精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第424話 ハンナちゃんが気付かせてくれた

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 アルムート男爵領へ向かう魔導車の中、ソファーの隣に腰掛けいつになくわたしにべったりのハンナちゃん。
 何故かとてもご機嫌な様子。

「今日はとてもご機嫌だね。」

 そう感想を漏らすと、ハンナちゃんはわたしの腕に抱きついて満面の笑みを浮かべて言ったの。

「うん、だって、ターニャお姉ちゃんとこうして何日も掛けて旅をするのは久し振りだもん。
 ソールさん達が各地に拠点を作ってから、拠点まで転移してその周りを動くだけでしょう。
 慌ただしくて周りをゆっくり見ている暇がないじゃない。
 今日からは、こうしてターニャお姉ちゃんを独り占めして、のんびりと旅が出来るんだもん。
 ご機嫌にもなるよ。」

 ハンナちゃんに指摘されて気が付いた。
 そういえばこの一年活動領域を広げすぎたせいで魔導車で回っていられなくなった。
 拠点間を転移してばかりだったね。
 そう言えば、以前のように魔導車の中で眠ることもなくなった。
 最初の頃は二台目の魔導車に設えた大きなベッドでミーナちゃんと三人並んで寝たよね。

 そう急く事はない、少しのんびりしよう、ハンナちゃんにそう教えられた気がするよ。

 ルーナちゃんの実家、アルムート男爵領の領都アルムートまでは約三十五シュタット。
 急げば三日で着く距離だけど、わたしの体調に気遣ったハンナちゃんがのんびり行こうと主張したの。
 話し合いの結果、五日かけてゆっくり進むことになったの。
 
 王都を出て少し西へ行へ進むと、お馴染み王国を南北に貫く大街道に出る。
 そこを曲がってわたし達はこの街道の終点まで一路北を目指すの。

 王都から北はこの国が出来た頃からの領地が多いと学園の授業で習った。
 ヴァイスハイト様と一緒に国作りに力を注いだ貴族の末裔が多いためか、森が凄く多い。
 帝国と違って凄く空気が清浄なの。瘴気が薄いのでホッとするよ。

 ここから先は、エルフリーデちゃんの実家、アデル侯爵領まで小麦畑が続く豊穣の地。
 車窓を流れ行く緑の景色に、わたしが機嫌を良くしていると。

「ね、ターニャお姉ちゃん、こっちにきて良かったでしょう。
 少し顔色も良いよ。」

「ハンナちゃん……。」

 わたしの体を気遣ってくれるのだろう、ハンナちゃんは言葉を続けた。

「ポルト公爵がね、孤児院の子供たちに素敵な言葉を贈ってくれたの。
 慌てて大人になろうとする必要はない、子供のうちに良く遊びよく学ぶのだよって。
 ターニャお姉ちゃんはここのところ急ぎすぎだと思う。
 少し、ゆっくりした方が良いと思うんだ。」

 ハンナちゃんの言う通りだと思う、わたしはまだ十二歳の子供だ、慌てて大人になることはない。
 似たようなことは、以前ミーナちゃんにも言われたっけ。
 頭ではわたしもそう思っているの。

 でも…、あの時のネルちゃんの顔を、あの時のソフィちゃんの顔を思い出すと気が急くんだ。
 もしかしたら、この瞬間にも失われる小さな命があるかもしれない、また遅刻するかもって。

 わたしがそんなことに思いを巡らせていたら、ハンナちゃんが言った。

「ターニャお姉ちゃんが、ネルちゃんのお姉さんやソフィお姉さんが守っていた男の子達を救えなかったことを気に病んでいるのは知ってる。」

「えっ……。」

 わたしが今考えていたことを言い当てられて焦っていると、ハンナちゃんはこう続けたの。

「でも、ターニャお姉ちゃんは救えなかった人のことを悔やむより、救えた人のことを誇るべきだよ。
 ハンナはこうして生きている、ターニャお姉ちゃんがあの時見つけてくれたから。
 ロッテちゃんだって、餓死寸前のところをターニャお姉ちゃんに救ってもらえた。
 何よりも、ポルトの孤児院のみんなを救えたじゃない。
 ターニャお姉ちゃんが行かなければ、あの中の何人が生き延びられたか分からないんだよ。
 遅刻なんてしていない、十分間に合ったじゃない。
 みんなを救おうなんて無理だよ、ターニャお姉ちゃんは神様じゃないんだから。」

 ハンナちゃんが必死になってわたしを励ましてくれる、だから無理しないでと懇願するように。
 ハンナちゃんにこんな悲しそうな顔をさせたらダメだね、反省しないと。

 わたしが努めて明るい表情を取り戻すようにしながら、ハンナちゃんに答えたの。

「心配かけてごめんね。
 それに、ずっと一緒だよって約束したのにおいてけぼりにしちゃってごめん。
 今年の夏は帝国での活動はもうしない。
 夏休みはまだ三十日くらいあるから涼しい北部地方でのんびり静養するよ。
 だから、一緒に旅を楽しもう。」

「うん、ターニャお姉ちゃんとゆっくり旅行できるなんて嬉しいな。
 ルーナさんの領地の方へは行ったことがないから楽しみだね。」

 わたしが謝り、もうこの夏は帝国に行かないと言ったので、ハンナちゃんを表情を緩めてくれたの。
 旅行が楽しみだという言葉は本心のようで、わたしの腕に抱きついて本当に楽しそうにしている。

 こんな無邪気なハンナちゃんは久し振りに見た気がする、ずっと我慢していたんだね。
 振る舞いが大人しいので気付いてあげられなかった、悪いことをしてしまったよ。


     **********


 今回の旅程は少し余裕を持って組んだので、宿泊は大きな領地の領都にしたの。
 王都から北に向かう街道は避暑のため貴族が多く往来する。
 そのため主要な領地の領都には貴族向けの高級ホテルがあるから。
 ハイジさんが同行しているので、警備が手薄な宿に泊まるわけにはいかないからね。

 本音を言えば、魔導車の中で泊まった方が空調が効いているし、保安面でも安全なのだけど…。
 最近魔導車を使って何日も旅をすることがなくなったのでベッドを設えた魔導車を全て応接セットに変えてしまったの。

 一泊目、夕食も終えて後は寝るだけとなったとき、ハンナちゃんが枕を抱えてやって来た。

「ターニャお姉ちゃん、今日は一緒に寝たらダメ?」

 そういえば、ハンナちゃんを引き取って最初の頃はよく一緒に寝たっけ。
 上目遣いにわたしを窺うハンナちゃんに、わたしからは否はなく、

「本当に久し振りだね、もちろんかまわないわよ。
 もし良かったら、これから旅の間ずっと一緒に寝ようか?」

とハンナちゃんを誘うと、ハンナちゃんは遠慮がちに、「いいの?」と問い返してきたの。

「もちろん」

 わたしがそう答えるやいなや。

「わーい、ターニャおねえちゃんと一緒だ!」

 ハンナちゃんは満面の笑みを浮かべベッドに飛び込んできたの。
 その無邪気に喜ぶ様子は三年前に初めて会った頃のハンナちゃんを髣髴とさせたの。

 その晩は眠りに就くまでベッドの中でいろいろなことを話した。
 ハンナちゃんはポルトの孤児院での出来事を中心に、ネルちゃんがザイヒト皇子の夏休みの課題を手伝ってあげていることとかソフィちゃんが心ここにあらずの時が目立ちみんなに心配さてていたとかそんな話を聞かせてくれた。
 ソフィちゃんがポルト公爵の養女になると公表された時は孤児院が沸いたらしい。
 皇后として嫁ぐためとは言わなかったそうだ、まだ決定ではないからね。

 わたしの方からは、ヤスミンちゃんの村の話やマルクさんの村の話、それにケントニスさんがソフィちゃんのことをしきりに気にしていた話なんかをした。

 そして、ハンナちゃんは寝入りばなに言ったの。

「ハンナはね、ターニャお姉ちゃんに『一緒に来ない』と誘われた時が一番嬉しかったの。
 いらない子だったハンナに、ターニャお姉ちゃんは『ずっと、一緒だよ』って言ってくれた。
 今でも、一番嬉しかったことはそれなの、たぶんこの先もずっと。
 だから、いなくなっちゃいイヤだよ。」

 そう言うとわたしに抱きついたまま寝入ってしまった。
 ハンナちゃんはまだ八歳、この小さな子を一人ぼっちには出来ない。
 そう思ったのはこの日何度目だったか……。


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