装甲航空母艦信濃      南東の海へといざ参らん

みにみ

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第二次マーシャル沖海戦

クェゼリンの地獄

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1944年10月19日、クェゼリン環礁の日本守備隊陣地は
朝焼けとともに地獄と化した。米軍の戦艦コロラドとメリーランドが
16インチ砲の轟音を響かせ、艦砲射撃を開始。巨大な砲弾が島の陣地を直撃し
コンクリートのトーチカが粉々に砕け、椰子の木が炎に包まれた
爆風が砂浜を抉り、守備隊の兵士たちは耳を覆いながら陣地に身を縮めた
守備隊約5,000人は備えられていた八九式15糎榴弾砲で反撃を試みたが
榴弾砲の散布界では命中を得ることはできず、圧倒的火力に押された。

クェゼリンの守備隊指揮官、松井少佐は
地下指揮所で海図と無線機を前に、部下に指示を飛ばしていた
指揮所のコンクリート壁は艦砲射撃の衝撃でひび割れ、土埃が舞っていた
松井は無電で、トラック泊地の連合艦隊に救援を求めた。

「クェゼリン環礁 敵戦艦ノ砲撃熾烈 敵陸戦隊ノ上陸必至」

トラック泊地の信濃の通信室では
艦長の阿部俊雄大佐が、松井の緊迫した無電を聞いた
阿部は海図を握り潰すように睨み、苛立ちを抑えきれなかった
連合艦隊はトラックで米軍の次の攻撃に備えて出撃しており
クェゼリンに援軍を送る余裕はなかった。

「此方GF代理 母艦110号艦
 GFハ貴官ラ救援ノタメ出撃セリ
 一刻デモ長ク持チ堪エラレヨ」

通信の向こうで、松井の声が一瞬途切れた
指揮所の外では、艦砲射撃の爆音が響き
守備隊の兵士たちがトーチカで身を固めていた。松井は決然と答えた。

「宜候 貴官ラ到着迄持チ堪エントスルモ
 人数差ヲ考エルト玉砕ハ必至 太平洋ノ防波堤ト骨ヲ埋メン」

阿部は無電を受け取ると副長の山田義雄中佐に呟いた。

「援軍を送れんのが悔しい
 守備隊の命を無駄にはせん。マーシャル沖で再度米軍を叩く。」

山田は海図を指差し、提案した。

「艦長、クェゼリンの抵抗が米軍の進撃を遅らせます
 釘付けになっている間に接近して叩きましょう」
阿部は頷き、通信士に命じた。

「航空隊に通達。索敵機の整備を急げ。クェゼリンの犠牲を無駄にするな。」


10月19日、午前8時
米海兵隊約10,000人が、クェゼリン島の南岸に上陸を開始した
揚陸艇が波を切り、砂浜に接近する中
守備隊は事前に仕掛けておいた機雷と地雷で迎え撃った
海岸線に設置された地雷原と機雷原で、米軍の揚陸艇3隻が爆発炎上し
黒煙が空を覆った。海兵隊員数十人が海に投げ出され混乱に陥った
守備隊の狙撃兵は、椰子の木の陰や
トーチカの銃眼から九九式小銃を構え、米兵を次々と仕留めた。

松井少佐は指揮所で、無線と地図を手に、部下に号令をかけた。

「敵を海岸で食い止めろ!一歩も引くな!帝国の誇りを示せ!」

守備隊の兵士たちは、トーチカや塹壕で九二式重機関銃を乱射
米軍の第一波は砂浜で足止めされ、200人以上の死傷者を出した
若い兵士、藤井一等兵は、トーチカの銃眼から機関銃を撃ちながら、隣の仲間を励ました。

「怖えけど、敵を一人でも倒せば 時間を稼げば
 トラックから支援が来る!撃て、撃ちまくれ!」

しかし、米軍の艦砲射撃は止むことなく続き
コロラドとメリーランドの16インチ砲弾がトーチカを直撃
佐藤のいたトーチカはコンクリートごと吹き飛び、彼を含む10人の兵士が即死した
海岸線の防御陣地は次々と壊滅し、守備隊は内陸の洞窟陣地に撤退を余儀なくされた。


午前10時、米海兵隊は第二波を投入し
M4シャーマン戦車10両が上陸を開始戦車の履帯が砂浜を踏み潰し
火炎放射器と76ミリ砲で守備隊の残存陣地を攻撃した
松井少佐は洞窟陣地に移動し、ゲリラ戦を展開するよう部下に指示した。

「洞窟から出て、手榴弾で敵に肉薄しろ!一人でも多くの米兵を道連れに!」

守備隊の兵士たちは、九九式小銃と手榴弾を手に
洞窟の入り口から飛び出しては米軍に襲いかかった
手榴弾がシャーマン戦車の周囲で爆発し、随伴歩兵を吹き飛ばした
ある兵士は、シャーマンの履帯に手榴弾を投げ込み
戦車を一時停止に追い込んだ。このゲリラ戦で
米軍は900人以上の死傷者を出し、上陸部隊の進撃が一時停滞
松井は洞窟内で、血まみれの部下を鼓舞した。

「陸軍の誇りを示せ!皇国のために、時間を稼ぐんだ!」

守備隊の抵抗は熾烈だった。狙撃兵の一人、高橋二等兵(22歳)は
洞窟の奥から米軍の小隊長を狙撃し、指揮系統を混乱させた。高橋は無線で松井に報告した。

「少佐、敵の将校を仕留めました!まだ戦えます!」

松井は笑みを浮かべ、答えた。

「高橋、よくやった!お前は英雄だ!」

しかし、米軍の数的優位は圧倒的だった
シャーマン戦車が洞窟の入り口に迫り、76ミリ砲でコンクリートを砕いた
守備隊は三年式八糎高射砲を平射に転用し、シャーマン3両を撃破
戦車の残骸が炎に包まれ、米軍の進撃が一瞬止まった
しかし、米軍の火力は衰えず、守備隊の抵抗は限界に近づいていた。

午後2時、米軍はM4シャーマンに搭載された火炎放射器を投入。
洞窟陣地の入り口に炎が噴射され
守備隊の兵士たちが悲鳴を上げながら焼き尽くされた
高温の炎が洞窟内に流れ込み、酸素を奪い、兵士たちは窒息しながら倒れた
松井少佐は指揮所の奥で、無線を握りながら部下に最後の命令を下した。

「最後まで戦え!帝国のために、トラックのために!」

高橋二等兵は、洞窟の奥で手榴弾を握り、米兵に突進
手榴弾を投げ、5人の米兵を道連れに壮絶な最期を遂げた
守備隊の抵抗は、米軍に予想以上の損害を与えたが、数的劣勢は覆せなかった。

午後4時、米海兵隊は洞窟陣地の制圧をほぼ完了
残存する守備隊は、散発的なゲリラ戦を続けたが、組織的な抵抗は崩壊
松井少佐は、指揮所の瓦礫の中で、拳銃を手に最後の戦闘準備を整えた
無電でトラックに最後のメッセージを送信した。

「クェゼリン環礁壊滅 総員玉砕ス 天皇陛下万歳」

通信が途絶え、クェゼリンは玉砕。松井は拳銃を構え
突入してきた米海兵隊に最後の銃弾を撃ち込み、倒れた。

トラックでの決意

トラック泊地の信濃の通信室で、阿部は松井の最後の無電を聞き
無線を握り締めた。唇を噛み、目には怒りと悲しみが宿っていた。

「松井少佐、よく戦った。トラックで必ず仇を取る。」

通信室は静寂に包まれ、山田が海図を手に進言した。

「艦長、クェゼリンの玉砕は米軍の進撃を遅らせました」

阿部は頷き、通信士に命じた。

「艦隊にに通達 米軍の艦隊を叩く」

信濃の飛行甲板では、若手パイロットの林勇二飛曹が零戦のコックピットで待機していた
クェゼリンの玉砕の報を聞き、林は操縦桿を握り締めた。

「…俺が仇を取る。俺が米軍を叩く!」

クェゼリンの守備隊5,000人は、米軍に1300人以上の損害を与え
抵抗を果たした。しかし、島は米軍の手に落ち
米軍の手はエニウェトクへと移った。阿部は信濃の艦橋で、海図を睨みながら呟いた。

「松井、俺はトラックで米軍を止める。お前たちの魂と共に戦う。」

阿部の目は、迫りくる敵を見据え、決意に燃えていた


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