紫電改345

みにみ

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剣と光

激突 戦闘407

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1945年1月。松山基地での共同訓練の初日
第三四五海軍航空隊(三四五空)の戦闘503飛行隊と
第三四三海軍航空隊(三四三空)の戦闘407飛行隊が、紫電改の翼を交えた。

黒田光正大尉率いる503隊は、「堅実・精密」を信条とする
黒田の哲学を体現する部隊だ。対する林喜重大尉率いる407隊も
三四三空の中では「堅実な戦術」を身上としていた。
しかし、その戦術の深さと徹底ぶりには、明確な差があった。

空戦前のブリーフィング。林大尉は、黒田に向かって敬意を示した。
「黒田大尉のラバウルでの戦術は、既に我々の教科書だ。
 本日は、貴官の『生きた戦訓』を学ばせていただく」

黒田は、淡々と自隊の目標を伝えた。
「林大尉。我々の目標は
 『敵に損害を与えつつ、自隊の損耗をゼロに抑える』ことです。
 零戦時代の格闘戦は、この紫電改にとってすら、死の罠となり得ます」

松山の上空に舞い上がった両隊は、互いに高空を占めようと激しい垂直機動を展開した。
両隊とも、紫電改の持つ誉エンジンのパワーと速度を最大限に活用しようとしていた。


模擬空戦が開始された。林隊は、紫電改の優位性を理解しつつも
攻撃に入った後、深追いをしたり、旋回戦の要素を取り入れようとしたりする
零戦時代の名残が残っていた。林隊の搭乗員は
「紫電改の性能なら、もう少し戦えるはずだ」という無意識の過信を抱いていたのだ。

しかし、黒田隊の戦い方は、極限まで無駄が削ぎ落とされていた。

黒田は、編隊を率いて常に林隊よりも高い位置を維持。
一度でも林隊が速度を落とす機動を見せると、即座に編隊連携による急降下攻撃を仕掛けた。
攻撃は、一瞬の精密射撃に集中される。

「射角優位を確保!一撃必中!離脱!」

黒田の無線指示は、常に冷静沈着だった。
彼の隊員は、敵を確実に「4秒間」機首に捉えると
すぐに機首を上げ、離脱に入った。彼らは、絶対に
敵の射線に入らないことを最優先とし、離脱の際の速度維持を徹底した。

林隊の一人が、黒田機の一撃離脱を追おうと
紫電改を旋回させた瞬間、黒田隊の僚機が上空から舞い降りてきた。

「407 5番機、撃墜判定!離脱せよ!」

林隊の隊員は、その確実な連携と冷徹なまでの深追い回避に舌を巻いた。
林隊の機体は、徐々に「仮想撃墜」されていった。

林大尉自身が、黒田機の動きを追おうと低速旋回に入った瞬間
黒田機は遙か上空へと離脱していた。林は、無駄な消耗を避け
機体と搭乗員の生存を何よりも重視する黒田の「堅実」の哲学が
紫電改の性能を最も効果的に活かしていることを悟った。


模擬空戦は、黒田隊の圧勝という形で終了した。
損耗率は、黒田隊がゼロ、林隊が四機という結果だった。

戦後の合同検討会は、重苦しい雰囲気の中で開かれた。林大尉は、潔く敗北を認めた。

「黒田大尉の戦術は、完璧だった。我々は、紫電改の高性能に酔い、
 零戦時代の『格闘戦の名残』を捨てきれていなかった」

黒田は、勝者の傲りを見せることなく、静かに、しかし力強く語り始めた。

「林大尉、そして407飛行隊の皆さん。我々は、紫電改という
 『日本海軍最後の最高の武器』を手にしています。
 我々の使命は、本土防空です。本土防空戦は、消耗戦を許しません」

黒田は、黒板に大きく「本土防空戦」と書き記した。

「南方や比島で散っていった戦友たちは、『消耗』されました。
 彼らが命を賭して我々に伝えた戦訓は、『格闘戦は死を意味する』ということです」

黒田は、立ち上がった。彼の声には、ラバウルでの無念と
201空の仲間たちへの追悼の念が込められていた。

「我々三四五空が、そして三四三空が、一機の損耗を出すということは
 本土防空の破綻に繋がる。敵は、我々が消耗するのを待っている。
 搭乗員の生還を優先することは、自己保身ではない。
 それは、本土を守り続けるための、最も重要な戦略なのです」

「一機の損耗は、ただの数字ではない。それは、一個の熟練搭乗員の喪失であり
 一つの紫電改という貴重な資源の喪失であり
 そして未来の空を守るための、一つの可能性の喪失だ」

黒田の言葉は、三四三空の搭乗員たちの心に深く浸透した。彼らもまた
零戦の限界を知りながら戦ってきた。黒田の「堅実」の哲学は
「死を恐れるな」という従来の精神論とは違い
「生きてこそ、その技術と戦術が未来を繋ぐ」という
極めて現実的で、かつ熱い使命感に満ちていた。


同じ頃、格納庫の一角では、三四五空のベテラン整備兵・田口と
三四三空の整備の要である吉田整備兵長が、共同訓練のもう一つの重要な目的である
「誉エンジンの整備技術の共有」**に熱中していた。

誉エンジンを前に、田口は困惑した表情を浮かべていた。
「吉田兵長。この誉エンジンは、確かに力はある。
 だが、あまりにもピーキーだ。
 特に高出力での連続稼働時の過熱対策には、頭を悩ませている」

吉田整備兵長は、油で汚れた手を拭い、落ち着いた口調で答えた。
「田口さん。紫電改の誉は、『生き物』です。繊細で、怒りやすい。
 我々も多くの機体を潰し、多くの失敗を重ねて、ようやく『機嫌の取り方』を掴みました」

吉田は、現場で得た「生きた整備技術」を余すところなく田口に伝えた。

過熱対策:特に夏季や高出力時の冷却液の管理と
     プロペラのピッチ調整の微妙なタイミング。

降着装置:複雑な構造を持つ降着装置の
     迅速かつ確実な点検と修理の手順。

稼働率の維持:部品が不足する中での
       故障部位の特定と代替部品の工夫。

「戦闘機隊がいくら強くても、エンジンが動かなければ、ただの鉄屑です。
 黒田大尉の**『損耗ゼロ』を達成するには、空戦技術だけでなく、
 我々整備兵の『完璧な整備』が不可欠だ」吉田は力を込めて言った。
田口は、吉田が伝授する理論を超えた「職人技」に感銘を受け
それを貪欲に吸収した。この二人の整備兵の技術交流は
三四五空の紫電改の稼働率を飛躍的に向上させる、「堅実」の裏付けとなった。


初日の共同訓練は、黒田の「堅実な戦術」の普遍的な有効性を
三四三空の搭乗員たちにも深く浸透させた。

林隊の隊員たちは、黒田隊の**「無駄のない、生還を前提とした戦い方」を学び
零戦時代の習慣を捨て去る必要性を痛感した。
彼らは、黒田を「消耗戦を生き抜いた師」として、新たな敬意を抱いた。

黒田自身もまた、この模擬空戦を通じて、自身の戦術の正しさを再確認した。
彼の「堅実」は、紫電改という高性能機を得た今もなお
本土防空という重い使命を果たすための最も確実な道であることを確信した。

そして、整備科の技術交流は、両部隊の
「戦闘機掃討」戦略を支える物理的な基盤を強固なものにした。
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