げれたかもしれないのにな」

 悔しそうに口にして、ヤンは同意を求めるように隣に座るゼノを見た。ゼノは相変わらずの無表情で、格子の向こうの見張りを見つめている。
 見張りについている野盗は、時折牢の中を覗き込む素振りを見せながらも、暇を持て余しているように足をぶらつかせて木製の椅子に腰掛けていた。

「こちらの会話は聞こえていないのでしょうか」

 ヤンの言葉に応えるでもなく、ゼノが唐突に呟いた。
 
「復讐が目的なのであれば、近いうちにここから連れ出される筈です。そのときになったら、ヤンとラウルさんは私が責任を持って逃がしましょう。問題は、それまでにレナさんが酷い目に遭わされずに済むかどうか……」
「ちょ、ちょっと待って、ゼノ。逃がすって、この状況でどうやっ……」

 考え込むゼノに勢い込んで詰め寄ったヤンは、不意に両腕を後方に引かれて言葉を詰まらせた。興奮したヤンの動きを、繋がれた腕を引いてラウルが制したのだ。
 倒れそうになった身体を支えながら、ヤンは再び無言でゼノに詰め寄った。

「本当に聞こえていないようですね。これなら、迎えを待たずに逃げることが可能かもしれません」

 鉄格子の向こうを見据えたまま囁くようにそう告げると、ゼノはヤンとラウルを振り返り、真剣な口ぶりで話しはじめた。
 
「牢の中はこのとおり真っ暗です。暗闇に目が慣れた私達はお互いを認識できる程度には物が見えていますが、灯りを持って外にいる見張りには暗闇の中が見えません。それを利用します」

 言いながらゼノが身を捩り、後ろ手をもぞもぞと動かすと、ぷつぷつと何かが千切れる小さな音がヤンの耳に届いた。次の瞬間、ヤンの手に温かいものが微かに触れて、同時に両手首が縄から解放された。
 何が起こったのか理解できず、ヤンが自由になった両手をまじまじと見つめているうちに、続いて両脚も自由になった。
 ゼノは更に闇の中を移動し、ラウルの両手足を解放すると、言葉を発しようとしたふたりの口を掌で塞いで告げた。

「これからあの扉を破って外に出ます」



***


 つまらない仕事を押し付けられた、と男は思っていた。
 今頃アジトでは、村から連れ帰った娘を酒の肴にお楽しみが始まっていることだろう。一方で自分は、野郎が三人詰め込まれた牢屋の見張り役だ。真面目に番をするのも馬鹿馬鹿しい気分だった。
 牢に入れる前に三人の武器を取り上げ、各々の手足を縄で縛り上げておいた。見張りなどいなくとも、あの状態で囚人が逃げ出すことなどあり得ない。
 故に、男は牢の中の様子など、全く気にかけていなかった。

「放せよ、父さん! ここから逃げ出す方法を思いついたんだ!」

 突如として牢の中から聞こえてきた声に、男はハッとなった。振り返ってはみたものの、牢の中は闇に覆われて何も見えない。壁に掛けてあった灯りを手に取り、牢の中を照らすようにして男が暗闇の中を覗き込んだ。そのときだった。
 黒い影が突然目の前に躍り出た。と同時に勢い良く鉄格子の扉が開き、男の顔面に直撃した。
 得体の知れないちからでひしゃげた鉄の扉がのしかかり、男は顔を覆ったまま倒れこむと、そのまま意識を失った。


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