このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第四章:新しいお仕事ですか?(9)

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 最近の彼は、イリヤが眠ってから眠り、イリヤが起きる前に起きている。寝ていないのでは、と思ったこともあるが、少し乱れた寝台とほのかなぬくもりが、先ほどまで彼がそこにいた証拠でもある。寝てはいるようだ、一応。

「お忙しいのですか?」
「あ、まぁ。忙しいといえば忙しいが、いつものことと言えばいつものことだ」

 それでもクライブは、夕食に間に合うように帰宅するし、マリアンヌを風呂にまで入れている。

「お忙しいのであれば、こちらのことは無理なさらずに」
「忙しいというか、悩ましいというのが正解だな」

 あのクライブが悩ましいというのは、いったいどのような問題なのか興味が沸いてくる。イリヤはけしてクライブを嫌っているわけではない。ただ、少しだけぎゃふんと言わせてやりたいという、そんなささやかな対抗意識を持っているだけ。

 だから、些細なことでも彼の弱みを握っておきたいと、そういった下心が満載なのだ。

「私がお聞きすることで、閣下の悩みが少しでも軽くなるのなら、お話ください」

 イリヤがそう言ったのにも理由はある。クライブはちらちらとイリヤに視線を向けてきたから。言いたいけど言えない。そんな様子が伝わってきたのだ。
 となれば、話しやすい雰囲気を作るのも大事だろう。だからそう思って声をかけた。

「話を、聞いてくれるのか?」

 眼鏡の奥のアイビーグリーンがほのかに揺れる。まるで、イリヤに助けを求めているようにも見えて、胸の奥がきゅっと疼いた。

「私だって話を聞くくらいならできますよ」

 にっこりと微笑むと、クライブはソファに座るようにと促す。立ち話する内容ではないのだろう。
 イリヤがそこに腰を落ち着けると、クライブが隣に座る。てっきりテーブルを挟んで向かい側に座ると思っていたのに。

「閣下、距離が近くありませんか?」
「オレたちは夫婦だから何も問題はないだろう?」
「これから、お仕事の話をするのではないのですか?」
「オレの悩みを聞いてくれるのだろう?」

 また甘えるような視線を向けてくる。四姉妹の長女として妹たちの面倒をみてきたイリヤとしては、こういった甘えられる仕草を見せられると弱い。

 いつの間にかチャールズがやってきて、二人の目の前にお茶を並べていく。個装された一口サイズのお菓子も添えられた。

 チャールズと目が合うと「ごゆっくり」と彼の目が言っている。
 本当によくできた執事である。

「お菓子でも食べます? 甘い物は頭をすっきりとさせてくれますよ。これで閣下の悩みも、ずばっと解決できるかもしれません」

 目の前にあるお菓子は、チョコレートを糖衣で包んだもの。チョコレートが溶けにくく個装もされていることから、贈り物として利用されることの多いお菓子である。

 それを一つ手にして、くるんと包装を開ける。

「どうぞ」

 指につまんでクライブに渡そうとすると、彼は口を開ける。

「え?」
「なんだ。食べさせてくれるわけではないのか?」
「ええ?」
「それをオレの口の中に入れればいいだけだろ? ほら」

 まるでひな鳥のように、クライブが口を開けて待っている。

 イリヤは手にしたチョコレートとクライブの口元と、交互に見る。これを口の中に入れるだけと言われればそうなのだが、その行為に躊躇いを覚えるのはなぜだろう。いつもマリアンヌには食べさせてあげているはずなのに。
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