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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない
第426話 小さい頃はおかあさんと一緒に寝ていました
しおりを挟む泥酔していた男が立ち去った後。
「おかあさんはこれからどうするの?」
わたしはウンディーネおかあさんに今後の予定を聞いてみたの。
「特には決めていないわ。
帰ろうと思えばすぐにも帰れるし、私には宿も食事も要らないから適当にふらつくつもりよ。
この辺に立ち寄るのも二千年ぶりだし、ゆっくり見て回るのも良いわね。」
それを聞いたハンナちゃんがウンディーネおかあさんに抱きついたの。
そして、
「じゃあ、ウンディーネ様も一緒に行こうよ。
ハンナたちはしばらくこの近くでのんびり過ごすつもりなの。
みんな一緒の方が楽しいよ。
それでね…、夜はターニャお姉ちゃんとハンナと三人で一緒に寝るの。」
ウンディーネおかあさんも一緒に行こうと誘った。
ハンナちゃんの可愛いおねだりにウンディーネおかあさんは相好を崩して言ったの。
「ハンナちゃんは嬉しいことを言ってくれるのね。
そうだね、ターニャちゃんとも一緒に旅したことはなかったわね。
ターニャちゃんは森を離れるまで、森から一歩も出たことなかったから。
それも良いね。
ターニャちゃん、一緒に言ってもいいかしら。」
もちろん、わたしに否はない。ハイジさんも頷いているし、大丈夫だろう。
「もちろん、お母さんと一緒に旅が出来るなんて嬉しいな。」
こうして、ウンディーネおかあさんがしばらく一緒に旅することになったの。
**********
その晩、ホテルの寝室で。
「わーい、今日からウンディーネ様も一緒だ、嬉しいな!」
ハンナちゃんを中央にわたしとおかあさん、三人揃ってベッドに入るとハンナちゃんがはしゃいでいる。
こんな無邪気なハンナちゃんは久し振りに見た気がする。
「まあ、ハンナちゃんは可愛いわね、小さい頃のターニャちゃんを見ているようだわ。
ハンナちゃんよりまだ小さかった頃は、私達が交代でターニャちゃんと一緒に寝たのよ。」
わたしは小さな頃一人では寝付けずによくぐずったらしい。
そのため、五人のお母さんが交替で一緒に寝てくれたの。
それぞれ、寝物語に色々な話を聞かせてくれたのだけど…。
ウンディーネおかあさん以外はわたしを拾うまで積極的に人に関ろうとはしてこなかった。
それこそ、気まぐれに人の手助けをしたことがあるくらい…。
そんな中で、ウンディーネおかあさんだけは人の子供を育てた経験があり、その子の思い出を色々聞かせてもらったの。
その子供が今お世話になっている国の王祖だとは教えてくれなかったのだけど。
その子供と旅をした話は、ちょっとした冒険譚みたいでワクワクしながら聞いたっけ。
「ハンナも捨てられる前はお母さんと一緒に寝ていたの。
うんとね、ウンディーネ様と一緒にいるとお母さんといるみたいで安心するんだ。
今日は、お母さんとお姉ちゃんと一緒に眠れて凄くうれしいの。」
「そう言ってもらえると私も嬉しいわ。
本当のお母さんだと思って甘えていいのよ。」
ウンディーネおかあさんの言葉を聞いてハンナちゃんが尋ねた。
「でも、ウンディーネ様ってみんなのお母さんみたいな感じがする。
今日の酔っ払いにもあんな失礼なことを言われたのに優しい目で見ていた。
まるでお母さんが自分の子を見るような目をしていたよ。
あの時なんで怒らなかったの?」
「うん、昼間のことかい?
あんなの可愛い孫が駄々をこねているようなものよ。
ハンナちゃんは知っているよね、この国は私の娘が創った国だって。
私の娘が生涯をかけて築き上げた国だもの、愛おしいに決まっているでしょう。」
ウンディーネおかあさんは、ヴァイスハイトさんが国民一人一人をわが子のように慈しんでいたとして、その末裔達なのだから自分の孫のようなものだといった。
孫が癇癪を起こしているのだと思えば、それすら可愛く見えるというの。
それに、ラインさんのお父さんがあの商人に、森や泉が大切なものだから絶対に伐るのを許さないと言った事が凄く嬉しかったらしい。
今日実際に森と泉を見て、その言葉通りに大切に守られているのが分かったと言う。
「ハンナちゃん、あの酔っ払いの言葉くらいで一々腹を立てていてもキリがないわ。
それにね、自分と意見が違うからって、聞く耳を持たないのはダメよ。」
ウンディーネおかあさんは、色々な考え方の人がいるから、人って面白いのだと言った。
狭量な人になったらダメだよとわたし達を戒めたの。
ただ、人には自分で決める自由があるのだから、ある特定の考えを一方的に押し付けるのはダメと諭してくれたの。
あの酔っ払いは自分の考えを一方的に領主に押し付けようとしているところがダメだと言うの。
「それに、あの酔っ払い、結構良いことを言っていたわ。
やっぱり雪に閉ざされる冬場は人にとって辛いものなの。
あの酔っ払いが作りたいと言っていた施設みたいなモノがあれば喜ぶ人が多いと思うわよ。」
ヴァイスハイトさんが人の社会に出た頃は、今よりも文化も技術も遅れていて建物も粗末な掘っ立て小屋のような物だったという。
そんな社会では雪に閉ざされる冬は、人にとって恐怖でしかなかったと教えてくれたの。
ヴァイスハイトさんは冬を越えられなかった命を目にして何度も心を痛めたそうだ。
そんな様子を見ているので、ウンディーネおかあさんは人にとって冬は辛いものと認識しているみたい。
冬場の雪国に雪を気にせずに出かけられる所があれば喜ぶ人も多いだろうって、あの酔っ払いの言ったことに感心していた。
「ただ、別に他の人が大切にしているものを壊してまで作るものではないわね。
今日見て分かったと思うけど、この町の多くの人の憩いの場になっているの。
他所から来た人みたいだからそこが分かっていないのね。」
あの酔っ払いは自分の考えに凝り固まって視野が狭くなっているのだとウンディーネおかあさんは言うの。
別にあの森の拘らなくても他の場所でも良いだろうって。
最後にウンディーネおかあさんが、
「ターニャちゃんも、ハンナちゃんも、意見や立場が違う人の言葉をキチンと聞くことが出来るような度量の広い大人になってね。
色々な考え方の人がいるから人って面白いし、人の社会は進歩するのだから。」
と話を終える頃には、ハンナちゃんはウンディーネおかあさんに抱きついてスヤスヤと寝息を立てていた。
「あらら、寝ちゃったわ。
少し堅い話をしすぎたかしら?」
ウンディーネおかあさんが気に病んでいるけど、気にする必要はないと思う。
ハンナちゃんは、いつもこのくらいの時間にはお眠だから。
ほどなくして、わたしもウンディーネおかあさんに寄り添ったまま眠りに落ちたのでした。
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