精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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最終章 それぞれの旅路

第491話 帝国の孤児を救うために

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「うわー!速い!
 おじさん、おばさん、これに乗って孤児院って所に行くの?」

 魔導車が走り出した途端、先程保護した男の子が興奮気味に声を上げました。
 私は今、ケントニスさんと二人で離れた町のスラムを訪れて孤児達を保護したところです。

 私達は定期的に帝国各地の町を巡り孤児の保護をしています。
 特に、冬前には帝国北部の冬が厳しい地方を巡り、孤児がいないか念入りに探すのです。
 一人でも幼い命が冬の悪魔に連れ去られないように。


     **********


 ケントニス様が皇帝を退位してから二月ほど後、私はケントニス様の許に嫁ぎました。
 嫁いだ子爵領は帝都やポルトに比べると小さな町でしたが、とても栄えているきれいな町でした。

 幸いにして私が嫁いですぐに孤児の救済事業に着手することができました。
 孤児院として使う器があったことが幸運でした。

 ケントニス様の子爵領は、皇太子や皇帝であった時は、自ら統治することが出来ませんでした。
 そのため、宮廷から代官を派遣してもらい統治させていたのです。
 ケントニス様が領地で直接統治することが決まったため、代官は職を解かれ帝都に戻りました。
 
 代官が使っていた広い代官屋敷、それをそのまま孤児院に転用したのです。
 それまで使用していた建物ですので、殆んど補修もせずに転用することが出来ました。
 ケントニス様が皇帝を退位するとほぼ同時に、代官に退去して頂き孤児院の設備を運び込んだのです。

 ベッド等の大型家具はターニャちゃんが転移で運んでくれたのでとても助かりました。
 ハンナちゃんの根回しで孤児に支給する衣類も調い、ケントニス様の退位から結婚までの二ヶ月で孤児院の体裁は整ったのです。

 また、孤児を世話する職員についても無事そろいました。
 孤児院開設時の職員四名は全てポルトの孤児院の仲間たちです。

 私はポルトの孤児院に行き、結婚と共に帝国で孤児の救済事業を始めると話しました。
 すると、孤児院の子の中に賛同して協力を申し出てくれる子がいたのです。

 協力を申し出てくれた子達は、かつての自分達の境遇を振り返り孤児達に救いの手を差し伸べたいと考えたようです。

 孤児院の準備が整ったのは六の月の半ばのことでした。
 急がないと冬はもうそこまで来ています、どこの町から孤児の保護に回ろうかと検討していた時のことでした。

「ソフィちゃん、こんにちは。新婚生活を楽しんでいるかい。」

 気の抜ける挨拶と共にターニャちゃんがいきなり現われたのです。
 そして、

「孤児院の準備は今どんな状況かな?もう、子供たちの受け入れは出来る?」

 挨拶もそこそこにターニャちゃんは孤児院の状況を尋ねてきました。
 私は、孤児を保護するためにどこの町から訪問するかを検討していたところだと答えました。

 するとターニャちゃんは言ったのです。

「そう、じゃあ、明日からじゃんじゃん連れてくるから受け入れの用意をしておいてね。」

 その言葉通り、翌日からターニャちゃんは孤児達を保護して現われたのです。
 毎日、五人、十人という人数の子供達を連れて現れ、私に託しては去っていくのです。
 その都度、どこの町で保護したかと孤児たちの名前が記された覚え書を渡してくれました。

 その覚書に記された地名は全て冬が厳しい北の町、私達が回ろうとしていた場所でした。
 そして、保護した子供たちが六十人を越えたころ、ターニャちゃんは言いました。

「冬場の寒さで凍死しそうな町は全部回ったかな。
 これ以上いっぺんに子供達を受け入れるのは無理でしょう。
 申し訳ないけど、他の町の孤児達には頑張って生き延びてもらうしかないね。
 ソフィちゃんは悔しいかもしれないけど、全てを救うのは無理なんだ。
 私達は神様じゃないんだから。」

 そう言ったターニャちゃんが一番寂しそうな顔をしていました。
 その言葉は自分に言い聞かせているように感じられたのです。

 私も全ての孤児を救えると思うほど傲慢ではありません。
 もちろん、そうありたいと努力しますが、この事業は何十年がかりで成し遂げるものだと理解していました。
 私個人の感情はともかくこの年の成果は上々だったのです。
 おそらく、ターニャちゃんが保護してくれなければ、この半分も救えなかったはずなので。

 さて、孤児院を開設したころの帝国の孤児の事情を少しお話ししましょう。
 実のところ孤児を巡る状況は、私がスラムに居たときよりかなりの改善を見ていたのです。
 もちろん、この時点で孤児の数はまだまだ多かったのですけど。

 それは、テーテュスさんの活躍によるものでした。
 テーテュスさんはポルトと帝国の港を結ぶ交易ルートの開拓に自ら足を運んでいました。
 海沿いに帝国の港町を巡っては仕事のついでに、スラムを見ていくのです。
 
 そして、孤児を見つけては保護してポルトの孤児院に連れ帰っていたのです。
 ポルトの孤児院開設から七年が経過した当時では、帝国の港町から孤児は姿を消していました。 
 そのため、私達が孤児を保護して歩くのはもっぱら内陸部となったのです。


     **********


 開設一年目の最初の孤児受け入れは、ターニャちゃんのおかげでスムーズに出来ました。
 その時、ターニャちゃんは言ったのです。

「いつでも、わたしが孤児の保護に回れるわけじゃないし、ソフィちゃんも足がないと何かと不便だよね。」

 帝国各地を回ることを前提に夫が皇太子時代に使っていた魔導車を宮廷から払い下げてもらいました。
 一応、それを孤児の保護活動に使うつもりでいたのですが。

 なんと、ターニャちゃんが何処からかピカピカの魔導車を持って来たのです。
 皇帝のハンナちゃんが使っている物と同型の魔導車だそうです。

 それを孤児の保護のために提供してくれたのです。
 非常に速度が速く、一日で馬車の十倍、通常の魔導車の二、三倍の距離を走れます。
 子爵領から帝国のたいていの場所には三日もあればいけますので、非常に重宝しています。
 これで、定期的に帝国を巡って孤児を保護して歩いているのです。

 今でも、孤児の保護は私と夫ケントニスさんの仕事です、仲良く二人で巡っています。

 孤児院開設から十年を過ぎ、ハンナちゃんの活躍で帝国もだいぶ豊かになりました。
 十年前の言葉通り、ハンナちゃんは本当に国民の生活水準を引き上げてしまったのです。

 おかげで捨てられる子供も減り、帝国の孤児は大分減少してきました。
 それでも、毎年何十人かの孤児を保護しています、多分孤児はなくならないのでしょう。

 そんな孤児たちが幼くして命を落とすことがないように、ひもじい想いをしないで済むように、私は精一杯取り組みを続けるのです。
 それが、十一歳の冬に救えなかった小さな命に対するせめてもの供養になると思うから。


     **********


 孤児院の話ばかりになってしまいました。
 少しだけ、私の話をします。

 おかげさまで、一男一女の子宝にも恵まれ、子爵家も安泰のようです。
 二人とも普通の子供です、ハンナちゃんのような超常の力を使える訳ではありません。
 でも、普通が一番です、元気で心優しい子に育ってくれればそれ以上何も望みません。

 今年八歳になる上の子は、時折顔を見せるターニャちゃんに凄く懐いています。
 ターニャちゃんは今でも十二歳の時のままの姿なので、まるで姉妹のようです。

 そうそう、孤児院を始めるときハンナちゃんが勧めてくれた大量に服を作る事業。
 始めて数年はあまり上手くいかず、孤児院向けの服の安定受注で凌いでいる状態でした。

 それが、帝国の人々の暮らし向きが上向いてくると飛ぶように売れ出したのです。
 やはり、食べるのがやっとの暮らしでは服にまで手が届かなかったようなのです。

 食べることに充足すると今度は服装が気になるようで、手頃な価格で提供するうちの商品が帝都で注目されたのです。
 今では、『既製服』という言葉まで出来て、うちの商品はその代名詞になっています。

 他の商会も倣いますが、十年からの工夫の蓄積があるうちには中々追いつけないようです。
 今しばらくは儲けさせて頂けそうです。
 この仕事を譲ってくれたハンナちゃんに感謝すると共に、その先見の明に感心する日々です。

 私の話はここまでにしましょう。
 優しい夫と元気な子供たちに囲まれ、私はとても幸せです。
 あの日、ターニャちゃんに出会えなければこんな幸せは訪れなかったでしょう
 今、庭先で私の娘と戯れる小さな聖女様に心から感謝です。

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