紫電改345

みにみ

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三四五空始動

紫電改、受領

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1944年10月。第三四五海軍航空隊(三四五空)の搭乗員たちが
待ち焦がれた瞬間が訪れた。川西航空機の工場から
真新しい局地戦闘機「紫電改」(紫電二一型)が、厳重な警備の下、鳴尾飛行場へと搬入された。

その機体は、紫電一一型甲の持つ重々しい癖を削ぎ落とし
低翼という洗練されたフォルムを得ていた。主翼に搭載された四門の二〇粍機銃は
その強力な火力を無言で主張している。誉エンジンを包み込む機首は精悍で
機体全体から零戦にはない高い機体強度と速度が感じられた。

黒田光正大尉は、愛機の傍らに立ち、その翼にそっと触れた。
その肌触りは冷たい金属の塊であったが、黒田の心は熱く燃え上がった。

(これだ。これこそが、F6Fに対抗し、仇を討つための機体だ)

ラバウルで、彼は零戦の限界を知った。機動性に優れようとも
火力の弱さと防御力の脆さゆえに、常に米軍機の土俵で戦わざるを得なかった。
しかし、この紫電改は違う。強力なエンジンが生み出す速度
堅牢な機体が生み出す防御力、そして四門の二〇粍機銃が生み出す圧倒的な火力。
黒田が零戦の十三粍機銃に託した「堅実な火力」の哲学が、この機体によってついに完成されたのだ。

搭乗員たちの士気は最高潮に達した。
彼らは、比島方面で散っていった戦友たちの無念を
この最新鋭の翼で晴らせることを確信した。

黒田は、自隊である戦闘503飛行隊の隊員たちに訓示を飛ばした。
「いいか。紫電改は最強だ。だが、その力を過信するな。
 我々がラバウルで学んだ『堅実な戦術』と
 この『最強の矛』を組み合わせることで、本土の空を鉄壁にする。
 我々は、決して消耗しない。一機も失わず、敵を叩き潰す!」


紫電改の機種転換訓練を終えた翌日、立見孝六郎司令官の号令の下
三四五空の戦術の方向性を定めるための大規模な模擬空戦が実施されることになった。

対戦するのは、黒田率いる戦闘503飛行隊と、蜜田峰壮大尉率いる戦闘504飛行隊。

地上には、観測員が配置され、空には観測機が舞い上がった。
模擬空戦のルールは、
「敵機を機首前方左右30度の範囲に4秒間捉えれば
 仮想撃墜判定とする。射撃は行わない」という、極めて厳密なものだった。
このルールは、紫電改の持つ二〇粍機銃の有効射程と
搭乗員の精密な射撃技術を評価するための立見の工夫であった。

午前十時。立見の号令と共に、両隊は編隊を組み、空へと舞い上がった。

黒田の503隊は、「堅実・精密」**の哲学を体現した。
編隊は乱れることなく、常に高空を維持し、速度という『命綱』を確保する。
彼らは、蜜田隊が仕掛けてくるのを待ち構え、一撃離脱戦法を徹底する構えだ。

蜜田の504隊は、「果敢・強引」の哲学を具現化していた。
編隊は、黒田隊に比べるとやや自由奔放であったが、その動きは常に攻撃的だった。
蜜田は、黒田隊の編隊連携を破るため、単機や小編隊で強引に突っ込み
零戦時代の格闘戦をも辞さない戦い方で、「撃たれる前に撃つ」という猛烈な攻撃で応戦した。


模擬空戦が始まると、鳴尾飛行場の上空は、たちまち戦場と化した。
紫電改の高性能が、遺憾なく発揮される。

黒田隊は、高空からの急降下で蜜田隊の一機を仮想撃墜する。

「504 9番機、撃墜判定。直ちに離脱せよ!」

地上の見張り所からの無電が、すぐに響いた。
しかし、蜜田は、その一瞬の隙を突いて
別の機体と共に黒田隊の離脱ルートを塞ぎ、逆襲を仕掛ける。

「503 5番機、撃墜判定!離脱せよ!」

無電は、ひっきりなしに、両隊の損害を告げ続けた。

黒田の**「堅実」は、確実に効果を発揮していた。
彼の隊員たちは、編隊の連携を崩さず
確実に射角の優位を確保した時のみ、攻撃に移行した。
精密な操縦と戦術で、蜜田隊の強引な突撃をいなし
確実に仮想撃墜数を重ねていく。

一方、蜜田の「果敢」も、紫電改の強力な機体特性と相まって
驚異的な破壊力を生んでいた。彼は、多少の危険を顧みず
黒田隊の防御的な編隊の隙間を強引に突き破り、接近戦に持ち込もうとした。

「504 1番機(蜜田機)が、503 3番機を背後から捉えた!撃墜判定!」

「503 7番機、垂直急上昇で、504 4番機を仮想撃墜!」

空戦は、まさに一進一退の激しい攻防となった。
両隊は、紫電改の性能を限界まで引き出し、零戦時代には考えられなかった
高速・高Gの機動を繰り返した。立見司令官は
地上でその状況を観察しながら、満足げな表情を浮かべていた。
彼は、この二人の隊長が持つ対照的な才能が、互いを高め合っていることを理解していた。


激しい模擬空戦の結果、両隊の損耗数はほぼ互角となった。
そして、立見司令官は、空戦の最終局面として、両隊長機による一騎打ちを命じた。

「黒田大尉、蜜田大尉。これより
 両隊長機の一騎打ちとする。他機は直ちに戦場を離脱せよ!」

黒田機と蜜田機は、高度を上げ、互いに距離を取った。
空戦の趨勢は、今、この二人のエースの手に委ねられた。

黒田は、「堅実」に徹する。蜜田の「捨身」の攻撃の危険性を知っている黒田は
決して低速の格闘戦には持ち込まない。
彼は、紫電改の速度を最大限に利用し
常に太陽を背に、高所からの優位を保つことに集中した。

(蜜田は、必ず強引な突撃で、私の防御を破ろうとする。そこを冷静に見極め、一撃で仕留める)

一方、蜜田は、黒田の冷静沈着な戦術を打ち破ることに、闘志を燃やしていた。

(黒田は、完璧な防御で勝とうとしている。
 だが、紫電改は、防御ではなく、攻撃のためにある!
 彼の完璧さを、俺の捨身の攻撃で、崩し去る!)

蜜田機は、まず急上昇で黒田機の高度に追いつこうと試みるが
黒田はそれを許さず、微妙な高度差と速度差を維持する。
焦れた蜜田は、ついに強引な機動で、黒田機の射程圏内へと突っ込んでいった。

黒田は、蜜田の動きを冷静に分析し、射角に入った瞬間を狙う。
「4秒間、機首の十字線を合わせる」—その精密な操作は
彼がラバウルで培った「確実な撃墜」の技術そのものだった。

しかし、蜜田は、黒田の予想を上回る「捨て身の決断」を下すことになる。
彼の「被弾をも厭わない猛烈な戦意」が、黒田の「堅実な防御」を試す
最後の局面が迫っていた。模擬空戦は、単なる技術の優劣ではなく
二人のエースの哲学の衝突へと、戦慄すべき高みに達したのだ。
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