前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ

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突然だか、俺は海北が苦手だ。
前世では雪久の仕事の同僚であり、友人であった。現世でも友人であり、同級生の男は明るく、気さくで話しやすく、友人を大切にする良さを持っているが、どうにも前世から好きになれない。
今でも、会話一つしていないのに見ただけで嫌悪するほどに。
何故なら……

「お前、椿だろ」

登校の日の朝、背後から声をかけられ止まって振り返ったのがいけなかった。後ろには、背が高くガタイが良い男、海北が腕を組み仁王立ちしていたからだ。

「やっぱりな」
「……、人違いです」
「おいおい、どこに行くんだ。言っておくがここで巻いても明日があるからな」

そこまで言われたのなら、走りたい足を止めて海北と向き合うしかない。

「で? なに。遅刻するので内容は簡潔にしてください」
「椿だという事は、否定しないだな」

海北にそう指摘されて鼻で笑う。この男の呼びかけに振り向いた時に俺は椿だと言っているものだから、今更否定する気になれない。
証拠もないのにこの勘の良さ。この男のせいで俺の前世の悪業が全て明るみに出たと言って過言ではない。
最初から怪しまれていたから、隠れてコソコソやるなんて事はこの男がいる時点で、無理だったというわけだ。

「そうおっしゃるなら、海北様は何故椿だと思ったのですか。お聞きしても?」
「そんなの、初対面なのにあんな睨まれたら誰だって勘繰るだろ」

雪久や、陽菜、前世の知り合いがいる時は出来るだけ何も反応しないように気をつけたが、俺の中の嫌悪が勝り海北を睨んでしまっていたようだ。
ーーーだって見ただけで胸が悪くなるのだから、仕方ない。

「それは、すみません。今後、あなた方と一切関わる気がないので、では」
「まて、まて、話は終わってないからな」

頭を下げて早々に立ち去ろうとしたが、海北は立ち塞がり

「今度は一体何するつもりだ」

と言い放つ。責め立てるような物言いに口が開き「はぁ?」と息が吐き出た。

「何が言いたい? 出会ったのはあの一度だけで、あんた達に一切関わってないはずだけど」
「雪久と連絡取り合っていても、か」
「……それは。あっちが……関わってきて」
「どうだが。取り入ろうとわざと近づいたんじゃないのか」
「違う!」

思わず声を張り上げてしまった。
だって、本当にあの人に近づくつもり無かったし、関わるつもりもなかった。出逢ったのは予期せぬ事故みたいもので、自分から決して逢いたいと願ったことはない……はず……。
海北はその声に目を丸くして少々驚いたが、すぐに厳しい表情は戻っていく。
 
「まぁ、そこはどうだって良いけど、これ以上こっちに踏み込むなよ。お前、やったこと忘れた訳じゃないよな」
「……だから、関わらないと言ってるだろ。あと何回復唱させる気だ」
「それなら良いんだけどな。まぁ、散々こっちは嘘つかれたんだ。だから、お前の言葉は信用しない」
「……信用なんか」
「あの時の状況や境遇は同情するし、それで切羽詰まっていたのも分かっている。それはそれだ。関係ない陽菜がどれだけ傷ついたか。次、陽菜や友人に何かしてみろ、今度はタダじゃおかないから」

朝からわざわざ一人で会いに来たと思えば、俺に忠告するためだったらしい。
直接言われなくとも、分かっている。
何年もこっちはアンタ達から息を潜めて避けてきたんだ。
何も知らないくせ、何も知らないのに、鞄の持ち手に力が入り、紐が細く皺になっていく。

「じゃあ、その友人さんに俺に関わらない事を言っておいてください」
「……雪久は分かっているのか」
「珍しく愚問ですね。雪久様が俺のことなんかわかる訳ないでしょ。友人や仲間がそんなに大事なら、二度と俺に関わるな」

自然と語彙は強く、額に皺を溜めたまま俺は踵を返し足早に海北から離れた。
その間も呼び止められたが無視をする。身勝手な行動だと自覚しているが、そうしなければ八つ当たりしそうだったから、逃げた。
進みながらどうにか不安定になる気持ちを整えて、海北に図星を言われたくらいで動揺する自分に呆れる。

忘れたのか。あの日を境に私は、俺は嫉妬で狂ったのだから、忘れるはずがない。
最後には歯止めが効かなくなって、陽菜という女性に間接的とはいえ尊厳を破壊しかけたのだから。
周りのお陰で未遂で済んだが、もし、一線を超えていたら自分の命一つ分では足りなかっただろう。
前世のことだからと割り切りつもりも無いし、あの人達と再び関係を持ちたいと思わない。

ーーーあの人に近づき過ぎた。
 
イライラする。これ以上踏み込むなという忠告は間違いではない事が。
関われば死ぬだとか、因縁がどうあれ、生きている場所が違いすぎる。無理に割入ったところで碌なことにならないと、俺である椿が自ら証明してくれている。
そう、どう捻じ曲げても上手くいくはずがない。
決して、謙遜とか自信がないからではない、人には適任適所がある。
居場所を間違えれば、残酷だが追い出されるのは当然だ。

事件を起こしたからあの屋敷を追い出されたのでない、事件を起こさなくても俺はあの屋敷から遅かれ速かれ追い出されていたと今は思う。
あの完璧な家に無能を置いておくほど優しくはないと知っている。

色々と振り回されてばかりだったが、海北と話してやっと冷静になれた。
椿だと周知されたのなら、一旦足を止めて鞄からスマホを取り出しあの人の名前を映し出す。
すると、画面には今日も返事がし難い、食べ物の写真だけが送られてきていて「フッ」と息が漏れる。

「なんだ、簡単だったんだな」

結局は未練だったのだ。スマホにあの人の名前を消さずに残している時点で、心の奥底で期待していた。
ずっと諦めきれなくて、少しでも離れたくなくて、未練たらたらでひどく醜くて哀れだ。
あの人、今でもこの気持ちを知られたくはないし、ぶつけたくはない。
好きだけでは、どうにも出来ない世の中だと知っているから、『消去』という文字に指先をのせる。

あと一回くらいは一緒にいたかったな。

自身の顔が綺麗だったら、素直で可愛い人間であったなら、少しでもチャンスがあったのかもしれない。残念なことに、昔も、今も、俺は何一つとして待ち合わせていない。
嘆いても仕方ないから『好きな人ができました』という文字共に、スマホからあの人の名前を消す。自分から好きと言っておいて、可笑しな話だけど。
大丈夫、俺はあの人ことをまだ好きじゃないと言いながら、指先は震えて画面を小突く。

好きだけど離れたい、離れたいけど側にいたい、ずっと矛盾し続ける感情と行動。もう、椿が好きなのか、俺が好きなのか、分からなくなってきた。
この気持ちは、誰なんだろう。
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