初夜った後で「申し訳ないが愛せない」だなんてそんな話があるかいな。

ぱっつんぱつお

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すっかり忘れていました

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 ──次の日。

 朝食を戴くためロビーへ続くメイン階段を降りると、「申し訳御座いませんッ……!!」と使用人一同が揃って頭を下げていた。
 一体なんの騒ぎだと暫く戸惑っていたら、執事のシルバーとメイド長のマリーゴールドが一歩前へ出てその重い口を開く。

「ジョセフ様がっ、大変な失礼を致しましたこと、一同心よりお詫び申し上げます……!」
「まさか初夜に奥様を置いて出て行ってしまわれるなんて……ッ。遠いところからわざわざ嫁いで頂いたにも関わらず! 妻に対する行い以前に女性に対し失礼極まり無い行動で御座いました……!」

 だから旦那様の代わりに謝ります、と、彼らは言った。到底許してもらおうとは思わないがせめてもの誠意だと。だから朝支度しに来たメイドさん達は驚いて顔を真っ青にして走って出て行ったのね。
(てっきり私の寝起きの顔が酷いのかと……)
 全く。私はとんでもないところに嫁いでしまったようだ。やれやれな旦那様だわ。都会の男って皆ああなのかしら?

「もう、皆が謝ることないのよ! そりゃあ捨て台詞のように恋人が居るから愛せないだとかなんだとか言ってヤることヤって私の話も聞かずさっさと出て行ったときは腹が立ったし驚いたけれど…………って! ちょっ! 土下座はやめて!? 貴方達が謝ることじゃないのだから……!」

 いつの間にか土下座していた全員を立ち上がらせ、誠意の謝罪を完璧に受け取り、ふう、とひと息。

「ううっ、なんとお優しい奥様でしょうか……っ」
「こんな素晴らしい御方を妻に迎えておいて未だにあのおなごに執着するとは次期侯爵にあるまじき行為……! 今度帰ってきた暁にはうんと叱ってやりますわ……!」
「あ、あはは……頼もしいわ」

 なんだか彼らも大変そうね。
 苦笑いをしつつその場は終わり、いざ朝食を戴こうかと席に着けば、今度は随分と若い料理人がキッチンから出て来て一言謝りたいと言う。謝罪ならついさっき聞いたのだけれど。

「ッ、実は……、漁師の町から嫁いで下さった奥様のために料理長が新鮮な魚料理を勉強して今夜振る舞う予定だったのですがッ……! 昨晩の話を聞き卒倒してしまい……!」
「ええ!? 大丈夫なの!?」
「はいぃ……衝撃のあまり熱を出して寝込んでいるだけですので……」
「そ、そうなの……」
「いえそれよりも料理人として未熟な私が奥様の食事を提供することに申し訳無く……。自分、肉料理は得意なのですが……魚料理、とくに生魚の調理は苦手で……」
「あらそうなの? なら私が教えるわ!!」
「……へ?」

 キョトン、という言葉が似合う顔をされ、執事のシルバーに助けを求められそして止められるのだが、待て待て、私はこの耳でしかと聞き取ったのだ。君はこの屋敷で自由にしていて、と。しかも今夜振る舞う予定ということは食材は調達してある、ということだ。活かさないなんて勿体無い!

「散財するわけじゃないんだから良いじゃない。それに何を隠そうシーサイドレストラン・マリングラスといえば伯爵家実家が経営してる店だもの! 料理なんてお手の物よ!」
「さ、左様で御座いますね……いやはや奥様がディナーを……うぅ~む、美しい海辺の街からこんなせせっこましい都会に嫁いで頂いているのですから、ジョセフ様のお言葉どうこうではなく、私達は出来るだけ奥様に自由にしていただきたいと思っているのですよ。もちろん、奥様の仰る通りに」
「まっかせっなさぁい!」
「ネイサン、折角奥様が直々に料理して下さるのですからしっかり勉強するんですよ」

 ハイ、と活きの良い返事。
 それからというもの──、一日掛けて屋敷を隅々まで案内され、旦那様分のディナーは折角だから使用人に振る舞って、次の日は領地内の街をメイドたちと訪れてお買い物とかしたりして、三日目の日はついに我慢出来なくなって釣りに出掛けた。何故かやんわり止められたが“自由”の盾を掲げて嫁入り道具の釣り竿片手に飛び出した。

 大海を臨み漁港として栄える故郷とは違うけれど、此処も港町。磯釣りが出来るポイントだってしっかり調べ済みだ。
 メイド長には「せめて軽装のドレスを……」と言われたが海を舐めてはいけない。ドレスなんて着ていたらもしものとき重くて溺れてしまうではないか。それに風が強いとスカートが気になって釣りに集中出来ない。

 ポイントに着き、いつもみたいにシャツを脱いでバンドゥスタイルになろうとしたらそれだけは本気で止められた。プライベートアイランドならまだしもこんな場所じゃ止めて、と。
 ここで旦那様が島を持っていることを知る。なら今度はその島に上陸して素潜りでもするか。何を隠そう私は船上での釣りより素潜りの方が好きなのだ。
(いや別に隠したくて隠してるわけじゃないんだけど……。旦那様と互いの興味について話す暇もなかったし……。だから恋人が居るなんて知らなかった。きっと社交界じゃ有名だったのでしょうね)

 初めてのポイントにしては三匹釣れて、母なる海と魚達に感謝を捧げ、美味しく戴いた。何故か同行していたメイド長と侍女は私以上に喜んでいたっけ。

 ──そんな感じでなかなか平和に過ごし、結婚から一週間後のことだった。なんなら結婚したことすら忘れかけていた。
 その日も朝から釣りに出掛け、程よく疲れて湯浴みしてさっぱりしてベッドにボフンと身体を投げて、微睡みの中へ落ちそうになったとき、寝室にノックの音が響く。少し驚いたけれど反射的に返事をした。
 躊躇いなく開かれたドア。ランプの明かりにぼんやりと浮かぶ見慣れないシルエット。

「エマ、」
「えっ!? 旦那様!?」
「帰宅するまで思ったより時間が押してしまったが……、夫の責務を果たす頃合いだろうと帰ってきた」
「えっ? もう?」
「えっ、もう……? っ、ごほん。良いから子を作る準備を」
「え、あ、は、はい」
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