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剣と光
松山進出
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1945年1月、新春の冷たい空気の中
第三四五海軍航空隊(三四五空)は、紫電改の翼を休めることなく
愛媛県・松山基地へと進出した。三四五空の使命は
同じく最新鋭の紫電改を運用し、「日本海軍航空隊最後の希望」と謳われる
第三四三海軍航空隊(三四三空、通称:剣部隊)との連携強化と共同訓練にあった。
鳴尾から松山へ飛び立った黒田光正大尉ら搭乗員たちは
瀬戸内海の穏やかな海を眼下に望みながらも、胸には期待と
それ以上の緊張感を抱いていた。彼らがこれから共に訓練するのは
海軍が総力を挙げて集めた選り抜きの精鋭たちだ。
松山基地に着陸した黒田がまず感じたのは
鳴尾とはまた違う、異質な緊張感だった。
鳴尾が「新しい武器と使命」に駆られた緊張だとすれば
松山は「勝つことのみを追求する」という、鋭利な剣のような空気だった。
基地内の整備員や搭乗員たちの動きは
一分の隙もなく、すべての行動に「決戦」への覚悟が滲み出ていた。
「これが、『剣部隊』か……」
黒田は、かつてのラバウルや土浦では感じられなかった、
勝利への純粋な執念のようなものを感じ取った。
それは、「消耗戦」の泥沼から脱却し、「戦術と技術」で
最後の望みを掴もうとする、源田司令官の哲学が隅々まで浸透した結果だろう。
黒田は、立見孝六郎司令官に随行し、三四三空司令官・源田実大佐との面会に臨んだ。
源田大佐は、黒田が兵学校時代から知る「伝説の人物」だった。
真珠湾攻撃の作戦を立案し、海軍航空隊の黎明期を築いた頭脳であり
日本海軍の栄光と挫折を知る男。その彼が、今、この「最後の剣」の総指揮を執っている。
源田は、黒田らを司令室に迎え入れた。
その目は冷静沈着でありながら、未来を見据えるような強い光を放っていた。
「立見、よく来てくれた。そして、黒田大尉。貴官の南方での戦訓は
既に私の手元にある。『堅実にして、確実』。素晴らしい戦術だ」
源田は、立見と向き合い、海軍の現状について言葉を交わした。
その会話は、極めて冷徹な現状認識に基づいていた。
「海軍の航空戦力は、既に『数』では語れない。
残されたのは、『質』と『技術』のみ。紫電改という最後の希望を
我々は、消耗戦で使い潰すわけにはいかない」
源田は、黒田の方へ視線を向けた。
「黒田大尉。貴官がラバウルで実践し、土浦で教えてきた
『搭乗員の生命と戦訓を保持する戦い方』、すなわち『堅実』の哲学こそが
この戦局で最も重要となる。
紫電改の運用は、搭乗員の生命と戦訓を保持する唯一の道だ」
源田の言葉は、黒田の哲学に戦略的な正当性を与えた。
彼の「堅実」は、単なる生還願望ではなく、日本海軍の未来を繋ぐための
戦略的な選択として承認されたのだ。黒田は、背筋を伸ばし、深く頭を下げた。
立見と源田は、口を揃えて「戦闘機掃討」が唯一の共通戦略であることを確認した。
立見中佐が言った。
「源田、貴官と私の部隊が、本土防空の双璧となる。
敵のB-29を叩く前に、必ず護衛戦闘機を徹底的に排除しなければならない。
その成功は、三四三空と三四五空の相互連携にかかっている」
源田大佐は頷いた。
「そうだ。我々二つの紫電改部隊が
日本の空を鉄壁に守り抜く。連携が、すべてを決する」
立見司令官との面会後、黒田は源田大佐に随行し
三四三空の部隊編成を視察した。黒田が知る限り
これほどまでに「質」にこだわった部隊は、海軍史上でも異例だった。
三四三空の戦闘飛行隊は、それぞれ異なる個性を持つ精鋭で構成されていた。
戦闘301飛行隊(鴛淵隊):隊長の鴛淵孝大尉は、沈着冷静なベテラン。
部隊は、理論と技術を重視した、極めて合理的な戦い方を信条としていた。
戦闘407飛行隊(林隊):隊長の林喜重大尉は、熟練の搭乗員が多く
バランスの取れた堅実な戦術が持ち味。
戦闘701飛行隊(菅野隊):隊長の菅野直大尉は、
豪胆さと類稀な戦闘センスを持つエース。部隊全体が、超攻撃的かつ変幻自在の機動を誇っていた。
黒田は、特に戦闘701飛行隊の隊員たちの眼差しに
蜜田峰壮大尉の隊員たちと同じ「熱」を感じた。そして
隊長である菅野直大尉の機体の傍らで整備作業を見守るその姿に
「本物のエース」が放つ、冷徹なまでのオーラを感じ取った。
「戦闘701隊は、菅野大尉が率いる。彼は、この部隊の中でも
『剣』の中の『剣』だ」源田は、誇らしげに言った。
「貴官が率いる503隊**と、菅野隊は、対照的でありながら、最高の相乗効果を生むだろう」
黒田は、蜜田の「捨身の攻撃」を思い出し、そして
この菅野隊の「冷酷なまでの攻撃性」を目の当たりにして
自身の「堅実」が、「守り」として機能するための
より高度な技術を求められていることを痛感した。
視察を終えた後、立見司令官と源田司令官は
改めて共同訓練の目的を黒田たちに明言した。
源田大佐は、黒田と蜜田の二人の戦闘隊長に正面から向き合った。
「今回の共同訓練の目的は、大きく分けて二つある。
一つは、「編隊連携の洗練」だ。我々は、異なる部隊でありながら
一つの『剣』として機能しなければならない。
互いの隊の戦術を理解し、空中での連携を、血液のようにスムーズにする必要がある」
そして、立見中佐が続けた。
「もう一つは、「誉エンジンの整備技術の共有」だ。紫電改の心臓である
『誉』は、高性能であるがゆえに、極めて繊細でピーキーだ。
一つの小さな不具合が、戦闘機の全滅に繋がりかねない。
三四三空の整備科は、誉の整備において
既に多くの貴重な戦訓と技術を持っている。
三四五空は、それを余すところなく吸収する必要がある」
この言葉は、黒田の「堅実」の哲学と完全に一致していた。
いかに優れた機体とエースパイロットが揃っていようとも
整備と稼働率が低ければ、それはただの「鉄の塊」である。
「戦術と技術」だけでなく、「整備と稼働率」という
「堅実」の基盤を強化すること。それが、この共同訓練の裏の目的だった。
黒田は、自身の戦闘503飛行隊が、鴛淵隊や林隊といった
「堅実派」との訓練を通じて、編隊戦術の普遍的な有効性を確認し
さらに精密な連携を学ぶことを誓った。
そして、蜜田が率いる504飛行隊が、菅野隊といった「超攻撃派」と激突することで
紫電改の持つ攻撃的な可能性を最大限に引き出すことを期待した。
黒田光正大尉は、松山の地で、海軍航空隊最後の希望を託された部隊の
「双璧」と対峙し、本土防空という重い使命を果たすための、最終的な準備に入ったのだ。
第三四五海軍航空隊(三四五空)は、紫電改の翼を休めることなく
愛媛県・松山基地へと進出した。三四五空の使命は
同じく最新鋭の紫電改を運用し、「日本海軍航空隊最後の希望」と謳われる
第三四三海軍航空隊(三四三空、通称:剣部隊)との連携強化と共同訓練にあった。
鳴尾から松山へ飛び立った黒田光正大尉ら搭乗員たちは
瀬戸内海の穏やかな海を眼下に望みながらも、胸には期待と
それ以上の緊張感を抱いていた。彼らがこれから共に訓練するのは
海軍が総力を挙げて集めた選り抜きの精鋭たちだ。
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鳴尾とはまた違う、異質な緊張感だった。
鳴尾が「新しい武器と使命」に駆られた緊張だとすれば
松山は「勝つことのみを追求する」という、鋭利な剣のような空気だった。
基地内の整備員や搭乗員たちの動きは
一分の隙もなく、すべての行動に「決戦」への覚悟が滲み出ていた。
「これが、『剣部隊』か……」
黒田は、かつてのラバウルや土浦では感じられなかった、
勝利への純粋な執念のようなものを感じ取った。
それは、「消耗戦」の泥沼から脱却し、「戦術と技術」で
最後の望みを掴もうとする、源田司令官の哲学が隅々まで浸透した結果だろう。
黒田は、立見孝六郎司令官に随行し、三四三空司令官・源田実大佐との面会に臨んだ。
源田大佐は、黒田が兵学校時代から知る「伝説の人物」だった。
真珠湾攻撃の作戦を立案し、海軍航空隊の黎明期を築いた頭脳であり
日本海軍の栄光と挫折を知る男。その彼が、今、この「最後の剣」の総指揮を執っている。
源田は、黒田らを司令室に迎え入れた。
その目は冷静沈着でありながら、未来を見据えるような強い光を放っていた。
「立見、よく来てくれた。そして、黒田大尉。貴官の南方での戦訓は
既に私の手元にある。『堅実にして、確実』。素晴らしい戦術だ」
源田は、立見と向き合い、海軍の現状について言葉を交わした。
その会話は、極めて冷徹な現状認識に基づいていた。
「海軍の航空戦力は、既に『数』では語れない。
残されたのは、『質』と『技術』のみ。紫電改という最後の希望を
我々は、消耗戦で使い潰すわけにはいかない」
源田は、黒田の方へ視線を向けた。
「黒田大尉。貴官がラバウルで実践し、土浦で教えてきた
『搭乗員の生命と戦訓を保持する戦い方』、すなわち『堅実』の哲学こそが
この戦局で最も重要となる。
紫電改の運用は、搭乗員の生命と戦訓を保持する唯一の道だ」
源田の言葉は、黒田の哲学に戦略的な正当性を与えた。
彼の「堅実」は、単なる生還願望ではなく、日本海軍の未来を繋ぐための
戦略的な選択として承認されたのだ。黒田は、背筋を伸ばし、深く頭を下げた。
立見と源田は、口を揃えて「戦闘機掃討」が唯一の共通戦略であることを確認した。
立見中佐が言った。
「源田、貴官と私の部隊が、本土防空の双璧となる。
敵のB-29を叩く前に、必ず護衛戦闘機を徹底的に排除しなければならない。
その成功は、三四三空と三四五空の相互連携にかかっている」
源田大佐は頷いた。
「そうだ。我々二つの紫電改部隊が
日本の空を鉄壁に守り抜く。連携が、すべてを決する」
立見司令官との面会後、黒田は源田大佐に随行し
三四三空の部隊編成を視察した。黒田が知る限り
これほどまでに「質」にこだわった部隊は、海軍史上でも異例だった。
三四三空の戦闘飛行隊は、それぞれ異なる個性を持つ精鋭で構成されていた。
戦闘301飛行隊(鴛淵隊):隊長の鴛淵孝大尉は、沈着冷静なベテラン。
部隊は、理論と技術を重視した、極めて合理的な戦い方を信条としていた。
戦闘407飛行隊(林隊):隊長の林喜重大尉は、熟練の搭乗員が多く
バランスの取れた堅実な戦術が持ち味。
戦闘701飛行隊(菅野隊):隊長の菅野直大尉は、
豪胆さと類稀な戦闘センスを持つエース。部隊全体が、超攻撃的かつ変幻自在の機動を誇っていた。
黒田は、特に戦闘701飛行隊の隊員たちの眼差しに
蜜田峰壮大尉の隊員たちと同じ「熱」を感じた。そして
隊長である菅野直大尉の機体の傍らで整備作業を見守るその姿に
「本物のエース」が放つ、冷徹なまでのオーラを感じ取った。
「戦闘701隊は、菅野大尉が率いる。彼は、この部隊の中でも
『剣』の中の『剣』だ」源田は、誇らしげに言った。
「貴官が率いる503隊**と、菅野隊は、対照的でありながら、最高の相乗効果を生むだろう」
黒田は、蜜田の「捨身の攻撃」を思い出し、そして
この菅野隊の「冷酷なまでの攻撃性」を目の当たりにして
自身の「堅実」が、「守り」として機能するための
より高度な技術を求められていることを痛感した。
視察を終えた後、立見司令官と源田司令官は
改めて共同訓練の目的を黒田たちに明言した。
源田大佐は、黒田と蜜田の二人の戦闘隊長に正面から向き合った。
「今回の共同訓練の目的は、大きく分けて二つある。
一つは、「編隊連携の洗練」だ。我々は、異なる部隊でありながら
一つの『剣』として機能しなければならない。
互いの隊の戦術を理解し、空中での連携を、血液のようにスムーズにする必要がある」
そして、立見中佐が続けた。
「もう一つは、「誉エンジンの整備技術の共有」だ。紫電改の心臓である
『誉』は、高性能であるがゆえに、極めて繊細でピーキーだ。
一つの小さな不具合が、戦闘機の全滅に繋がりかねない。
三四三空の整備科は、誉の整備において
既に多くの貴重な戦訓と技術を持っている。
三四五空は、それを余すところなく吸収する必要がある」
この言葉は、黒田の「堅実」の哲学と完全に一致していた。
いかに優れた機体とエースパイロットが揃っていようとも
整備と稼働率が低ければ、それはただの「鉄の塊」である。
「戦術と技術」だけでなく、「整備と稼働率」という
「堅実」の基盤を強化すること。それが、この共同訓練の裏の目的だった。
黒田は、自身の戦闘503飛行隊が、鴛淵隊や林隊といった
「堅実派」との訓練を通じて、編隊戦術の普遍的な有効性を確認し
さらに精密な連携を学ぶことを誓った。
そして、蜜田が率いる504飛行隊が、菅野隊といった「超攻撃派」と激突することで
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