隠居賢者の子育て余生

具体的な幽霊 

文字の大きさ
4 / 29

第四話 お互いの尊重から、人間関係は始まる

しおりを挟む
 家の中に入った子供達は、きょろきょろと周りを見ながらも、私の後をしっかりとついてきている。少なからず、私との約束を信じてくれているようでなによりだ。

 「ここで座っていてくれ。今、水を持って来よう」

  テーブルの前まで歩いた私は、なるべく優しい声で子供達に言う。客人を招く気は無かったが、念のために椅子を四つ買っておいて良かった。
  視界の隅で子供達が立ち止まったのを捉えた私は、奥にある台所へと向かう。

 「料理の方は、もう少しで出来ますよ」

 「ありがとう。出来たらすぐに持ってきてやってくれ。あの子らも腹を空かせているはずだ」

  アイラと会話を交わしながら、彼女が料理をしているところを通り過ぎ、冷蔵庫から常備してある冷えた水入り瓶を二つ取り出す。
  いつもならもう二、三言続いていただろう会話を切り上げ、水入り瓶を持って子供達の元へと戻る。きっとあの子らは喉を渇かせているだろうから、早く水を持って行ってやりたい。
  そんな気持ちで戻った私が見たのは、奴隷の現実であった。
  子供達は、目の前に椅子があるにも関わらず、いたって真面目な顔で地面に正座していたのだ。どうして、とは訊くまい。この子らは、私の「助けてやる」という言葉を拡大解釈することなく、自分たちが奴隷であることを十分に理解したうえで行動しているだけなのだろうから。
  これが年端もいかぬ少年少女が背負う現実とは思いたくないものだ。宰相だった頃、目を背けてきた現実を見せつけられているかのようで、胸の奥が僅かに軋む。
  間違ったことをしたとは思っていないが。

 「君達、椅子の座り方は知っているかね?」

 「え?」

  男の子が疑問の声を上げる。反応を見るに、椅子の座り方自体は知っていそうだ。

 「水を持ってきた。椅子に座って飲みたまえ」

  私は机の上に水瓶を二つ置き、椅子に座る。
  子供たちは、戸惑ったようにこちらを見るばかりで、椅子に座る様子はない。それを見る私は、さらに痛烈な痛みを胸に抱きながらも、冷静に相手に伝えるための言葉を選び、口を動かす。

 「君達を助けると私は言ったが、具体的に何を君達に与えるのか、まだ言っていなかったね」

  なるべく優しく平静な声音を意識して発声したつもりだが、正座している二人の小さな体が震えるのが見て取れた。それだけ、これからの発言が重要な意味を持っていると考えているのだろう。

 「私は君達の人権を取り戻そうと思っている」

 「じん、けん?とは、なんですか?」

  真剣な顔のまま、男の子の方が分からない言葉をしっかりと質問してくる。尋ねられずとも説明しようと思ってはいたが、分からないことを臆せずに訊くことが出来るのは素晴らしい。
  私は、なるべくゆっくりと説明をする。

 「人権とは、人が持つべき権利のことだ。人は生まれながらに、自由に物事を学び、働き、互いを尊重し合う権利をもっているのだよ」

 「尊重ってなんですか?」

  尊いものとして重んずること、というのが尊重の意味だが、それでは説明になっていないだろう。では、どう表現すべきか。
  最適な言葉を見つけるべく、思考を巡らせるために目を瞑ろうとし、その寸前で視界に入った子供達の姿を見て、思いついた。

 「君達は、お互いのことを傷つけたくない、傷ついて欲しくないと思っているだろう。それが尊重だ」

  私の言葉を聴き、子供達はお互いを見合った。そして、顔を見て笑いあった。ぎこちなく、一般の人々が考える笑顔とは程遠い、まるで笑うことを知らない人が、どうにか喜びを表現しようとしている顔だった。だが、私はそれが笑顔だと確信できた。

 「わかってくれたようで、なによりだ」

  私は椅子から立ち上がり、床に膝をつく。これでも身長の関係で私の方が上から子供達を見ることになってしまうが、同じ立ち位置となって子供達に向かい合い、朗らかに宣言する。

 「これから、私は君達を人として扱う。君達は今日をもって、私と同じ尊重されるべき人間だ」

  両手を伸ばし、拘束されたままの子供達の手を取る。残念ながら、まだ震えは止まっていないが、二人とも握り返してくれた。

 「さあ、椅子に座ってくれ。折角の冷えた水がぬるくなってしまう。早く飲んだ方が良い」

  少し恥ずかしくなった私は、立ち上がって子供達を椅子へと誘う。そして、視線で本当に座っていいのかと問う子供達に、笑顔での肯きをもって了承を伝える。

  その時、再びのノックが室内に響いた。

 「客人が来たようだ。対応してくるから、君達はここでゆっくり身体を休めておくといい」

  こくりと頷いた子供達を確認してから、私は玄関へ向かう前に、自分の部屋へと足を運ぶ。
  部屋に入ると、まだテーブルの上で黒猫がスヤスヤと眠っていた。そっとしておいてやりたいのは山々だが、客人への対応に付き合って貰わなければならないので、起きてもらう。 

 「ナイト、お仕事の時間だ」

  大あくびをして起き上がった黒猫―ナイト―は、私のことを疎ましげな顔で見ながらもテーブルから降りて、私の足元へと来た。

 「悪いな。後でブラシをかけてやる」

  客人の予想はついている。話し合いだけで済めばいいのだが、最悪の場合、最も簡素で非文化的なコミュニケーションを取らなくてはならない。
  客人が知性あふれる文化人であることを信じながら、私は玄関を開く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...