紫電改345

みにみ

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三四五空始動

鳴尾空着任

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1944年10月。黒田光正大尉は
汽車の窓から広大な工場地帯を眺めていた。
ラバウルやトラックといった南方の焦土とはまるで違う
活気に満ちた工業地帯の景色。その光景は、彼が本土防空の任務を果たすべき
「守るべき場所」の重みを突きつけた。

汽車が停車したのは、兵庫県・鳴尾飛行場に最も近い駅だった。
降り立った黒田は、湿った潮風の中に、微かな油の匂いが混じっていることに気づく。
基地の隣には、巨大な川西航空機の工場が、まるで要塞のようにそびえ立っていた。

鳴尾飛行場に足を踏み入れた瞬間、黒田は
この基地の特異な空気を感じ取った。
土浦のような訓練基地の牧歌的な雰囲気とは違う。
そして、ラバウルのような「絶望的な消耗戦」の疲弊感もない。
そこにあるのは、張り詰めた緊張感と
何か新しいものが生まれることに向けられた熱い期待感に溢れていた。

格納庫では、見慣れない整備員たちが、厳重な警備の下で作業に当たっていた。
彼らの眼差しは真剣で、作業の動きには無駄がない。
彼らは、ここで自分たちが日本海軍の最後の切り札を作り上げているという自覚を持っていた。

黒田は、着任報告のため司令部庁舎へ向かった。
彼の胸には、セブ島で半壊した原隊201空の戦友たちへの追悼と
「この本土の空は絶対に守る」という、静かで熱い戦意が燃え上がっていた。


司令室で黒田を待っていたのは、第三四五海軍航空隊司令官、立見孝六郎中佐だった。
立見は、端正な顔立ちと、鋭く、しかし冷静な光を宿した瞳を持つ人物だった。
彼は、黒田が入室するやいなや、椅子から立ち上がり、力強く手を差し出した。

「黒田大尉。よく来てくれた。貴官の着任を心待ちにしていた」

立見は、黒田の疲弊しきった顔を見ながらも、彼の内に秘めた強さを見抜いていた。

「この鳴尾での任務は、貴官の『堅実な戦術』がなければ、成り立たない」

立見は、机上に広げられた詳細な本土防空の戦略地図を指し示した。

「三四五空の使命は、本土防空。だが、単なる爆撃機迎撃ではない。
 敵は、必ず戦闘機を帯同してくる。貴官がラバウルで実践したように
 敵爆撃機を叩く前に、護衛戦闘機を徹底的に排除する必要がある」

立見の言葉は、黒田の「戦闘機掃討」の哲学と完全に一致していた。

「この戦局で、海軍に残された搭乗員は限られている。
 無駄な消耗は、即ち敗北に繋がる。貴官の『生還を優先する堅実さ』こそが
 この消耗戦で皇国の地を最後まで残すために必要な戦術だ」

立見は、立ち上がり、黒田に背を向け、窓の外の川西工場を見つめた。

「本土防空は、日本海軍の最後の任務だ。
 我々の背後には、守るべき国民の生活と、日本の軍事心臓部がある。
 三四五空は、中国・四国、そしてこの近畿地方の心臓部を
 鉄壁に守り抜く、日本海軍最後の最強戦闘機隊となる」

立見の言葉には、戦略家としての冷静な分析と
敗戦を許さないという強い野心が込められていた。
彼は、「堅実」な黒田と、後に紹介される「果敢」な蜜田
二つの相反する才能を組み合わせることで
究極のバランスを持つ戦闘機隊を創設する、壮大な野望を持っていた。


立見は、机に戻り、一枚の辞令書を黒田に差し出した。

「改めて任命する。黒田大尉。貴官には
 第三四五海軍航空隊 戦闘503飛行隊隊長を命ずる」

「はっ!」

黒田は、辞令を受け取り、力強く敬礼した。彼の心の中で
「戦友の仇を討ち、本土を守る」という使命感が、明確な形を結んだ。

立見は、503飛行隊の編成について説明した。

「503隊には、貴官と同じ南方戦線の生き残りや
 教官経験者など、練度の高いベテランを集めた。
 彼らは、貴官の『堅実な戦術』を最も深く理解し、実践できる者たちだ。
 即ち、貴官の隊は、『堅実な守備』、『消耗を避けた確実な攻撃』を担う、三四五空の礎となる」

黒田は、その編成に納得した。彼が土浦で教官として指導した
「生きた戦術」を、そのまま実践できる、合理的な部隊だ。
503隊は、彼自身の「堅実な哲学」の体現者たちとなるだろう。

立見は、さらに続けた。
「そして、もう一つの戦闘飛行隊、戦闘504隊の隊長には、蜜田峰壮大尉を任命した。
 彼は、貴官とは対照的な『猪武者』だ。果敢な戦意と
 被弾を恐れぬ攻撃力を持つ。彼が率いる504隊は、三四五空の『矛』となるだろう」

黒田は、立見の意図を瞬時に理解した。
自分の「堅実な守り」と、蜜田の「捨身の攻め」。
立見は、この二つの極端な哲学を一つの部隊に収斂させ
いかなる敵にも対応できる「矛盾を抱えた最強の部隊」を作り上げようとしているのだ。


立見は、部屋の鍵を回し、窓の外を指し示した。
巨大な川西工場の屋根が、鈍い光を反射している。

「黒田大尉。貴官らが乗る機体について、正式に伝える」

立見は、一息置いて、その機密を告げた。

「貴官らの乗機は、局地戦闘機『紫電改』、正式名称紫電二一型だ。
 零戦の限界を知る貴官にとって、これ以上の機体はない」

黒田の胸は、激しく脈打った。彼は、内地に帰還した時から
この「次世代新鋭機」の噂を聞いていた。
零戦の機動性と、米軍機に匹敵する速度と火力
そして防御力を兼ね備えた、日本最後の希望。

「紫電改には、四門の強力な二〇粍機銃が搭載される。
 貴官が零戦に無理に搭載した十三粍機銃の比ではない、圧倒的な火力だ」

黒田の脳裏に、十三粍機銃を載せた黒田特機の姿が浮かんだ。
あの時、彼が「堅実な火力」を求めた哲学が、今、この「紫電改」という
完成された機体によって、正当化されたのだ。
「それに加え発動機は2000馬力級の新型エンジン誉
 まぁ若干不調は多めだが整備員がどうにかしてくれるだろう
 紫電改の予定最高速度は推定643km/h 零戦とは比較にならぬ」

「紫電改の高性能と、貴官の『戦闘機掃討』戦術は、まさに運命的な合致だ。
 貴官は、この機体の性能を最大限に引き出し、敵戦闘機を本土の空から一掃する。
 それが、散っていった戦友たちの仇を討ち、本土を防衛する、貴官の最後の使命となる」

立見の言葉に、黒田の瞳には、熱い光が灯った。

「立見司令官。この黒田、全身全霊をかけて、この使命を完遂いたします」

黒田は、立見の野望と、紫電改という「最強の武器」を得て
本土防空という新たな戦場への覚悟を固めた。彼の胸に燃えるのは
ラバウルで散った者たちへの追悼と「二度と日本の空を敵に踏ませない」という、熱い使命感だった。

彼の視線は、窓の外の川西工場へ向けられた。
あそこで、日本の未来の空を担う、紫電改が今、生まれている。
黒田の「堅実」の哲学が、この最新鋭機の翼に託される時が、まもなく来る。
物語は、もう一人の主役、蜜田峰壮大尉との出会いへと続く。
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