精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第425話 北の町でウンディーネおかあさんに会った

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 王都を出て四日目、わたし達はラインさんの実家のあるブルーメンにいた。
 ここまでくると目的地アルムートは目と鼻の先、ここに寄らずに行ってしまうこともできたの。
 だけど、せっかく余裕を持って日程を組んだので、今日はこの町で一泊することにした。
 ウンディーネおかあさんが作った泉を中心に広がる美しい町と聞いていたので一度訪れたいと思っていたの。

 まだ、昼過ぎの早い時間に着いたわたし達は早々に宿を決め、宿から街中をぶらつきながら泉のある森に向かうことにしたの。

 ブルーメンは貴族が夏の避暑に訪れるだけあって美しい街並みで、漆喰の塗られた白壁の木造の建物が整然と軒を連ねている。
 花の町を謳うだけあって、立ち並ぶ家々の窓辺にはちょうど見頃を迎えたゼラニュームが赤い花を咲かせた鉢植えが置かれていた。

「花が街中に溢れている、綺麗な町だね。
 まるでお伽話の世界に入り込んだよう。」

 ヤスミンちゃんはそう言って街の美しさに見惚れていた。
 北部地方の町は何処もきれいだけどこの町は群を抜いているかもしれない。

 美しい町並みを堪能しながら歩くこと十分ほど、本当に街の中心部に森があった。
 ブルーメン子爵に聞いたとおり、森自体が公園として町の人々の憩いの場になっているみたい。
 夏の昼下がり、森の中に作られた遊歩道、そこに置かれたベンチで寛ぐ人の姿が見られる。

 明るい森だ、適度に間伐され丹念に下草を掃った森。
 人の立ち入りを拒むような鬱蒼とした森ではなく、人を迎え入れることを前提に整えられた森。

 その中に敷かれた遊歩道を森の中心に向かって歩いていくと、なにやら馴染みの気配がした。
 ハンナちゃんもそれに気付いたようで、いきなり走り出したの。

 ハイジさんとヤスミンちゃんは何事が起きたのかと心配したが、わたしは心配しないでと伝えた。

 そして遊歩道の先、視界が開けるとそこには今も滾々と清らかな水を湧かせる泉があった。
 泉の畔で湧き出る水を優しい瞳で見つめながらたたずむ人影、何処に思いをはせてるのか…。

 そんな人影に走り寄ったハンナちゃんがいきなり声を掛けたの。

「ウンディーネ様、こんにちは!また会えて凄くうれしい!」

 当然、近付いてくるハンナちゃんの気配には気付いていたのだろう。
 ウンディーネおかあさんは驚くことなく、目の前に立ち止ったハンナちゃんの頭を撫でて相好を崩した。

「こんにちは、ハンナちゃん。私も会えて嬉しいわ。
 本当に久し振りね、しばらく見ないうちに随分大きくなって。」

 頭を撫でられたハンナちゃんは気持ち良さそうに目を細めている。

「おかあさん、こんなところで会うとは思わなかった。
 今日はどうしたの?」

 ハンナちゃんと会って上機嫌のウンディーネおかあさんに尋ねると。

「先日、ターニャちゃんに会ってから、ふとここを作った男を思い出してね。
 以前、パーティの席でここの今の領主から一度町を見て欲しいと言われたでしょう。
 ちょうど良い機会なので見に来たの。
 ターニャちゃんこそ何でここにいるの、安静にしてなくて良いの?
 もっとゆっくりしていけば良かったのにすぐ帰っちゃうんだもの、おかあさん、寂しかったわ。」

 そう言えば、目を覚まして一日安静にしたら、すぐにポルトへ行ったんだよね。
 ウンディーネおかあさんはわたしを心配してもう少しゆっくり休んで行けと言ったのに。

「心配かけてごめんね。
 ここに来たのは静養のためだから安心して、無理はしないから。
 それで、おかあさんはここで何を考えていたの、なんか遠い目をしていたよ。」

 さっき、ウンディーネおかあさんが遠い目をしていたのは、遥か昔を思い出していたからみたい。

「あの葦が生い茂る湿原が今はこんな美しい町になり、周囲は緑豊かな大地なっている。
 人の営みは凄いね、二千年もの間、力を合わせこつこつと積み上げてこれだけの成果を出すのだから。
 私が造った泉もこんなに大事に守られている、あの男もその子孫も本当に律儀だね。」

 ウンディーネおかあさんは、この町の領主と領民のみんなを賞賛している。
 人は精霊のような大きな力を持つものではない、一人一人は小さな力しか持たない。
 それでも力を合わせ長い時間を掛けて大きなことを成し遂げたということに感心したみたい。

「なによりも、この森が居心地がいいわ。
 光も風も良く通ってとっても清々しい、森がとても大切にされているのが分かる。
 適度に間伐をして、木々の生育状況に良い環境になっているわ。」

 ウンディーネおかあさんが森と森を管理している人を褒め称えた時のこと。

「うるせえ!なにが居心地の良い森だよ、森なんか一枚の銅貨も生み出さないじゃないか。」

 いきなり、近くのベンチで項垂れていた酔っ払いが絡んできた……。


     **********


 ウンディーネおかあさんは、その酔っ払いを見て気を悪くした様子も見せず。

「あらあら、昼間からこんなに酔っ払って、子供の教育によくないわ。
 飲みすぎはダメよ、誰彼かまわずに絡む程飲むといつか手酷い目にあうわよ。」

 哀れみを込めた瞳を向けて声を掛けると『癒し』を施した。
 柔らかな青い光が酔っ払いの全身を包み、それが体に吸い込まれるように消えていく。

 しばらくすると、酔って赤ら顔になっていた男の顔色は健康な色を取り戻した。 
 と同時に正気に戻ったみたい。

「すまねえ、ちっと仕事が上手くいかず、むしゃくしゃしていたもので。
 つい昼間から深酒をしてしまった。」

 しおらしく謝ってきたの。
 その態度に、ウンディーナおかあさんは満足そうに微笑み、言ったの。

「いったいなんで、そんなにむしゃくしゃしているのかしら。
 そういう時は、他人に話して発散するのが良いのよ。
 何の力にもなれないけど、話くらいは聞いてあげるわよ。」

 また、この人は野次馬根性を出して……。
 見ず知らずの他人にそんなペラペラと話す人がいる訳ないじゃない。

 と思ったのだけど、いました、ここに。

「俺は数年前からここで商売を営んでいるのです。
 運よく、有力なスポンサーがついてくれたおかげでこの町に店が持てたんです。」

 この町は花卉の栽培で非常に裕福な人が多いらしい。
 それに目を付けて王都で流行している最先端の衣服や宝飾品などを王都から仕入れて販売しているそうだ。

 あれ、どっかでその話し聞いた覚えがあるよ……。
 その商売が中って、現在結構な利益が上がっているようなの。

 この町に店を出す時、スポンサーになった人が言ったらしい。

「今始める商売が成功すれば、追加で出資してもよい。」

 この男はその言葉を信じており、今の商売が軌道に乗ったので配当金と共に次の商売の計画書を送ったそうだ。
 当然、資金の追加出資の依頼と共に。

 しかし、この一年、なしの礫らしい。

 業を煮やしたこの男は、スポンサーからの出資を待たずに、この町の領主に事業を持ちかけたらしい。一枚噛まないかと。

 その商売というのが、今いるこの森を伐り払って、ここに一大屋内商店街を建てようというもの。
 元々、この男はこちらの商売がしたかったらしい。
 ただ莫大な資金を要することから実績作りのため、手始めに今の仕事を始めたそうだ。

「領主に話を持ちかけたのに、まともに取り合ってくれないんだ。
 この町は冬場三ヶ月間も雪に閉ざされる、そんな時に雪に邪魔されずに買い物が出来る。
 そんな商店街があれば、流行ると思わないかい。
 大きな一つの建物を造って、そこを小さなスペースに区切って小売商に貸し出すんだ。
 服屋とか、食材屋とか、飲食店なんかも良いな。
 とにかく、そこで色々な物を売るんだ。
 そうすれば、単に買い物をするだけではなく、その店に来ること自体が娯楽になるだろう。
 冬場、雪に閉ざされるこの町にとっては絶好の気分転換の場になる。
 うってつけの商売だと思わないか。」

 ああ思い出した。
 この人、『黒の使徒』が王都に送り込んだリストから出資を受けていた人だ。
 リストが捕まったことを知らないんだ。

「俺がそう言って説得しても、事業計画書すら見てもらえない。
 この森は、この町を開く時力を貸してもらった女神様が下された大事な泉を守るものだ言うんだ。
 それで、絶対に伐採は許さないの一点張りなんだ。
 為政者が女神さまなんていう子供だましのお伽話を信じてどうするんだ。
 普通、町のど真ん中にこんな無駄な森はないと思うぞ。
 せっかく、俺がこの森を金がなる木に変えてやろうというのに。」

 この人、知らぬこととは言え、その女神様を目の前にしてよく言えるな。怖いもの知らずな…。
 そう思って、わたしはウンディーネおかあさんの様子を窺った。
 怒っているかと思ったウンディーネおかあさんは意外にも上機嫌だった。

 この男の言葉よりも、領主の対応に感心したみたい。

 このまま、話をしていてもラチがあかないので、わたしは口を挟むことにした。

「ねえ、おじさん、そのスポンサーってリストって言う男だよね。
 リストは高利貸や人身売買の罪でとっくの昔に捕まって、終身刑で服役しているよ。
 もう、追加出資はあきらめた方がいいよ。
 それから、この森が作り出す町の風景が評判で、この町に避暑に訪れる貴族が多いらしいよ。
 大事な観光資源なんだから、領主さんがうんと言う訳ないじゃない。」

 この男、リストが捕まったと聞いて顔を青くした。赤くなったり、青くなったり、忙しい人だ……。
 そして、わたしの話を最後まで聞かずに、走り去ってしまった。

 リストが捕まったことを確認に動くためだろう。
 当てにしていた金蔓が捕まってしまったと聞いて泡を食ったのだと思う。
 わたしのような子供の言葉を疑わずに動いたのは、わたしがリストと言い当てたからだろうね。

「随分と忙しない男だな……。」

 ウンディーネおかあさんが呆れていたよ。



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