このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第八章:これは雇用契約なので溺愛は不要です、と思っていたはずなのに(7)

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 そう言ったクライブが視線を向けたテーブルの上には、お菓子のスタンドが置かれている。

「そう言われると。お腹が空いたかもしれません」
「あ~あ~」

 マリアンヌも、ちゅ、ちゅ、と口を鳴らしている。

「クライブ様。マリーもお腹が空いているようです」

 クライブはマリアンヌを抱き上げ、ソファ席へと連れていく。

「クライブ様、お茶は私が淹れます」

 わざわざそう口にしたのは、今まさに、クライブがお茶を淹れようとしていたからだ。

 夕焼けのような色をした紅茶から、香ばしさが漂ってくる。
 マリアンヌを真ん中にして、三人並んでソファに座る。

「あっ、あっ!」

 マリアンヌは小さなパンケーキを食べたいらしい。手を振って、よこせと騒いでいる。小さく切ってお皿の上に置くと、それを手づかみでもぐもぐと食べる。

「ん~ま~、ん~ま~」

 些細な仕草が、この場を和ませる。

「クライブ様……」
「なんだ?」
「私、幸せかもしれません」

 その言葉に、クライブの身体がぴしっと固まった。

「……そうか。それは、よかった」

 絞り出すような声が、聞こえた。
 それからお菓子を食べてお腹が膨れると、少しだけ眠くなった。クライブがマリアンヌを膝の上で抱き、三人でそのままうたた寝をする。

 ――ドンドンドンドン

 乱暴に扉を叩く音で、はっとする。

『おい、クライブ。いるんだろ? さっさと食堂まで来い。夕食の時間だ』

 扉の向こうから聞こえてきたのはエーヴァルトの声。

「わかった、今、行く」

 クライブが返事をすると、扉の外は静かになった。

「まさか、エーヴァルト様が呼びに来てくださるとは」
「あれは、マリアンヌに会いたいだけだろ?」
「だぁ!」

 すっきりと目覚めたマリアンヌは、明るい声をあげた。エーヴァルトが耳にしたら、破顔してしまうようなそんな声である。

「マリー、夕飯だって。お腹は空いているかしら?」

 お菓子を食べて眠っただけ。お腹が空いているかと問われると微妙なところであるが、それでもお腹が鳴りそうな前兆はあった。

「まんま、まんま」

 早く行きたい、と言わんばっかりに手足をばたつかせ、ソファから下りようとする。

「マリー。まだ歩けないでしょう?」

 そんなマリアンヌをクライブが抱き上げ、三人で食堂へと向かった。

 パンッ――!

 食堂の扉を開けた途端に、紙吹雪が舞う。

「マリアンヌ、一歳の誕生日おめでとう」
「あっ、あ~」

 舞い散る紙吹雪に手を伸ばすマリアンヌは、クライブの腕からも逃げ出したいにちがいない。

「エーヴァルト様、これはいったい……?」
「今日はマリアンヌの一歳の誕生日なのだろう? 急いで準備をしてもらった」

 食堂に集まっているのは、先ほどまで共に魔物討伐で一緒にいた彼ら。そしてオロス侯爵夫人もにこやかに微笑んでいる。

 あのときエーヴァルトがアレンに何か内緒話をしていたのは、この件だったのだ。
 エーヴァルトがグラスをあげて、彼らを労い、マリアンヌへの祝いの言葉を口にした。

「おめでとうございます、お嬢様」

 アレンがマリアンヌに向かって大きなうさぎのぬいぐるみを渡そうとするものの、もちろんマリアンヌはそれを抱くことができない。それだけ、大きなぬいぐるみなのだ。

 かわりにイリヤが受け取った。クライブの腕の中で暴れているマリアンヌを、ラグの上に座らせてからぬいぐるみを預けた。

「う~う~」
「マリー。気に入ったようね」

 大きなうさぎのぬいぐるみと向かい合って座ったマリアンヌは、耳を引っ張ったり腕を掴んでみたりと興味津々である。
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