装甲航空母艦信濃      南東の海へといざ参らん

みにみ

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ラバウル撤退作戦

嗚呼ラバウルよ

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1944年8月12日、午後10時
ラバウル基地の飛行場は、闇に包まれながらも緊張感に満ちていた
滑走路の脇では、零戦40機と彗星18機が整備員の懸命な作業で準備を終え
夜間飛行でトラック泊地へ向かう瞬間を待っていた
米軍のB-25ミッチェルやP-38ライトニングの空襲を避けるため
撤退は月明かりの少ないこの時間帯に設定された
ラバウル航空隊の若手パイロット、林勇二飛曹は
零戦のコックピットで操縦桿を握り、深呼吸を繰り返していた
このラバウルで親友の山本一飛曹を失った彼にとって
撤退は複雑な思いを伴う任務だった。

基地司令官の佐藤大佐が、旗信号でパイロットたちに号令をかけた。

「全機、発進準備!トラックまで直行
 敵の偵察機に捕捉されるな!」


まず最初に嚮導機の一式陸攻が火山灰でできたラバウルの飛行場を飛び立ち
林の零戦が滑走路を離れ
続いて他の零戦と彗星が夜空に舞い上がった
燃料はギリギリで、迂回ルートを取る余裕はなかった
林は計器盤を見つめ、エンジンの振動に神経を尖らせた。無線から佐藤の声が響いた。

「林飛曹、隊列を維持しろ。トラックで待っているぞ。」

林は短く答えた。

「了解!必ず帰ります!」

夜空は雲に覆われ、星明かりすら乏しかった
林の零戦は順調に飛行を続けていたが
トラックまで半分の距離を過ぎた頃、エンジンが不調を訴えた
回転数を示す針が危険な位置を示し、プロペラの回転が一気に低下する
林は冷や汗をかきながら、機体を安定させるために操縦桿を握り締めた。

「くそっ、こんなところで落ちるわけにはいかねえ…山本、俺を見守ってくれ!」

気力で機体を制御し、トラックの飛行場が見えた瞬間
林は滑走路に強引に着陸。零戦は滑走路の端で停止し整備員が駆け寄った
林はコックピットから這うように降り、地面に膝をついた。

トラック泊地の飛行場にいた阿部が
無線で林の着陸を確認し、急いで駆けつけた
林の汗だくの顔を見て、阿部は肩を叩いた。

「よく帰った、林。山本もお前を誇りに思うぞ。」

林は涙を堪え、敬礼した。

「艦長、ありがとうございます!次は絶対、米軍を叩きます!」

阿部の胸に熱いものがこみ上げた
林の無事は、撤退作戦の成功の第一歩だった
他の零戦と彗星も次々と着陸し
8月12日の航空隊移動は成功裏に終わった。阿部は通信士に命じた。

「ラバウルの佐藤司令官に報告しろ
 航空隊の第一陣、トラック到着。次の駆逐艦移動を急げ。」



8月13日、午前2時
トラック泊地の埠頭では駆逐艦島風と時雨、秋月が整備員600人と
装備を乗せ、ラバウルへ向けて出港準備を整えていた
駆逐艦隊長の大島頼三大佐は
島風の艦橋で海図を確認し、阿部との無線連絡を待っていた
阿部は信濃の通信室で、作戦の最終確認を行った。

「大島大佐、島風と時雨の護衛は頼む
 米軍のガトー級潜水艦がラバウル近海をうろついている
 探信儀と爆雷を活用しろ。」

大島の声が力強く返ってきた。

「了解!護衛は任せろ。整備員と装備を必ずラバウルから連れ帰る。」

この日、信濃は単艦でトラック泊地の東方海域に進出し
米軍のPBYカタリナ偵察機の注意を引く陽動作戦を実行した
阿部は信濃の艦橋で、21号対空電探の画面を注視した。

「敵の警戒を集めれば、駆逐艦の動きが隠れる。だが、攻撃されれば信濃も危険だ。」

副長の山田義雄中佐が提案した。

「艦長、信濃の対空戦闘配置よし 敵機が来ても迎撃可能です。」

阿部は頷き、命令した。

「全砲門、準備しろ。だが、こちらから仕掛けるな。陽動が目的だ。」

幸い、米軍は信濃を遠巻きに偵察するだけで攻撃せず陽動は成功
島風と時雨は夜間航行でラバウルへ向かい、整備員の移動を開始した。


8月13日、午後11時。島風と時雨はラバウル近海を航行中
突然の危機に直面した。島風のソナー士が異常音を捉え、叫んだ。

「敵潜水艦、方位330度、距離2,000!接近中!」

大島大佐は即座に命令した。

「島風、両舷全速!時雨、爆雷準備!敵を叩くぞ!」

島風の速力40ノットを生かし、潜水艦の進路を攪乱
時雨が爆雷を投下する準備を整えたが
米ガトー級潜水艦の魚雷が時雨の艦尾をかすめ、軽微な損傷を与えた
振動で時雨の乗組員が甲板に倒れ、整備員たちが悲鳴を上げた。

大島は冷静に指示を続けた。

「慌てるな!時雨、白露爆雷投下!島風、追尾を続けろ!」

島風のソナーが潜水艦の位置を再捕捉し
秋月が援護に駆けつけて爆雷を連投。海面に大きな水柱が上がり
潜水艦の動きが止まった。大島は無線で阿部に報告した。

「艦長、敵潜水艦を撃退!時雨は軽微な損傷だが、航行に支障なし。整備員は無事だ。」

信濃の通信室で報告を受けた阿部は、安堵の息をついた。

「よくやった、大島。整備員をトラックに連れ帰れ。油断するな。」

時雨の艦尾の損傷は応急修理で対応可能だったが
整備員たちの動揺は収まらなかった
島風の甲板で、整備員のリーダー、佐藤一等兵が仲間を励ました。

「怖えのは分かるが、トラックに着けば紫電改が待ってる。あれで米軍をぶっ潰すんだ!」

整備員たちは佐藤の言葉に勇気づけられ、士気を取り戻した
駆逐隊は夜間航行を続け、8月14日未明にトラック泊地に到着
整備員300人と装備が無事に降ろされ、阿部は埠頭で大島を出迎えた。

「大島大佐、よくやった。時雨の損傷は呉で直せる。次は陸戦隊だ。」

大島が敬礼し、答えた。

「了解!陸戦隊の護衛も完璧にこなす!」

特設輸送艦の準備と次の段階

8月14日、トラック泊地の司令部で
阿部は次の段階の準備を急いだ。15日から特設輸送艦3隻
(「あけぼの丸」「若葉丸」「朝風丸」)で陸戦隊3,000人を撤退させる計画だ
通信士がラバウルからの報告を上げた。

「陸戦隊3,000人、ラバウル港で乗船待機中。米軍のP-38が偵察を強化しています。」

阿部は海図を睨み、山田に指示した。

「輸送艦の夜間移動を徹底しろ
 駆逐艦4隻で護衛を固め、雲隠れを利用して敵の目をくらませ。」

山田が答えた。

「了解!島風、時雨、白露、秋月を再出撃します。」

駆逐隊に護衛された輸送艦隊がラバウルに向かう
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