このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第八章:これは雇用契約なので溺愛は不要です、と思っていたはずなのに(8)

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 テーブルの上にはご馳走が並べられ、魔物討伐の慰労もかねてのマリアンヌの誕生日会となった。

「マリー。向こうに戻ったら、盛大に誕生日パーティーを開こう」

 エーヴァルトがにこにこと笑みを浮かべているが、クライブがすぱっと「いえ、お断りいたします」と答える。

「クライブ。冷たい。最近の君は、私に冷たくないか?」
「最近? オレはいつもこんな感じですが?」
「いや、違うな。イリヤ殿と一緒になってから、君の塩対応はより塩味を増した」

 またクライブとエーヴァルトのくだらない言い争いが始まったらしい。

「聖女様、お嬢様のケーキも用意したのですが」

 オロス侯爵夫人が、遠慮がちにイリヤに声をかけてきた。

「ありがとうございます。マリー、ケーキだって。ケーキ食べる?」

 マリアンヌが食べられるようにと、甘みも控えめなケーキを準備してくれた。

「イリヤ。ケーキはご飯をきちんと食べてからだろう?」

 エーヴァルトとのどうでもいいやりとりを終えたのか、クライブが口を挟む。

「クライブ様。今日はマリーの特別な日ですよ? 少しくらい、いいじゃないですか」

 ときおりクライブは、融通の利かないところがある。むっと唇を尖らせて彼を睨みつけると、降参だとでも言いたいのか、肩をすくめた。

「オレは、イリヤとマリアンヌには甘いらしい」
「そうか、そうか。クライブもとうとうあまじょっぱくなったのか」
「陛下は黙っていてください。ややこしくなる」

 本当にこの二人は懲りない。

 イリヤはオロス侯爵夫人からケーキを受け取ると、フォークの上に一口分だけのせた。

「マリー、あ~ん」
「あ~ん」

 うさぎのぬいぐるみに抱きつきながら、マリアンヌは大きく口を開けた。

「ん、ま。ん、ま」

 ちょっとだけ唇の端にケーキのスポンジをつけたマリアンヌは、ご満悦である。

「お嬢様に喜んでいただけて、よかったですわ」
「こちらこそ、こんなによくしていただいて」

 とんでもございません、とオロス侯爵夫人は首を振る。
 魔物を討伐し、瘴気を祓った。さらにマリアンヌが初めて歩いて、彼女の一歳の誕生を祝う。

 とにかく、盛りだくさんの一日であった。
 夜遅くまで、騎士たちは騒いでいたようだが、イリヤたちは先に食堂を後にした。




「クライブ様……今日は、疲れましたね」

 二人の間で、マリアンヌはぐっすりと眠っている。アレンからもらった大きなうさぎのぬいぐるみは、マリアンヌの足元にでっぶりと置かれている。

「そうだな」

 マリアンヌの頭をやさしくなでるクライブは、柔らかな眼差しでイリヤを見つめていた。

「でも、瘴気を祓うとかって。やっぱりマリーは聖女なんですね……」

 マリアンヌの頭をなでていたクライブの手が、イリヤのほうに伸びてきた。まるでイリヤの体温を探るかのようにして腕をつかむ。

「クライブ様?」
「そういえば、イリヤから褒美をもらっていないのを思い出した」
「え?」

 馬車の中でも褒美をねだられたような気がする。意外と子どもっぽいところがあるのだなと思ったのだ。
 クライブの手はイリヤの腕をゆっくりとなでながら手を捕らえ、五本の指を絡めてくる。

 驚き眼を瞬くと、クライブが身体を起こして、顔を近づけてきた。
 微かに唇と唇が触れ合った。

「……え? え、ええ?!」
「しっ……マリアンヌが起きる……」
「そ、そうですけど。え? な、何をしてるんですか!」
「オレたちは夫婦なんだから、何も問題ないだろ?」

 クライブはイリヤに背を向けて横になると、掛布を肩まで引き上げた。

「あっ……ちょ、ちょっと。クライブ様……」
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