前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ

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10 ずっと側に(雪久)

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「で最近、どうなの」

長椅子の隣に座る友人の海北が顔色を伺うように訊いてきた。
今日は団子屋で昼休憩を挟み、お茶と団子を待っている所だった。

「嫁さんとの関係は良好か」
「どうなんだと言われても、上手くはいってない」
「……だろうな。最近、ずっと空気がピリピリしてるぞ。後輩から話かけられないほど恐いと、どうにかしろ」
「それほどか?」
「そうだ」

なんとも言えない表情をする海北は指摘されて、自身がそれなりにイライラしていることに気がついた。

「その不機嫌、多分相手に伝わっているから気をつけろよ」
「……わかっている」

図星を言われて素っ気なく返事をしてしまい、海北から乾いた笑いが飛ぶ。

「一度、家から離したほうがいいんじゃないか」
「……」
 
海北の言う通り、椿を一度家から離したほうがいいのではと考えるほどに仲は悪化していた。
理由は色々あるが、結婚してから数年経っても後継が生まれない事が一番の要因だと思っている。親族からそろそろ妻を変えろと言われた時は流石に反吐が出た。
そのせいで周りが彼女を追い詰めているのを知っているし、彼女自身も時間がないと焦っているのも。
無惨にも刻々と過ぎていく時間、彼女の顔から笑顔が消えていくのはそう遅くはなかった。
時間も作れず話したいことも話せず、嚙み合わず関係は悪化するばかり。

「俺は別に子供なんか要らないけどな」

誰に言うわけでなく呟く。
結婚してから数年、椿にこれと言って不満はない。
それに、後継がいないと責められるが俺以外に沢山の兄弟いるのだから、いずれは誰かが後継者となる。事実、一つ下の弟は結婚して、世継ぎの子供がいるというのに、あの家族は椿を決して認めようとしない。

「あれだな。雪久、嫁さんがいないと家を出てるだろ」
「そうかもな。椿がいないと、いる理由がなくなるからな」
「あはは、だろうな。その調子だと雪久はあと何回、身内と喧嘩する気だ」
「……もう、死ぬまでだな」

今すぐにでも仕事を放ってずっと側にいてやりたいが、現実問題そうはいかない。
二人で安定して生きていくには、どうしても椿を屋敷に置いていくことになる。もう一緒に夜逃げするしかないと夢を膨らませるが、ただの甘い夢だと。そう逃げた先は、地獄しかない。
椿にさらに地獄に飛び込めなんて到底言えない。
 
「粘り強く変えていくしないな。とりあえず、二人でどこかに行って息抜きしてみたらどうだ」
「息抜きか……考えてみる」

現状は急いだとしても変わらない、なら少し離れてみたって良いかもしれない。椿だけでも、逃避する事ができれば。

「はい、お待たせ。ふふん、今日はお団子が自信作だから!」

お茶と団子お盆に乗せて持って来た店員は、ご機嫌良く鼻を鳴らしては長椅子の真ん中に丁寧に置くとそれだけ言って帰って行く。
今日は美味しいのかと、3色団子を手に取った。

「なぁ、今の女の子可愛くなかった」
「……? そこまで見てない」
「ほら、見てみろよ」

後ろを指す海北に導かれるまま視線を動かせば、先ほどの店員が歩いていた。

「おっ、今日も陽菜ちゃん元気そうだね」
「うん、今日も元気だよー!」

店員である女性は話しかけられた客に対して、天真爛漫な笑顔で返すのだった。
その女性は人気なのか、店の奥に戻るまで老若男女関係なく沢山の人に話しかけられ、周りにいる客の視線を奪う。
団子屋の看板娘、といったところだろう。

「ほら、めっちゃ可愛いだろう。性格も良いって最高だな」
「そっ……そうだな……」

周りも、海北も、目を輝かせいたが、イマイチ分からなかった。
確かに顔の部位の均等が取れていて誰が見ても、綺麗の分類に入るだろう。
だが可愛いと訊かれれば、どうしても頭を捻る。好みじゃないと言われればそれまでだが。
じゃあ、俺が思う可愛いとは何かと真剣に考えて、椿が身振り手振り使って懸命にお喋りする姿が思い浮かんだ。

……それだ。

疑問が解決したと、俺は手に取っていた三色団子を一つ口に入れた瞬間、鳥肌が立った。

「おーい、雪久? どうした、固まって」

この団子、今まで食べた中で一番美味い。もっちりとした団子の中に餡子が入っていて、甘過ぎず団子の甘みも感じられ味加減が絶妙である。

「おーいって、駄目だ。どこか散歩してるな」

今度は椿を連れて来よう、と俺は二口目を頬張る。
しかし、この出会いが、運命が、最悪をもたらすとはつゆ知らずに、その店員に後日美味かったと伝える俺がいた。
もう、―――誰かの声が届かないほどに、椿の心は崩壊していたのだから。

 

 

 



「椿、とりあえず別荘に行け。ここに数ヶ月ほど顔を見せるな。俺も後で行く」
「はい……」

静かになった応接間。憔悴した椿は俯きながら使用人に連れて行かれる。
海北は怒りが収まらないのか、応接間にあったソファーに音を立てて座り足を組んだ。
こちらを鋭く睨む。


「雪久、はっきり言うが身内だとしても、裁くべきだ」
「甘いことくらい、分かっている。今回のことは俺の責任でもある。椿が裁かれるなら、俺もそうなるまでだ」
「……っ、そういう事が言いたいじゃなくてだなっ」
「頼む、彼女が落ち着いてからしてくれ。誰の声も届かない状態では、意味がないと俺は思う……」

深々と頭を下げると、友人から初めて聞く大きなため息を吐き、一度目を閉じてから「分かった」と納得してくれた。

「陽菜の諸々はこちらで受け持つ。何か不便があるなら、屋敷の使用人に全て言ってくれ、必ずどうにかする」
「雪久はどうするんだ」
「今回の後始末をする」
「分かった。俺は陽菜の様子を見てくる」
「よろしく頼む」

椿が間接的起こした事件の数々。たくさんの人間に迷惑をかけてしまったのは事実、全ては無理だが一つでも事が収まるなら端から端まで自身で始末をつけるしかない。
 
本当に何をやっているのか、自分は。
 
変えたいと言いながら、彼女を何一つとして理解する事ができなかった。守ることもできなかった。
どんどん後悔と怒りで心が荒んでいく、それでも起きたことを覆すことは出来ず、後始末を片す事しかできない自分。

そう思ったのが最後、別荘に行った時には椿はいなかった。

「何故、いない?」
「それは、その、奥様のお父様とお母様が来てこちらで預かると……、大旦那様から許可は下りていたので、旦那様も同意したものと……」

怯えながら状況を説明する使用人である彼女。
椿をあの状態で引き渡せば良くない扱いを受けるというのに、引き渡したという事だ。
分かっている、行動も、言葉も、使用人達は父親の命令に従っただけで悪くないと。が、舌打ちを打ちたくなるのは仕方ない。
その音に使用人達はビクッと体を揺らす。

「もっ、もう、申し訳ありません」
「どこにいる。椿は実家いるのか? 居場所を教えろ、誰かは知っているだろ」
「それは、大旦那様の許可がないと」
「お前は誰の使用人だ。いいから、教えろ」

使用人達をほぼ脅し。情報を聞き出した、俺は椿の実家に足を向けることになった。

何故あの人はいつも俺の邪魔をしてくる、そんな苛立ちを抱えながら海北を連れて椿の実家に乗り込んだ。
最初はここにはいない、の一点張りだったが、ある悲鳴が聞こえてきて状況は一転する。

「旦那様! 奥様! 椿様がっ」

使用人の一人が応接間の扉を音が鳴るほど荒く開けた。
椿の親が席を立ち上がる前に、俺は海北と目を合わせて顔面蒼白の使用人に駆け寄る。

「椿、どこだ」
「こちらです!」

使用人はすぐに案内を始めた。「待ってください」と椿の母親は止めようとしたが「まぁまぁ」と海北が間に入り、俺は使用人について行く。
案内されたのは日がほぼ当たらないジメジメとした地下。入り口は知っている者しか分からないように、巧妙に隠されていた。

「もう、お医者さまは、よ、お呼びしていますから」
「医者? どういうことだ」

土の壁、石の地面。足を滑らせないように階段を降りていくと開けた場所が降り立ち、鉄格子が見えてきては湿った鉄の匂いが漂い。
上からポタポタと落ちてくる水滴により、岩の地面に水溜りを作り、細い水の道が出口に向かって伸びてきていた。
しかし、透明であるはずの水は赤く茶色く染まり、どんどんこちらに赤色が迫ってくる。

「つばき……?」

無用心に開かれた鉄格子、言葉を失った。
鉄格子の中は、転がる銀色と赤い水溜りが最初に目に入り、それらを辿るように目線を動かせば横たわる椿がいた。

「……ゆ……ひ……さま」
「……」

ふらふらと歩いていたら、いつの間にか、椿の背中を支えていた。
まだ、意識はあるようで定まらない虚な目が、こちらを見つけては、フッと弱々しく口角を上げる。

「ゆ……め……」

赤い手を伸ばしてきては俺の頬をひと撫でする。
椿は柔らかく目を細めると、俺の頬に赤い縦線を作ってはダラリとすぐに細い手は滑り落ちていく。
気力を失った手が地面に打ちつける前に手に取り。手の中で冷たくなっていく細い体を強く握りしめた。

「雪久……」

背後から声をかけてきたのは海北。周りを見れば、椿の親も地下に来ていた。

「大丈夫だ。すぐに医者に見せる」

そうだ、俺たちは家に帰らないと、軽くなった椿の体を横に持ち上げては、地上に上がる階段に向かう。
歩くたび、椿の手足はだらりと揺れる。

「雪久……もう彼女は」
「大丈夫、正気だ。けど、ここにいれない」

海北が言いたい事は手に取るように分かっている。けれど、彼女を牢獄で眠らせる訳にはいかなかった。
意思が伝わったようで、海北は階段から離れ、何も言わず椿の親は塞いでいた道を開けた。

「ありがとう」

俺はそう言って地下室を後にして、やっと椿と地上に帰ることができた。

固くなっていく体に、地下まで続く赤い点々を見ては、いずれはこうなっていたのではと漠然と思う。
ただ今回のことがきっかけすぎない。

――――俺しかいないと知っていたのに彼女の手を離してしまった。
また、繋ぎ直せるなんて保証はないというのに、離してしまった。

彼女の人生はなんだったのだろうか。ずっと籠の中、少しでも思い描いていた未来を見れたのだろうか。


自身の無力さが言葉にできないほどに胸を締め付けられ、何も見たくない、何も聞きたくない、目の前は霞むが不思議と涙は出て来なかった。
太陽に見た時には、もう、涙は枯れていた。
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