精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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最終章 それぞれの旅路

第490話 ハンナちゃんに呼ばれました、迎えに来たのは…

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 それから、私は嫁ぐ日までの一年間でケントニス様と共に孤児院の開設準備を行うこととなったのです。

 どうやって、ケントニス様のもとに行ったのかって?それはですね……。


     **********


 ケントニス様がお帰りになって数日後、あるお客様が私を訪ねて来ました。
 私は、そのお客様をみて大変驚いたのです。
 何に驚いたかって、私はその子が亡くなったと聞かされていたのです。
 実際、それ以来会うことはなかったのですが……。

 その子がなにくわぬ顔で私を訪ねてきました、出合った時と変わらぬ姿で。
 忘れるわけがありません、私をスラムから救い出してくれた恩人ですから。
 その子がいなければ、私は今頃生まれ故郷の港町で船乗り相手の娼婦をしていたことでしょう。
 その子が娼館の元締め『黒の使徒』を退治して、スラムから孤児院に保護してくれたのです。

 私がケントニス様と知り合うきっかけを作ってくれたののも、その子、ターニャちゃんです。

「ソフィちゃん、久し振り!五年ぶりかな。
 見違えるくらいキレイになっちゃって、ケントニスさんには勿体ないね。」

 そんな風に話す口調も出会った頃のままです。
 でもなんで、昔と変わらぬ姿なのでしょう。
 ターニャちゃんは私と同い年です、とても十七歳には見えません。

 戸惑う私におかまいなく、ターニャちゃんは言います。

「ハンナちゃんが、孤児院のことで相談したいことがあるんだって。
 これから一緒に来てもらえるかな。」

 どうやら、次期皇帝が孤児院の運営の件で話があるようです。
 お付きの人の転移術を使ってターニャちゃんがポルトまで私を迎えに来たのだと思いました。

 私がお義母様に外出する旨を伝えて戻るとターニャちゃんは言いました。

「準備は良いかな?じゃあ、行くよ!」

 私の返事を聞くまもなく、ターニャちゃんがそう言って私の手をとると一瞬で目の前の景色が変わったのです。

 私の目の前にはソファーでお茶を楽しむハンナちゃんの姿がありました。

「ターニャお姉ちゃん、お帰りなさい。早かったんだね。」

 ハンナちゃんはこんな状況に慣れているようで、私が突然現われても驚きもしませんでした。

「ソフィさん、ごめんなさい。
 突然呼び出したりして、驚いたでしょう。」

 ハンナちゃんは言います。
 どうやら、ここは王都にある王立学園の寮のようでした。

 確かに驚きました、でも一番驚いたのは亡くなったと聞かされていたターニャちゃんが迎えに来たことです。
 私は思わず聞いてしまいました。

「ターニャちゃんは亡くなったと聞かされていたのですが、どういうことなのでしょうか?」

 私の質問にターニャちゃんとハンナちゃんが顔を見合わせました。
 そして、……。

「ゴメン、五年ぶりだったね、そういえば言っていなかった。
 わたしね、もう人間じゃないの。」

 驚きました、ターニャちゃんは精霊なのだと言いました。
 『黒の使徒』を滅ぼした五年前に人であることをやめてしまったと。
 王立学園を卒業してからは、極一部の人以外の前には姿を現さなくなったそうです。

 俄かには信じられない話ですが、ポルトから王都にある王立学園の寮まで一瞬で移動するなど人のなせる業ではありません。それに、五年前の姿のままなのです。
 納得せざるを得なかったのです。


     **********


「ケントニスさんから聞いていると思うけど。
 来春、この学園を卒業したら直ぐに帝国の皇帝の座を私が引き継ぐことになりました。
 ケントニスさんからの申し出があり、孤児の救済事業をケントニスさんとソフィさんのお二人にお任せすることになりました。
 今日は、その件について少し打ち合わせをしようと思ったのです。」

 ハンナちゃんの話した事は概ねケントニス様から伺っていた通りでした。
 その上で、もう少し細かい点の話がしたいということだったのです。

 やはり一番気をつけて欲しいとハンナちゃんが希望したのは孤児の待遇の水準についてでした。
 孤児にひもじい思いや肩身が狭い思いは絶対にさせないで欲しい、一方で孤児に余り贅沢はさせないで欲しい。そのバランスを上手く取って欲しいとのことなのです。

 これは、王国でも一番気を使っている点だとかねがね聞かされてきました。
 ハンナちゃんは、帝国の民は王国に比べておしなべて貧しいので、王国の孤児院の水準では親のいる子供より孤児院の子供の方が豊かな暮らしをすることになりかねないと心配していました。

 反面、これから国民の平均的な生活水準を調査して孤児の待遇を決めるのでは、孤児院の開設が遅れてしまうとの懸念を示したのです。

 そして、ハンナちゃんは決断したのです。

「孤児院の開設が遅れて救えない孤児が出るくらいであれば、民衆からの不満の声を甘んじて受けましょう。
 孤児の命を救う方が優先です、ソフィさんはポルトの孤児院と同程度の待遇になるように孤児院を運営してください。」

 そして、孤児院の制度設計を見直すよりも、孤児院の待遇を王国と同程度にしても不平不満が出ないように帝国の民の生活水準を上げた方が手っ取り早いとハンナちゃんは言いました。

 ハンナちゃんは帝国の民の生活水準を引き上げるほうが容易いかの様に言うのです。
 それが上手くいかないから、ケントニス様が退位に追い込まれたと言うのに。
 いったいその自信は何処から出てくるのでしょうか、その時私は二歳年下のハンナちゃんが凄く大きく見えたのです。

 孤児院の具体的な運営の話に入り、孤児院の建物などの施設費は帝国が半分相当の補助金を出すと言ってくれました。また、年間の運営費についても全額賄える程度の補助金を支給するとハンナちゃんは言ったのです。

「後は、衣服とか、ベッドとかね。全員同じものを支給するとなると数を揃えるのは大変ね。
 いいわ、それは当てがあるから、私が何とかするわ。」

 ハンナちゃんは王国の孤児院に衣服を納めている商会と寝具を納めている商会をミルト皇太子妃様に紹介してもらうと言いました。
 当面、百人分もあれば不足はないだろうと言い、ベッドを含む寝具を百人分と夏服、冬服を各サイズ百人分ずつを至急発注すると言ったのです。

 そして、ハンナちゃんは言いました。

「今回は時間がないから、孤児院で使う衣服を王国で調達することにするけど、追々帝国で調達できるようにしたいわ。
 そうすれば、帝国の雇用が増えるからね。
 知っている?孤児院の服って、同じ物を大量に作るでしょう。
 あれって、お針子さんを工場に集めて、分業で作っているの。
 裁断だけする人とか、縫製だけする人とかね。
 縫製だって、シャツの袖と胴体部分は別の人が縫っているの。
 それをまた、別の人が袖と胴体を縫い合わせるのよ。」

 孤児院の服は飾り気のないシンプルなデザインの服を大量に作るため、分業に向くと言います。
 分担された一つ一つの作業は比較的単純な仕事が多く、あまり経験を必要としなのが良いのだと教えてくれました。
 街中で開業している仕立て屋さんのような熟練の技を必要としないため、経験の無い者でも雇い入れることが出来き、雇用の裾野を広げることが出来るとハンナちゃんは言ったのです。

「孤児院の服って、王国では国が人を雇って作っているの。
 孤児院の服を作るために設けられた工房だから、それに見合うだけの人しか雇っていないの。
 だから、出来るのは孤児院の服だけ、これって勿体ないと思わない?」

 当時、服は仕立て屋さんで一着、一着注文して作ってもらう物でした。
 当然、一つの仕立て屋さんでは作れる数に限りがあり、服は非常に高価な物だったのです。
 普段から仕立て屋さんで服を買えるのは、貴族や大商人など小数の者に限られていました。
 一般市民が仕立て屋さんで服を買うのはそれこそ一張羅を仕立てる時くらいです。
 一般市民はどうしているかというと、古着を買うか、布地を買ってきて家で縫製するかです。

「私、思うのよね。
 何も、服を仕立て屋で買って、仕立て屋を儲けさせて上げる必要は無いんじゃないかと。
 庶民の服なんてシンプルなもので良いのだから、幾つかのサイズを設けて工場で大量に作れば服が安くなるんじゃないかな。
 デザインも孤児院の服のように、大きさに多少の融通が利く物にすればサイズを多くする必要は無いでしょう。
 孤児院で使う物より布の質を良くしたり、染色してある布を使ったりすれば、十分町で商売になると思うの。」

 ハンナちゃんは、孤児院の服を作る工房を帝国に作り、その工房には孤児院の服と同時に一般市民向けの服も作らせれば良いと言うのです。
 貴族や大商人などお金に余裕のある人は従来通り、仕立て屋さんで服を仕立てると思うので住み分けは出来るはずだとも言いました。

 また、その工房は孤児院の服を安定的に請け負うので、一般市民向けが多少失敗したところで経営が行き詰ることは無いだろうとハンナちゃんは説明したのです。

 そして、私に持ちかけました。

「これね、帝国政府の事業としてやってもいいのだけど。
 ソフィさんの領地でやりたいというのであれば譲るわ。
 正直なところ、問題山積でね、もっと優先しないといけないことがたくさんあるの。
 ソフィさんが請け負ってくれるなら、本当に助かるわ。」

 私が引き受けるのであれば、孤児院で使う服は全てそこへ発注してくれるとハンナちゃんは約束してくれました。
 その話は、ケントニス様と相談するとして一旦持ち帰ったのですが、後日正式に引き受けることになりました。


     **********


「来年までに孤児院の開設の準備を済ませるなら、ちょくちょく現地まで行って打ち合わせした方が良いね。
 じゃあ、わたしがケントニスさんのところへ送ってあげるね。
 二人で子爵領を下見に行くのなら、その時も送ってあげるから遠慮しなくていいよ。」

 出会った頃と同じ口調でターニャちゃんが言いました。
 ターニャちゃんの転移術のおかげで、私はケントニス様と念入りに準備を行うことが出来き、孤児院の開設準備を円滑に行うことが出来たのです。

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