紫電改345

みにみ

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三四五空始動

一騎打ち

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鳴尾飛行場上空。黒田光正大尉の紫電改と
蜜田峰壮大尉の紫電改は、模擬空戦の最終局面、一騎打ちの渦中にあった。

黒田は、自らが徹底する「堅実・精密」の戦術が
優位に立っていることを確信していた。
彼は、蜜田を低速の格闘戦に引きずり込ませず
常に一撃離脱戦法が可能な高空からの優位を維持していた。
蜜田機が強引に上昇を試みるたび
黒田は速度でそれを上回り、理想的な射角を確保しようと機体を操る。

(蜜田は、焦れている。このまま速度差を維持し
 確実に射程圏内に捉えれば、私の勝ちだ)

黒田は、操縦桿を握る手に力を込めた。
彼が求め続けた「確実な勝利」は、もう目の前にあった。

しかし、蜜田の瞳には、焦りではなく、勝利への猛烈な「執念」が宿っていた。
蜜田は、黒田の完璧な防御的な動きこそが、敵機を逃がす要因だと見切っていた。

「黒田大尉は、被弾を恐れすぎている。
 それでは、あのF6FやP-38を叩き潰すことなどできん!」

蜜田は、黒田機が優位な高所を占めているにも関わらず
あえて機体を急激に減速させ、黒田機の進路上へと水平旋回を仕掛けた。
それは、零戦が得意とした戦い方であり、紫電改のコンセプトには反する無謀な機動だった。

黒田は、蜜田の行動に驚愕した。

「馬鹿な!あの速度で旋回を続ければ、蜜田機は失速するぞ!」

紫電改は、高翼から中翼に変わり、自動空戦フラップが搭載されたが
基本的には零戦よりも重く、旋回半径は大きいはずだ。
しかし、蜜田機は、信じられないほどの小さな半径で急旋回を続けた。

その時、蜜田はコックピットの中で、自動空戦フラップのスイッチを
手動(マニュアル)に切り替えていた。
そして、着陸時と同程度の
最大下げ角までフラップを下ろし、揚力を極限まで高めた。

これにより、彼の機体の失速速度は驚異的な120kmまで落ち込み
紫電改の重い機体にも関わらず、零戦に勝るとも劣らない旋回性能を発揮した。

しかし、この行為は、機体構造に極度の負担をかける禁じ手であり
フラップが吹き飛ぶか、翼が分解する寸前の無理な機動だった。

蜜田は、この一瞬の「奇策」で、黒田機の予測を完全に上回った。
黒田機は、蜜田の予期せぬ急旋回に対応しようと機体を急激に傾けたが
既に蜜田機は黒田機の下方、そして内側の射角へと入り込んでいた。

蜜田機は、黒田機の精密射撃の射線に、自ら数瞬入ることを承知の上で
旋回を続行。その「被弾を覚悟した無理な機動」によって、ついに黒田機の機首前方へと躍り出た。

「503 1番機(黒田機)、撃墜判定!直ちに離脱せよ!」

地上の見張り所からの無電が、戦慄と共に響き渡った。
黒田は、自身の完璧な防御網が、蜜田の「命を賭す戦意」によって
破られたことを悟った。彼の回避は、一歩間に合わなかった。


着陸後、黒田は自機の翼を叩き、激しい動揺を隠せなかった。
彼は、直ちに蜜田の元へと向かった。

「蜜田大尉!あの最後の機動は
 一体どういうことだ!手動フラップを使ったのか!?」

黒田の問いに、蜜田は涼しい顔で答えた。
「ああ。自動は、時に臆病だからな。勝利には、『強引さ』が必要だ」

「強引さではない!自殺行為だ!あの機動は
 実戦なら間違いなく敵弾を浴びる。被弾、もしくは致命傷を負うぞ!
なぜ、あんな無茶をした!」黒田の声は、怒りと焦燥に満ちていた。

蜜田は、黒田の詰問を真っ向から受け止めた。

「黒田大尉。貴官は『被弾を避けること』を最優先した。
 だが、俺の眼には、貴官が敵を逃がす寸前だったと映った」

蜜田は、黒田に一歩近づき、鋭い目で見た。

「一発も撃たずに落ちるなら、撃たれてもいいから撃ち返す。
 それが、俺の戦意だ。貴官の言う通り、あの機動で俺は被弾したかもしれない。
 だが、実戦なら、貴官がその被弾を恐れて機動を躊躇した一瞬が
 敵を逃がし、奴らを本土上空にまで呼び込む」

蜜田にとって、「撃墜判定」こそがすべてだった。
彼は、純粋な生還主義を貫く黒田の戦術を、紙一重の「命を賭す覚悟」で上回ったのだ。

黒田は、蜜田の戦術を「危険」と断じながらも、その言葉に反論できなかった。
彼自身の「堅実」は、確かに敵を逃がす要因になり得た。
彼の哲学は、「生還」という防御に徹しすぎて
「勝利」という攻撃の執念を欠いていたのかもしれない。


すべての模擬空戦が終了した後、立見司令官は、黒田と蜜田を前に最終的な評価を下した。

「黒田大尉。貴官の戦闘503飛行隊は、編隊の連携
 戦術の緻密さにおいて、海軍屈指だ。
 貴官の『堅実な守り』は、三四五空の生存率を保証する」

立見は、黒田に敬意を表した上で、蜜田に向き直った。

「蜜田大尉。貴官の戦闘504飛行隊は、攻撃の執念
 機体の限界を引き出す果敢さにおいて、黒田隊の一歩先を行く。
 貴官の『捨身の攻め』は、三四五空の撃墜数を保証する」

そして、両隊長を見据え、立見は高らかに宣言した。

「結論として、黒田は守りの堅実さで勝るが、蜜田は攻撃の執念で一歩上回った。
 しかし、三四五空は、どちらか一方を選ぶことはしない」

「三四五空は、この二つの相反する戦術を併せ持つことで、最強となる!」

立見は、黒田の「堅実な防御」と、蜜田の「捨身の攻撃」を
この部隊の絶対的な両翼とすることを改めて明確にした。
三四五空は、「消耗を避け、生き残ること」と
「命を賭してでも、確実に敵を叩き潰すこと」という
二つの矛盾した哲学を同時に追求する、日本海軍最後の特異な戦闘機隊となったのだ。


黒田は、蜜田の「捨て身の勝利」と、立見司令官の「最強の矛盾」の宣言を受け
自身の「堅実」の定義を拡張する必要性を悟った。

(蜜田の戦術は危険だ。だが、『本土防空』という
 後退を許されない使命を果たすためには、あの命を賭すほどの攻撃的な戦意も必要となる)

彼の「生還戦術」は、自己保存のためだけではない。
仇を討ち、本土を守るという、大義を完遂するための手段である。
そのためには、時に「攻撃の熱」をもって、敵を粉砕する「覚悟」が必要だ。

黒田は、蜜田の戦術を「危険」と断じつつも
その「熱」を自身の「堅実」の中に取り込むことを決意した。

「蜜田大尉。次の模擬空戦では
 貴官の『捨身』を、私の『堅実』で包み込んでみせる」

黒田は、自らの隊を「鉄壁の盾」として練磨しつつ
紫電改の持つ圧倒的な火力を、「確実に敵を屠る一撃」へと昇華させるための訓練に没頭した。

第三四五海軍航空隊は、黒田と蜜田という二人のエースの対立と協調を原動力に
本土防空という重い使命を背負い、紫電改という翼と共に、来るべき決戦の時を待つのであった。
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