装甲航空母艦信濃      南東の海へといざ参らん

みにみ

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ラバウル撤退作戦

衝撃

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1944年8月10日、午前8時
トラック泊地の穏やかな海に浮かぶ空母信濃の艦橋は
重苦しい空気に包まれていた。艦長の阿部俊雄大佐は
大本営からの緊急電文を手に、艦橋の海図台に立つ
電文の内容は、ラバウル基地からの全面撤退命令
戦線の拡大と補給路の途絶により、ラバウルの孤立が深刻化し
維持が不可能と判断された
阿部は以前からラバウルの戦略的価値の低下を進言しており
この命令は彼の主張が反映されたものだった
しかし、実際に撤退を決断する瞬間、彼の胸には複雑な思いが去来していた。

副長の山田義雄中佐が艦橋に入り、電文を確認した。

「艦長、ラバウルの撤退は正しい選択です
 これでトラックの防衛に集中できます。」

阿部の視線は海図のラバウルに固定されたままだった。

「その通りだ、山田。だが
 3,000人の守備隊と航空隊を無事にトラックに運ぶのは容易じゃない
 失敗すれば、皇国の南東防衛線は崩壊する。」

通信士が新たな報告を上げた。

「基地司令官の佐藤大佐が到着しました
 作戦会議の準備が整っています。」

阿部は頷き、会議室へ向かった。信濃の会議室には
佐藤大佐と航空隊の指揮官たちが集まっていた。佐藤は厳しい表情で口を開いた。

「ラバウルの放棄は士気への打撃だ
 守備隊は最後まで戦う覚悟だった。撤退は彼らの誇りを傷つける。」

阿部は冷静に答えた。

「佐藤司令官、気持ちは分かる。だが
 ラバウルは補給が途絶え、B-25の空襲で航空隊は半壊状態だ
 このままでは全滅する。トラックで戦力を再編し
 米軍を食い止める。それが我々の使命だ。」

佐藤は唇を噛み、渋々頷いた。阿部は海図を指差し、撤退計画を説明した。

「8月12日から航空隊をトラックへ空輸
 13日から駆逐艦で整備員と装備を移動
 15日から特設輸送艦で陸戦隊3,000人を撤退させる
 米軍の空襲と潜水艦の妨害を避けるため、夜間移動と迂回ルートを徹底する。」

会議室に緊張が走った。山田が補足した。

「航空隊は零戦40機、彗星18機、天山18機
 一式陸攻16機。駆逐艦は島風、時雨、白露
 秋月、霜月、初月を動員。特設輸送艦3隻は改装商船を使用します。」

阿部は第27駆逐艦隊の大島司令に電話で連絡を取り
護衛計画の調整を指示。大島の声が力強く響いた。

「艦長、護衛は我々に任せろ。潜水艦は一隻も近づけん。」

阿部は頷き、会議を締めくくった。

「諸君、ラバウルの撤退は皇国の存亡をかけた作戦だ
 失敗は許されん。全力を尽くせ。」


会議後、阿部は艦橋に戻り、トラックの海を眺めた
ラバウルは南東方面の要衝だったが
補給船団の喪失と米軍の執拗なB-25ミッチェル空襲で航空隊は消耗し
守備隊は孤立無援。撤退は避けられないが
3,000人の命を預かる責任が彼の肩に重くのしかかっていた
山田が艦橋に入り、静かに言った。

「艦長、ラバウルの守備隊は最後まで戦うと言っていました
 彼らを救うのは我々の務めです。」

阿部は目を閉じ、答えた。

「ラバウルを捨てるのは苦渋の決断だ
 だが、トラックで米軍を食い止めるためだ。俺たちは彼らを必ず救う。」

彼の脳裏には、トラック沖海戦で散った藤田健太郎少佐の笑顔が浮かんでいた
あの戦いで、藤田は零戦を操り、敵艦に突進して散った
その勇気が、現在の若いパイロットたちに受け継がれている
阿部は藤田の犠牲を無駄にしないためにも
ラバウルの撤退を成功させ、トラックで戦力を再編する決意を固めた。



午後2時
トラックから護衛付きの一式陸攻で飛んだ阿部艦長は
ラバウル基地の飛行場を訪れラバウルから移動する
航空隊のパイロットたちと面会した
そこには、若手パイロットの弱冠20歳の林勇二飛曹の姿があった
林はラバウル上空で親友の山本一飛曹を失い
撤退命令に複雑な思いを抱いていた。阿部は林に近づき、静かに話しかけた。

「林飛曹、ここでの戦いは立派だと聞いた
 山本飛曹の分まで戦う気はあるか?」

林は目を伏せ、声を震わせた。

「艦長、俺は戦いたい。でも、ラバウルを捨てるなんて
 …ここを守ろうとした山本の死が無駄になる気がします。」

阿部は林の肩に手を置き、力強く言った。

「山本一飛の死は無駄じゃない。トラックで新たな戦いがある
 お前が生きて戦うことが、彼への気持ちだ
 それに、引けばまた来れる その時にまた山本一飛に思いを馳せればいい
 トラックには新型機紫電改もある 訓練に参加しろ。米軍を叩くのはお前たちだ。」

林は目を上げ、敬礼した。

「了解しました!俺、絶対に負けません!」

阿部の胸に熱いものがこみ上げた
林の決意は、藤田少佐の魂を引き継ぐものだった
彼は飛行場を見渡し、零戦40機、彗星18機、天山18機
一式陸攻16機が整備される姿を確認。整備員の動きは懸命で、撤退作戦への準備が着々と進んでいた。


午後4時
阿部はトラックの大島中佐とラバウル基地で
最終の護衛計画を調整した
海図には、ラバウルからトラックへの迂回ルートが描かれ
潜水艦の予想出没海域が赤でマークされていた。阿部は大島に指示した。

「中佐、駆逐艦6隻で輸送艦団を死守しろ
 米軍のガトー級潜水艦は執拗だ
 島風と時雨の水中探信儀を活用し、夜間哨戒を徹底してくれ。」

大島の声が無電から伝わる。

「対潜警戒を厳とし味方の損失を零にせんとす」

阿部は通信士に命じた。

「特設輸送艦3隻の準備状況を確認しろ。陸戦隊の乗船スケジュールも急げ。」

通信士が報告した。

「輸送艦『あけぼの丸』『若葉丸』『朝風丸』
 15日出港準備完了。陸戦隊3,000人はラバウル港で待機中です。」

阿部は海図を睨み、作戦の成功を祈った
米軍のB-25ミッチェルとP-38ライトニングがラバウルを毎日空襲しており
撤退のタイミングは一刻を争う。夜間移動と雲隠れを活用し
敵の偵察を回避する必要があった。彼は山田に言った。

「山田、撤退作戦は俺たちの全てをかけた戦いだ
 パイロット、整備員、陸戦隊…全員をトラックに連れ帰る。」

山田が敬礼し、答えた。

「艦長、信濃は必ずやり遂げます。」


8月11日6時。ラバウルは、撤退作戦の準備で活気づいていた
林飛曹が零戦のコックピットに座り、操縦桿を握って訓練のイメージを繰り返した
彼の隣には、整備員の佐藤一等兵が工具を手に、エンジンの調整を行っていた。

「林飛曹、紫電改は化け物だ。F6Fを食ってやるぜ。」

林は笑い、答えた。

「佐藤、頼むぞ。こいつで山本の仇を取る。」

阿部はラバウルを発つ前に飛行場を巡視し、乗組員の士気を確認した
若い整備員たちの懸命な姿に、トラック沖海戦の記憶が蘇る
あの戦いで、信濃の対空砲火は敵機を次々と撃墜したが
藤田少佐のようなパイロットは帰らなかった。阿部は佐藤に声をかけた。

「佐藤一等兵、零戦の整備は任せた。林飛曹を必ず生かして帰せ。」

佐藤が敬礼し、答えた。

「了解!この機体は完璧です!」

阿部は頷き、夜空を見上げた。星が瞬く中、ラバウル撤退作戦の成功を祈った。


午後10時夜間飛行を行い信濃の艦橋に戻った阿部は
作戦の総括を行った。航空隊の空輸、駆逐艦の護衛、輸送艦の準備
――すべてが整いつつあった。山田が海図を指差し、提案した。

「艦長、米軍のPBYカタリナ偵察機がラバウルを監視しています
 航空隊の移動は夜間に限定し、雲を利用すべきです。」

阿部は答えた。

「その通りだ。田中大佐の駆逐艦に夜間哨戒を徹底させ
 潜水艦を牽制する。信濃と瑞鶴はトラックで待機し、撤退部隊の受け入れを準備しろ。」

彼は艦橋の窓から、泊地の海を見渡した
ラバウルの撤退は、帝国海軍の南東防衛線を後退させる苦渋の決断だった
しかし、トラックで戦力を再編し、米軍の次の反攻に備えるため
3,000人の命を救わねばならない。阿部は藤田少佐の笑顔を思い出し、呟いた。

「藤田、俺はお前のような若者をもう失わん
 林飛曹たちをトラックで鍛え、米軍を叩く。」

阿部は山田に命じた。

「全乗組員に通達。ラバウル撤退作戦は明日から開始
 信濃は陽動任務で東方に航行する 総員 任務を果たせ」

山田が敬礼し、通信室に指示を伝えに行った。阿部は艦橋で一人
星空を見上げ、作戦の成功と次なる戦いへの決意を固めた
ラバウル撤退作戦は、帝国海軍の存亡をかけた第一歩だった。
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