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最終章 それぞれの旅路
第488話 ロッテドルフ誕生秘話(笑)
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何の冗談かと思いました。
私の幼馴染、ハンナちゃんがやってきて言ったのです。
「ロッテちゃん、あなた今日から東部辺境一帯の代官ね。
お給金は弾むから期待してね。」
**********
ハンナちゃんと私は同い年で、六歳の頃にあった大飢饉で餓死しかけているところを聖女様に救われた仲です。
私は聖女様に村を救ってもらい、身寄りのないハンナちゃんは聖女様に保護されました。
その後も、聖女様は毎年のように東部辺境にこられて民の救済を行ったのです。
ハンナちゃんもそれに付いて来て、毎年夏になると一緒に遊びました。
その間、私はあいも変わらず普通の村娘として育ったのですが、ハンナちゃんは聖女様の支援で隣国の貴族様が通う学校に進学しました。
ある年、ハンナちゃんが言ったのです。
文字の読み書きと計算が出来ると大人になった時に色々とやれることが増えて得だよと。
その年から、夏にハンナちゃんがやってくると精霊の森の屋敷で毎日決まった時間読み書きと計算の勉強をするようになりました。
ハンナちゃんは厳しくて毎日決めた量の勉強が終らないと遊んでくれないのです。
村娘の私には読み書き、計算の勉強がなんの役に立つのか分りませんでした。
村には読み書きができる者などおらず、文字を書いた物など見た事がなかったですから。
すると、ハンナちゃんはお気に入りの絵本を見せてくれました。
とても、きれいな絵が描かれたその本を読みながら言ったのです。
「文字が読めるようになれば、こんな風に本が読める。
本には楽しい物語が書いてあるものもあれば、食べられる草や薬になる草が書いてある本とか役に立つ知識が身に付くものもある。
文字が読めなければ、それを知ることが出来ないんだよ。」
その本は隣国の王祖様が民を救って歩く話でハンナちゃんが読んでくれるのをワクワクして聞いていました。
その時、ハンナちゃんの言う通り文字の読み書きができれば世界が広がることを知ったのです。
精霊の森にあるお屋敷には図書室があり、本がたくさんありました。
文字が三種類もあり、綴りも読み方も違うのに四苦八苦したのも良い思い出です。
ハンナちゃんか遊びに来るのは年数回で精霊の森のお屋敷にはそのときしか入れませんでしたが、来る度に本を貸し出してくれました。
いつしか、毎回新しい本を貸し出してもらうのが楽しみになっていたのです。
計算に関してもそれが何って感じでした。
ハンナちゃんは、「計算が出来なければ屋台で買い食いをしたとき、お釣りを誤魔化されても分らなくて損をするよ」と言うのです。
その時は、「お釣り?何それ美味しいの?」という感じでした、お金を見たことないのですから。
東部辺境は貨幣経済が成り立っていませんでした、物々交換です。
狩った魔獣の魔晶石を行商人が持ってきた物に引き換えてもらうのです。
今から思えばひどいボッタくりの様だったみたいです。
そんな私に、ハンナちゃんは王都の広場で買い食いをした時の話とか町の様子を交えながら色々と話を聞かせてくれました。
町ではお金がないと暮らして行けないという事もハンナちゃんの話で始めて知ったのです。
そして、私が住む村に貨幣経済が浸透してきたのはその直ぐ後のことでした。
聖女様が与えて下さった精霊の泉の水を隊商の人々の無償で配ったところ、村が隊商の人達の補給所になったのです。
王国との交易の途中で村に立ち寄る人が増え、村に商店が出来始めたのです。
その頃、村でまともに読み書き、計算が出来るのは子供の私だけで、重宝されたことは今でも覚えています。
また、ある年のことです。
ハンナちゃんが東部辺境巡りに誘ってくれました。
私が生まれた村から出たことないと知って、聖女様の救済行脚に同行させて頂いたのです。
初めて見る村の外の景色は凄く新鮮でした。
いえ、ごめんなさい、初回は始めて乗った魔導車に興奮してしまい、周りの風景は全然見ていなかったです。
しかし、同行を続けること数回で東部辺境の様子が分ってきました。
東部辺境の村はどこも貧しく、聖女様の施しが無ければ行き詰っていた村が多かったのです。
聖女様は、そんな村々を回り、食べ物を施し、癒しを施し、森と泉と畑を与えて回ったのです。
私達の聖女様、ターニャ様とミーナ様が施しを始めたのは八歳の頃、私より二つしか年上ではなかったのです。
とても真似できることではないと、子供ながらに感心したのを覚えています。
そんな聖女様が東部辺境を初めて訪れてから四年後のことです。
その頃は東部辺境の村も大分食糧事情が改善し、飢えで苦しむことは無くなっていました。
誰もが聖女様に感謝していたところに、突然の訃報がもたらされました。
聖女様のお一人、ターニャ様がお亡くなりになったと。
まだ、ターニャ様は十二歳です、とても信じられませんでした。
しかし、一年ほど経って村の広場に聖女様の石像が建てられた時、村のみんながターニャ様がお亡くなりになったことを理解したのです。
石像が完成したときには、村の人達全員が石像に手を合わせて涙していました。
***********
それから、五年ほど経ったある日のことです。
いつものようにふらっとやってきたハンナちゃんが吐いたのが冒頭のセリフです。
意味が分らないです。
私はただの村娘ですよ、ハンナちゃんのように貴族様と同じように学んだ訳ではないのです。
第一、それをハンナちゃんから言われるのが謎です。
するとハンナちゃんが何かに思い至った様に言ったのです。
「あっ、ゴメン、まだここまで情報が届いていなかったか。
私、先日この国の皇帝になったから。言ってなくてごめんね。」
幾ら幼馴染でも、人をからかうのはいい加減にして欲しいです。
皇帝なんてもの、そんな気軽になれる訳がないのは幾ら私でもわかります。
私がハンナちゃんにからかわれたと思い憮然としていたときのことです。
「ハンナちゃんが言っているのは本当のことだよ。」
何処からともなく、懐かしい声が聞こえてきました。生涯忘れることの無い声です。
私が周囲を見回すとその人は突然目の前に姿を現しました。
「ロッテちゃん、久し振りだね。 五年振りかな、大きくなったね。」
忘れもしない聖女様です、五年前の姿そのものでした。
「聖女様!」
そう叫ぶと私は涙ながらに聖女様に抱きついたのです。
そのとき、始めて気付きました、この方、何でこんなに小さいのだろうと。
その後、聖女様がこれまでの経緯を説明してくださいました。
聖女様が人間でなくなってしまったというのは驚きでした。
そして、死んでしまった聖女様の跡を継ぐ者としてハンナちゃんが皇帝に祭り上げられてしまったことも。
**********
「それでね、ここ東部辺境は帝国の直轄領となっているのだけど。
実際は今まで無政府状態だったの、だから『黒の使徒』が好き勝手やっていた訳なんだけど。
従来、税金もまともに取れない土地をきちんと管理しようと思わなかったのね。
それで、ターニャお姉ちゃんのおかげで東部辺境の人達の暮らし向きも大分良くなったでしょう。
ロッテちゃんの村だって交易の要衝としてずいぶん賑わっているし。
だから、ここを東部辺境の拠点として代官所を開設しようと思うの。
安心して、急に税金を取るなんていわないから。」
ハンナちゃんの説明では東部辺境を穀倉地帯にする計画もあり、今後の発展を見越してここに代官所を設けるということでした。
「でも、代官って、偉い人がなるものじゃないの?お貴族様とか?」
私の質問にハンナちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をして言ったのです。
「その偉いのにロクな奴がいないのよ。
皇宮に務める官吏の半分近くがロクに計算も出来ないとは思わなかったわ。
ロッテちゃん、あなた、読み書き、算術を忘れていないわよね。
あれだけきっちり教え込んだのだから、忘れたとは言わせないわよ。」
いや、忘れてはいませんけど、あの程度でいいのだろうか。
私がそれを尋ねるとハンナちゃんは満足そうに答えました。
「ロッテちゃんなら、そう言ってくれると思ったわ、上出来よ。
ロッテちゃんには、読み書き、算術に関しては王立学園の中等部くらいの水準のモノを教えたの。
今の皇宮にはロッテちゃんよりもマシな官吏は半分もいないから安心して良いわ。
ロッテちゃんがいてくれて本当に助かったわ、今日から代官の仕事よろしくね。」
どうやら、皇宮は酷い人材不足のようです。
ハンナちゃんの話では『黒の使徒』の連中があからさまな縁故採用をした結果だそうです。
あいつら、本当にロクでもないことばっかりやって……。
まさか、こうなることを予期して私に読み書き、計算を教えた訳じゃないよね。
思わずそう勘繰りたくなりました。
「ところで、この村、何と言う名称なの?
私、子供のときから一度も聞いた事がなかったのだけど。
だから、みんな、『ロッテちゃんの村』って呼んでいたんだ。」
ハンナちゃんが今更な事を私に問いました。決まっているじゃないですか……。
「無いよ、村の名前なんかある訳ないじゃない。
他の場所と交流がないのよ、名前をつける必要がないわ。
隊商の人は瘴気の森の前の村って呼んでいる。」
村の名前なんて複数の村があって始めて必要とするものです。
殆んどの人が村から出ることなく生活して死んでいくのです、「うちの村」で十分です。
ハンナちゃんが考え込んでしまいました、代官所を置くからには村の名称が必要なのでしょう。
「まあ、無いなら仕方ないわね。
じゃあ、私が呼んでいたままでいいわ、考えるの面倒臭いし。
今日からここは『ロッテドルフ(ロッテちゃんの村)』ね。はい、決まり。」
抵抗する間もありませんでした。
なんていい加減な……。
面倒臭いで済ましていいものでしょうか、仮にも東部辺境の開発拠点とする場所ですよ。
でも、後になって、その気持ちが理解できました。
代官になって最初の仕事は東部辺境の村々を回って戸籍を作る事でした。
その際、村に名称がないと不便であることに気付いたのです。
その時、一々考えるが面倒だと言う気持ちが理解できたのです。
私もハンナちゃんに倣う事にしました、村の長老の名前を聞いてそこにドルフ(村)と付けてお終いです。
皇帝と同じことをしているのです、誰にも文句は言わせません。
こうして、東部辺境の開発拠点となった私の住む村は、私の名を取って『ロッテドルフ』となりました。
ただの村娘が地名に名を残すことになったのです。
名称を考えるのが面倒だと言うだけの理由で。
**********
そんな、いい加減に名称が決まったロッテドルフですが、ハンナちゃんの言ったとおり東部辺境の開発拠点としてこの二十年で目覚しい発展を遂げました。
ハンナちゃんが建てた無茶苦茶立派な代官所、当初は空き部屋ばかりでした。
しかし、今では部署も官吏も増えて部屋は全て埋まりました。そろそろ足りなくなりそうです。
従来どおり、王国と帝国を結ぶ陸上交易の要衝としての役割に加え、東部辺境全体の行政の中心としての役割を果たしたからです。
更に、『東部辺境総合開発計画』に基づき、ロッテドルフ周辺が穀倉地帯に変わりつつあります。
特に、土木関係の商会を営むザイヒト氏と名医とたたえられるネル女史の夫妻が移り住んでからの発展には目を見張るものがありました。
先日、ハンナちゃんが視察に来て言いました。
「もう村の域を超えているわね、いっそのこと改名しましょうか。
『ロッテブルク(ロッテちゃんの都市)』とか『ロッテシュタット(ロッテちゃんの町)』とかどう?」
これには、力いっぱい反対させていただきました。
改名するなら私の名を外して真面目に考えてください。
そう主張すると、ハンナちゃんは心底嫌そうな表情を見せて言ったのです。
「じゃあ、いいわ、このままで。名前考えるの面倒臭いもの。」
どうやら、私の名前はこのまま残るようです……。
私の幼馴染、ハンナちゃんがやってきて言ったのです。
「ロッテちゃん、あなた今日から東部辺境一帯の代官ね。
お給金は弾むから期待してね。」
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ハンナちゃんと私は同い年で、六歳の頃にあった大飢饉で餓死しかけているところを聖女様に救われた仲です。
私は聖女様に村を救ってもらい、身寄りのないハンナちゃんは聖女様に保護されました。
その後も、聖女様は毎年のように東部辺境にこられて民の救済を行ったのです。
ハンナちゃんもそれに付いて来て、毎年夏になると一緒に遊びました。
その間、私はあいも変わらず普通の村娘として育ったのですが、ハンナちゃんは聖女様の支援で隣国の貴族様が通う学校に進学しました。
ある年、ハンナちゃんが言ったのです。
文字の読み書きと計算が出来ると大人になった時に色々とやれることが増えて得だよと。
その年から、夏にハンナちゃんがやってくると精霊の森の屋敷で毎日決まった時間読み書きと計算の勉強をするようになりました。
ハンナちゃんは厳しくて毎日決めた量の勉強が終らないと遊んでくれないのです。
村娘の私には読み書き、計算の勉強がなんの役に立つのか分りませんでした。
村には読み書きができる者などおらず、文字を書いた物など見た事がなかったですから。
すると、ハンナちゃんはお気に入りの絵本を見せてくれました。
とても、きれいな絵が描かれたその本を読みながら言ったのです。
「文字が読めるようになれば、こんな風に本が読める。
本には楽しい物語が書いてあるものもあれば、食べられる草や薬になる草が書いてある本とか役に立つ知識が身に付くものもある。
文字が読めなければ、それを知ることが出来ないんだよ。」
その本は隣国の王祖様が民を救って歩く話でハンナちゃんが読んでくれるのをワクワクして聞いていました。
その時、ハンナちゃんの言う通り文字の読み書きができれば世界が広がることを知ったのです。
精霊の森にあるお屋敷には図書室があり、本がたくさんありました。
文字が三種類もあり、綴りも読み方も違うのに四苦八苦したのも良い思い出です。
ハンナちゃんか遊びに来るのは年数回で精霊の森のお屋敷にはそのときしか入れませんでしたが、来る度に本を貸し出してくれました。
いつしか、毎回新しい本を貸し出してもらうのが楽しみになっていたのです。
計算に関してもそれが何って感じでした。
ハンナちゃんは、「計算が出来なければ屋台で買い食いをしたとき、お釣りを誤魔化されても分らなくて損をするよ」と言うのです。
その時は、「お釣り?何それ美味しいの?」という感じでした、お金を見たことないのですから。
東部辺境は貨幣経済が成り立っていませんでした、物々交換です。
狩った魔獣の魔晶石を行商人が持ってきた物に引き換えてもらうのです。
今から思えばひどいボッタくりの様だったみたいです。
そんな私に、ハンナちゃんは王都の広場で買い食いをした時の話とか町の様子を交えながら色々と話を聞かせてくれました。
町ではお金がないと暮らして行けないという事もハンナちゃんの話で始めて知ったのです。
そして、私が住む村に貨幣経済が浸透してきたのはその直ぐ後のことでした。
聖女様が与えて下さった精霊の泉の水を隊商の人々の無償で配ったところ、村が隊商の人達の補給所になったのです。
王国との交易の途中で村に立ち寄る人が増え、村に商店が出来始めたのです。
その頃、村でまともに読み書き、計算が出来るのは子供の私だけで、重宝されたことは今でも覚えています。
また、ある年のことです。
ハンナちゃんが東部辺境巡りに誘ってくれました。
私が生まれた村から出たことないと知って、聖女様の救済行脚に同行させて頂いたのです。
初めて見る村の外の景色は凄く新鮮でした。
いえ、ごめんなさい、初回は始めて乗った魔導車に興奮してしまい、周りの風景は全然見ていなかったです。
しかし、同行を続けること数回で東部辺境の様子が分ってきました。
東部辺境の村はどこも貧しく、聖女様の施しが無ければ行き詰っていた村が多かったのです。
聖女様は、そんな村々を回り、食べ物を施し、癒しを施し、森と泉と畑を与えて回ったのです。
私達の聖女様、ターニャ様とミーナ様が施しを始めたのは八歳の頃、私より二つしか年上ではなかったのです。
とても真似できることではないと、子供ながらに感心したのを覚えています。
そんな聖女様が東部辺境を初めて訪れてから四年後のことです。
その頃は東部辺境の村も大分食糧事情が改善し、飢えで苦しむことは無くなっていました。
誰もが聖女様に感謝していたところに、突然の訃報がもたらされました。
聖女様のお一人、ターニャ様がお亡くなりになったと。
まだ、ターニャ様は十二歳です、とても信じられませんでした。
しかし、一年ほど経って村の広場に聖女様の石像が建てられた時、村のみんながターニャ様がお亡くなりになったことを理解したのです。
石像が完成したときには、村の人達全員が石像に手を合わせて涙していました。
***********
それから、五年ほど経ったある日のことです。
いつものようにふらっとやってきたハンナちゃんが吐いたのが冒頭のセリフです。
意味が分らないです。
私はただの村娘ですよ、ハンナちゃんのように貴族様と同じように学んだ訳ではないのです。
第一、それをハンナちゃんから言われるのが謎です。
するとハンナちゃんが何かに思い至った様に言ったのです。
「あっ、ゴメン、まだここまで情報が届いていなかったか。
私、先日この国の皇帝になったから。言ってなくてごめんね。」
幾ら幼馴染でも、人をからかうのはいい加減にして欲しいです。
皇帝なんてもの、そんな気軽になれる訳がないのは幾ら私でもわかります。
私がハンナちゃんにからかわれたと思い憮然としていたときのことです。
「ハンナちゃんが言っているのは本当のことだよ。」
何処からともなく、懐かしい声が聞こえてきました。生涯忘れることの無い声です。
私が周囲を見回すとその人は突然目の前に姿を現しました。
「ロッテちゃん、久し振りだね。 五年振りかな、大きくなったね。」
忘れもしない聖女様です、五年前の姿そのものでした。
「聖女様!」
そう叫ぶと私は涙ながらに聖女様に抱きついたのです。
そのとき、始めて気付きました、この方、何でこんなに小さいのだろうと。
その後、聖女様がこれまでの経緯を説明してくださいました。
聖女様が人間でなくなってしまったというのは驚きでした。
そして、死んでしまった聖女様の跡を継ぐ者としてハンナちゃんが皇帝に祭り上げられてしまったことも。
**********
「それでね、ここ東部辺境は帝国の直轄領となっているのだけど。
実際は今まで無政府状態だったの、だから『黒の使徒』が好き勝手やっていた訳なんだけど。
従来、税金もまともに取れない土地をきちんと管理しようと思わなかったのね。
それで、ターニャお姉ちゃんのおかげで東部辺境の人達の暮らし向きも大分良くなったでしょう。
ロッテちゃんの村だって交易の要衝としてずいぶん賑わっているし。
だから、ここを東部辺境の拠点として代官所を開設しようと思うの。
安心して、急に税金を取るなんていわないから。」
ハンナちゃんの説明では東部辺境を穀倉地帯にする計画もあり、今後の発展を見越してここに代官所を設けるということでした。
「でも、代官って、偉い人がなるものじゃないの?お貴族様とか?」
私の質問にハンナちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をして言ったのです。
「その偉いのにロクな奴がいないのよ。
皇宮に務める官吏の半分近くがロクに計算も出来ないとは思わなかったわ。
ロッテちゃん、あなた、読み書き、算術を忘れていないわよね。
あれだけきっちり教え込んだのだから、忘れたとは言わせないわよ。」
いや、忘れてはいませんけど、あの程度でいいのだろうか。
私がそれを尋ねるとハンナちゃんは満足そうに答えました。
「ロッテちゃんなら、そう言ってくれると思ったわ、上出来よ。
ロッテちゃんには、読み書き、算術に関しては王立学園の中等部くらいの水準のモノを教えたの。
今の皇宮にはロッテちゃんよりもマシな官吏は半分もいないから安心して良いわ。
ロッテちゃんがいてくれて本当に助かったわ、今日から代官の仕事よろしくね。」
どうやら、皇宮は酷い人材不足のようです。
ハンナちゃんの話では『黒の使徒』の連中があからさまな縁故採用をした結果だそうです。
あいつら、本当にロクでもないことばっかりやって……。
まさか、こうなることを予期して私に読み書き、計算を教えた訳じゃないよね。
思わずそう勘繰りたくなりました。
「ところで、この村、何と言う名称なの?
私、子供のときから一度も聞いた事がなかったのだけど。
だから、みんな、『ロッテちゃんの村』って呼んでいたんだ。」
ハンナちゃんが今更な事を私に問いました。決まっているじゃないですか……。
「無いよ、村の名前なんかある訳ないじゃない。
他の場所と交流がないのよ、名前をつける必要がないわ。
隊商の人は瘴気の森の前の村って呼んでいる。」
村の名前なんて複数の村があって始めて必要とするものです。
殆んどの人が村から出ることなく生活して死んでいくのです、「うちの村」で十分です。
ハンナちゃんが考え込んでしまいました、代官所を置くからには村の名称が必要なのでしょう。
「まあ、無いなら仕方ないわね。
じゃあ、私が呼んでいたままでいいわ、考えるの面倒臭いし。
今日からここは『ロッテドルフ(ロッテちゃんの村)』ね。はい、決まり。」
抵抗する間もありませんでした。
なんていい加減な……。
面倒臭いで済ましていいものでしょうか、仮にも東部辺境の開発拠点とする場所ですよ。
でも、後になって、その気持ちが理解できました。
代官になって最初の仕事は東部辺境の村々を回って戸籍を作る事でした。
その際、村に名称がないと不便であることに気付いたのです。
その時、一々考えるが面倒だと言う気持ちが理解できたのです。
私もハンナちゃんに倣う事にしました、村の長老の名前を聞いてそこにドルフ(村)と付けてお終いです。
皇帝と同じことをしているのです、誰にも文句は言わせません。
こうして、東部辺境の開発拠点となった私の住む村は、私の名を取って『ロッテドルフ』となりました。
ただの村娘が地名に名を残すことになったのです。
名称を考えるのが面倒だと言うだけの理由で。
**********
そんな、いい加減に名称が決まったロッテドルフですが、ハンナちゃんの言ったとおり東部辺境の開発拠点としてこの二十年で目覚しい発展を遂げました。
ハンナちゃんが建てた無茶苦茶立派な代官所、当初は空き部屋ばかりでした。
しかし、今では部署も官吏も増えて部屋は全て埋まりました。そろそろ足りなくなりそうです。
従来どおり、王国と帝国を結ぶ陸上交易の要衝としての役割に加え、東部辺境全体の行政の中心としての役割を果たしたからです。
更に、『東部辺境総合開発計画』に基づき、ロッテドルフ周辺が穀倉地帯に変わりつつあります。
特に、土木関係の商会を営むザイヒト氏と名医とたたえられるネル女史の夫妻が移り住んでからの発展には目を見張るものがありました。
先日、ハンナちゃんが視察に来て言いました。
「もう村の域を超えているわね、いっそのこと改名しましょうか。
『ロッテブルク(ロッテちゃんの都市)』とか『ロッテシュタット(ロッテちゃんの町)』とかどう?」
これには、力いっぱい反対させていただきました。
改名するなら私の名を外して真面目に考えてください。
そう主張すると、ハンナちゃんは心底嫌そうな表情を見せて言ったのです。
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