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第八章:これは雇用契約なので溺愛は不要です、と思っていたはずなのに(6)
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「聖女様、このたびはご協力、誠に感謝いたします」
アレンが深く腰を折れば、彼らの部下も同じようにイリヤに向かって頭を下げた。
「あ、いえ……私はできることしかやっていませんので……」
その言葉に偽りはない。イリヤが行ったのは魔物に対して魔法を放ち、こんがりと焼いただけ。
瘴気を祓ったのは、まちがいなくマリアンヌの力。それに気づいているのは、クライブとエーヴァルトだけ。
「それでは、聖女様は先にお戻りください。あとは、我々が周辺を確認しておきます」
「オロス侯爵、少しいいか?」
アレンを呼び止めたエーヴァルトは、彼に何かをこそっと告げていた。
ごとごとと揺れる馬車の中で、マリアンヌはこくりこくりと船をこいでいた。
「眠ったのか?」
イリヤの腕の中にいるマリアンヌは、ぴたっと頬を胸にくっつけて眠っている。まるでイリヤの心音を聞くかのような姿。
「そうみたいですね。マリーも、エーヴァルト様と一緒に魔物を倒しましたからね」
そのエーヴァルトは、この馬車にはいない。
アレンと一緒に現地に残って、もう少し周辺を確認してから戻るとのことだった。
「疲れましたね。戻ったら、すぐにお湯をもらいましょう。クライブ様の顔、まだ魔物の血が……」
拭ってみたが、すべては拭いきれなかった。赤黒い何かが、まだ頬にこびりついている。
「そうだな」
なぜかクライブの手が、イリヤの腰に回された。
「か、閣下……?」
「なぜ、そこで呼び方が元に戻る? オレのことは名前で呼べと、あれほど……」
わかってはいるが、クライブの顔が近いのだ。鼻先が触れ合うくらいに近すぎて、動揺して。だから、ここで彼の名を口にしたら、気持ちはすべてもっていかれてしまう。
「イリヤ、いいか?」
「な、何をですか?」
「オレは約束通り、イリヤを守った。頑張ったと思わないか?」
「そ、そうですね……」
「褒美をねだってもいいか?」
褒美だなんて、何を子どものようなことを言っているのだろう。
「もう、子どもみたいなことを言って。何が欲しいんですか?」
近くにあるクライブの顔がもっと近づいてくる。
唇と唇が触れ合おうとした瞬間、「ふぇっ……」とマリアンヌから声が漏れ出た。
イリヤが慌ててマリアンヌを見ようとしたら、クライブとごつんと頭がぶつかる。
「いたっ」
「う、うわ~ん」
「イリヤ、すまない。あ、マリアンヌが……」
イリヤと頭をぶつけたうえに、マリアンヌが泣き始め、クライブもあたふたとし始めた。
「はいはい、マリー。どうしたの?」
イリヤはマリアンヌを抱き直し、背中をぽんぽんとやさしくなでて宥める。
「まんま?」
「なあに?」
「ぱぁぱ?」
クライブに向かって手を伸ばしたマリアンヌを、そのままクライブに預けた。
「どうした? うちの聖女様は。急に甘え始めて」
「そういうときもあるんじゃないですか?」
「あ~あ~」
目尻に大粒の涙をためているマリアンヌは、もうニコニコと笑っていた。
城館に着くと、すぐさまクライブはマリアンヌをつれて浴室を借りた。魔物の体液が飛び散って、汚れていたのは、マリアンヌもイリヤも同じだった。
マリアンヌを着替えさせてから、イリヤも浴室を借りて汚れを落とし、動きやすい平素なドレスを身に付けた。
イリヤが部屋へ戻ったときには、クライブがマリアンヌの両手を引いて、一緒に歩いていた。マリアンヌは動き回りたいらしい。
「まんま~」
イリヤを見つけたマリアンヌは、満面の笑みを浮かべた。
アレンたちもエーヴァルトも、まだ戻ってこない。
「お茶とお菓子を準備してもらった」
アレンが深く腰を折れば、彼らの部下も同じようにイリヤに向かって頭を下げた。
「あ、いえ……私はできることしかやっていませんので……」
その言葉に偽りはない。イリヤが行ったのは魔物に対して魔法を放ち、こんがりと焼いただけ。
瘴気を祓ったのは、まちがいなくマリアンヌの力。それに気づいているのは、クライブとエーヴァルトだけ。
「それでは、聖女様は先にお戻りください。あとは、我々が周辺を確認しておきます」
「オロス侯爵、少しいいか?」
アレンを呼び止めたエーヴァルトは、彼に何かをこそっと告げていた。
ごとごとと揺れる馬車の中で、マリアンヌはこくりこくりと船をこいでいた。
「眠ったのか?」
イリヤの腕の中にいるマリアンヌは、ぴたっと頬を胸にくっつけて眠っている。まるでイリヤの心音を聞くかのような姿。
「そうみたいですね。マリーも、エーヴァルト様と一緒に魔物を倒しましたからね」
そのエーヴァルトは、この馬車にはいない。
アレンと一緒に現地に残って、もう少し周辺を確認してから戻るとのことだった。
「疲れましたね。戻ったら、すぐにお湯をもらいましょう。クライブ様の顔、まだ魔物の血が……」
拭ってみたが、すべては拭いきれなかった。赤黒い何かが、まだ頬にこびりついている。
「そうだな」
なぜかクライブの手が、イリヤの腰に回された。
「か、閣下……?」
「なぜ、そこで呼び方が元に戻る? オレのことは名前で呼べと、あれほど……」
わかってはいるが、クライブの顔が近いのだ。鼻先が触れ合うくらいに近すぎて、動揺して。だから、ここで彼の名を口にしたら、気持ちはすべてもっていかれてしまう。
「イリヤ、いいか?」
「な、何をですか?」
「オレは約束通り、イリヤを守った。頑張ったと思わないか?」
「そ、そうですね……」
「褒美をねだってもいいか?」
褒美だなんて、何を子どものようなことを言っているのだろう。
「もう、子どもみたいなことを言って。何が欲しいんですか?」
近くにあるクライブの顔がもっと近づいてくる。
唇と唇が触れ合おうとした瞬間、「ふぇっ……」とマリアンヌから声が漏れ出た。
イリヤが慌ててマリアンヌを見ようとしたら、クライブとごつんと頭がぶつかる。
「いたっ」
「う、うわ~ん」
「イリヤ、すまない。あ、マリアンヌが……」
イリヤと頭をぶつけたうえに、マリアンヌが泣き始め、クライブもあたふたとし始めた。
「はいはい、マリー。どうしたの?」
イリヤはマリアンヌを抱き直し、背中をぽんぽんとやさしくなでて宥める。
「まんま?」
「なあに?」
「ぱぁぱ?」
クライブに向かって手を伸ばしたマリアンヌを、そのままクライブに預けた。
「どうした? うちの聖女様は。急に甘え始めて」
「そういうときもあるんじゃないですか?」
「あ~あ~」
目尻に大粒の涙をためているマリアンヌは、もうニコニコと笑っていた。
城館に着くと、すぐさまクライブはマリアンヌをつれて浴室を借りた。魔物の体液が飛び散って、汚れていたのは、マリアンヌもイリヤも同じだった。
マリアンヌを着替えさせてから、イリヤも浴室を借りて汚れを落とし、動きやすい平素なドレスを身に付けた。
イリヤが部屋へ戻ったときには、クライブがマリアンヌの両手を引いて、一緒に歩いていた。マリアンヌは動き回りたいらしい。
「まんま~」
イリヤを見つけたマリアンヌは、満面の笑みを浮かべた。
アレンたちもエーヴァルトも、まだ戻ってこない。
「お茶とお菓子を準備してもらった」
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