精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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最終章 それぞれの旅路

第489話 たとえ、立場が変わっても……

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 こんにちは、ソフィです。
 
 私、ソフィは十二歳のとき帝国の皇太子であるケントニス様の許に嫁ぐことが決まりました。
 当時帝国では貴族と平民を隔てる壁は厚く、平民、しかも孤児であった私が皇太子に嫁ぐなど周囲が許すとは思えなかったのです。

 その時、孤児院のある町の領主、ポルト公爵が手を差し伸べてくれたのです。
 ポルト公爵が私を養女に迎え入れてくださり、ポルト公爵令嬢としてケントニス様に嫁ぐ道を用意してくださったのです。

 ポルト公爵は、以前から本を寄贈してくださったり、食材を提供してくださったり孤児院に大変良くしてくださっています。
 私達孤児を蔑むことなくとても大切にしてくださるのです。
 そのときも、スラムのときから私と共に居た妹分二人も一緒に引き取ってくださいました。
 私はその慈悲深さに心から感謝したのです。


「私達夫婦は一人娘を嫁に出してしまって寂しかったのだよ。
 君たちが来てくれて本当に嬉しいのだ。」

 私達を迎え入れてくださった時、公爵はこうおっしゃったのです。
 その言葉通り、公爵は私達三人を実の子の様に慈しんでくださいました。

 大人を怖がりあまり人に懐かなかった二人の妹分も、公爵が心から歓迎してくださっていると理解したのでしょう。
 一月もしないうちに、「おじいちゃん」、「おばあちゃん」と言って公爵夫妻に懐くようになりました。
 フローラ姫様から「おじいちゃん」、「おばあちゃん」と呼ばれたことがないと言う公爵夫妻は相好を崩して喜んでいました。

 私はというと公爵夫妻はとても良くしてくださいましたが、甘やかされる訳ではありませんでした。
 帝国の次期皇后に相応しいように厳しく躾けられたのです。
 
 礼儀作法や立ち居振る舞いから始まって、貴族に必要とされる教養など最高の家庭教師が付けられました。
 五年の月日が流れ、自分でもそれらが身に付いてきたかなと感じていた頃、公爵夫妻からも合格が出ました。
 何処に嫁がしても恥ずかしくない淑女だと言ってもらえたのです。


     **********


 そして、ケントニス様の許へ嫁ぐまで後一年あまりとなった日のことです。
 
 ケントニス様が突然ポルトにやってきました。
 お義父様と私の向かいに座ったケントニス様は神妙な面持ちで言ったのです。

「私は来春の早い時期に皇帝を退くことになりました。
 ソフィさんは皇帝で無くなった私の許に嫁いで来てくれるだろうか。」

 寝耳に水です、ケントニス様は皇帝の座についてまだ五年しか経っていません。
 本格的な治世はこれからといっても良いくらいです。
 それなのにもう退位すると言うのです。いったい何があったと言うのでしょうか。

 それはともかく、ケントニス様の問い掛けに対する答えは決まっていました。

「私はお人柄に惹かれたからケントニス様に嫁ぎたいと思ったのです。
 ケントニス様が皇帝だから嫁ぎたいと思った訳ではございません。
 ケントニス様がどのようなお立場になろうと嫁ぐという意思に変わりはございません。」

 私の答えにお義父様も頷いてくださいました。
 そして、お義父様はケントニス様に問い掛けたのです。

「私はソフィの気持ちを尊重するので反対はしない。
 だが、事情は説明してもらえるのだろうね。」

 もっともな事です、私もこれから尋ねようとしていました。

「皇帝の座は二人とも良くご存知のハンナちゃんに譲ることにしました。
 残念ながら今の帝国を立て直すには私では力不足でした。
 民衆からの支持があり、神の如き力を振るう彼女こそ皇帝の座に相応しいと思ったのです。」

 これには、私もお義父様も驚きでした、たった十五歳の少女に帝国を託すと言うのですから。
 普通であれば、何と無責任なと非難されるところだと思います。

 しかし、やつれた姿で事情を話すケントニス様を誰も非難することは出来なかったのです。
 『黒の使徒』が残した負の遺産は大きく、特に人材の劣化が酷いようでした。
 何をするにも人手が足りず、帝国の復興は計画よりも大きく遅れていました。
 中々、暮らし向きが良くならないことに民衆が焦れていたのです。

 二千年の長きに亘り『黒の使徒』は帝国を腐らせてきたのです。
 五年やそこらで、目に見えた改善を施すのは困難だと少し考えればわかることです。
 でも、カツカツの生活を強いられている民衆にはこれ以上の耐乏生活は無理だったのです。

 そんな民衆を導くためにはハンナちゃんの超常の力と『聖女』と崇められるカリスマ性が必要なのだとケントニス様は言いました。
 私は目にしたことがないのですが、ハンナちゃんの振るう力は不毛の荒野をたちどころに緑の大地に変えると言います。さすがに、そんな力の持ち主と並べられたら立場がないです。

 しかし、為政者に求められる資質というのはそういうものだけではないはずです。
 広い視野と正確な状況判断力、共に為政者に必要とされる能力で、ケントニス様がその面で劣っていると言うことは無いはずです。
 いえ、だからこそ気付いたのですね、当時の帝国に必要なのは黙っていても民衆が付き従うようなカリスマ性だと。

 自分の伴侶となる人を貶すわけではありませんが、ケントニス様は為政者としては線が細いのです、人を引っ張っていく力強さに欠けるというのでしょうか。
 端的に言うと存在感が薄いのです、カリスマ性のある人とはある意味対極にある人ですね。

 それまでの経緯を語るケントニス様の表情は自分の不甲斐無さを悔しく思っているようでした。
 苦渋の決断だったのですね。


     **********


 一通り事情を把握したお義父様が言いました。

「事情はだいたい飲み込めました。
 陛下がそう決断されたのであれば、私が口を出すことではございません。
 それで、陛下は退位された後、どうなさるつもりですか。」
 
「私は潔く中央の政から手を引くつもりなのだ。
 先帝が宮廷に居ると新皇帝が何かとやり難いであろうから。
 幸い、帝都の直ぐ近くに私が子爵の爵位と共に有する領地がある。
 そこで、領主をするつもりでいる。
 ソフィさんは子爵夫人となるが、豊かな領地なので生活に不自由をさせることは無いと思う。
 そこで、一緒に孤児の救済事業を始めようと思っている。」

 ケントニス様は、私と出会ったときの約束、『二人で力をあわせて孤児を救う』と言う約束を守ってくださったのです。

 その領地は帝都から馬車で半日もかからない位置にあり、小さいながらも非常に豊かな領地だそうです。当然税収も多いです。
 幼少の孤児を保護し成人まで育てるのには大きな資金が必要となります。
 財源が豊かなその領地が最適と判断したそうです。

 また、商工業が盛んなため、孤児院を巣立つ際に職を見つけるのも不自由しないだろうとのことでした。いざとなれば、求人の多い帝都まで行って職を探すことも出来ると言います。
 
 更に、ハンナちゃんからケントニス様が孤児の救済事業を行うなら、帝国から補助金を出す様にすると約束してくれたとのことでした。
 当初、ハンナちゃんは王国同様に孤児院を国の直轄事業にしようと考えていたようです。
 しかし、当時の帝国は問題山積で、ハンナちゃんのするべきことは溢れていたのです。

 ケントニス様が孤児の救済事業を責任持って手がけるのであれば、ハンナちゃんの仕事が一つ減って大助かりだと言ったそうです。
 そして、本来国がするべき事業を請け負うのだから、相当程度の補助金を出すと約束してくれたとのことでした。

 ハンナちゃんから出た要望は、孤児の救済事業は王国の制度を倣って欲しいというものでした。
 王国の孤児救済の要は、孤児に対する待遇は一律平等にすること、そしてその待遇は一般の人達の納得が得られる水準とすることの二つでした。

 王国ではそれを実現するために孤児院の運営を国の直轄事業として他者の運営を認めていないのです。
 全国どこの孤児院にて居ても同じ待遇が得られること。
 そしてその待遇が、孤児院の外から見てみすぼらしいものでなく、逆に与えすぎだと不満が出るものでもない、そんな水準になるように注意を払っています。
 個々に事業を行ったのではそれを適えるのが難しいので国の事業としているのです。

 今回、国の変わりにケントニスさんの領地がその役割を果たすようにとハンナちゃんは言ったそうです。
 当面はポルトの孤児院と同じ水準で孤児たちの待遇を考えて欲しいとのことでした。

 それは、私が対応できました。
 かつて、ヴィクトーリア様から王国の孤児救済制度をよく勉強しておく様に言われていましたから。
 私は皇后となるための習い事の傍ら、王国の孤児救済制度の内容や法律、予算制度を勉強して来ました。
 同時にしばしばポルトの孤児院にも手伝いに赴き、ステラ院長の下で孤児院の運営を学んでいたのです。
 その知識と経験がすぐに役立つことになったのです。


     **********


「二人が納得しているのであれば私は口を挟まないよ。
 ソフィのことは実の娘だと思っている。
 正直、皇后などという気苦労の多い位につけるのは気の毒だと思っていたのだ。
 子爵夫人として自分がやりたいと思っていた仕事ができるのなら十分だろう。
 二人で力を合わせて頑張りなさい、そして幸せになるのだよ。」

 ケントニス様の計画を聞き終えたお義父様はそう言って、私達の婚姻を改めて祝福してくださったのです。

 この日、私は皇后としてではなく、子爵夫人としてケントニス様の許へ嫁ぐ事が決まりました。
 

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